これはもう「騒ぎになっている」と書いてもいいだろう。上田慎一郎監督の長編作品『カメラを止めるな!』が、この8月3日より公開規模を大きく広げ、全国で上映されることになったのだ。
元はと言えば映画学校のワークショップで作られた作品が、ここまで拡大公開されるのは異例中の異例である。
異例の大ヒット「カメラを止めるな!」はなぜ応援したくなる映画なのか。公開規模拡大、今観なくてどうする

インディー映画が全国規模で公開! 想定外なシンデレラストーリーとは


『カメラを止めるな!』という映画がなにやら面白いらしい……という噂は、耳の早い映画マニアなら昨年末あたりからなんとなく聞こえていたのではないか。この映画が初めて公開されたのは、2017年11月のことである。当初はミニシアターである新宿K'sシネマにて、6日間限定というコンパクトな公開規模だった。

ところがこの上映中にSNSなどでの評判を呼び、連日大入り満員に。さらにゆうばり国際ファンタスティック映画祭2018ではゆうばりファンタランド賞を受賞し、イタリアのウディネ・ファーイースト映画祭ではコンペ作55作品の中でシルバー・マルベリーという観客賞2位を受賞。その後も上映を望む声が上がり続けたため、2018年6月23日より新宿K'sシネマと池袋シネマ・ロサにて公開されることになった。

元々『カメラを止めるな!』はENBUゼミナールという俳優や映画監督を育成する専門学校のワークショップとして制作されたものである。そのため劇場への配給もENBUゼミナールが主導して行なっていたのだが、劇場公開から1ヶ月後の7月25日にはアスミック・エースが配給することが発表された。大手製作・配給会社が間に入ることにより、全国100館以上での上映が決定、それによって『カメラを止めるな!』はこの8月3日から公開規模を大きく広げることになった……というのが今までの経緯である。

あまり知られていない監督と俳優が集まって学校で作った自主映画が、ミニシアターを経て全国規模での公開へ……というのは、まさにシンデレラストーリー、ジャパニーズドリームである。並大抵のことではない。そんな並大抵のことではない作品とは、一体どういうものなのか。
すでに本作は野次馬が野次馬を呼ぶ段階に入っているようで、おれが見に行ったTOHOシネマズ新宿では、月曜日の真昼間という時間の上映だったにも関わらず、407席ある7番スクリーンが95%ほど埋まっていた。で、ひとまず何も言わずに見た。

応援したくなる映画の条件を備えていた『カメラを止めるな!』


『カメラを止めるな!』は、非常に内容について言及しにくい映画である。強いていうならポスターからもわかるようにゾンビが出てくる映画なのだが、とにかく言及しにくい。「面白いから見てくれ」としか言いようがない。

しかしこの言及しにくさこそが、この作品がこれほどまでに口コミで広まった原因なのではないか、という気はする。例えば何人かで『カメラを止めるな!』の話をするとして、会話に参加している人間全員が見ていないとこの映画の話はできないのである。

相当面白い映画だから、友達や家族とこの映画の話をしたい。普通の映画なら「ここで飛行機がおっこちて爆発するんだけど、運良くヒロインが生き残って……」と説明もできるけど、しかし『カメラを止めるな!』はそれができない。というか、やってもいいけど、それをやるのは倫理的にアウト、人でなしと呼ばれても文句は言えない。ならばどうするか。「とりあえずなんも言わずに見て!」と言うしかない。
そういう状態になった人間が、SNSでも現実でもゾンビのように増殖したのである、多分。

加えて言うなら、この映画がほとんど自主映画に近いマイナーな作品だったことも、SNSでの盛り上がりに影響したように思う。なんといっても当初は新宿のミニシアター1館で、しかも6日間しか上映しない予定だった作品だ。こんなに面白いのに、マイナーだから6日間で上映が終わってしまう。おれが広めねば誰がやる。"目撃者"になってしまった義務感と「こんなに面白い作品がマイナー扱いなのはいかがなものかと!」という判官贔屓な気持ちから、ついスマホを握る手に普段以上の力が入り、ツイッターに熱のこもった「とりあえず見て!」を投稿してしまう。わかる。

『カメラを止めるな!』を見た今、おれは『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!』の公開をめぐるドタバタを思い出す。傑作ゾンビコメディ(そういえばこれもゾンビ映画だ)『ショーン・オブ・ザ・デッド』を撮ったエドガー・ライト監督の新作が海外ではめちゃくちゃ評判いいのに、日本では前作同様ビデオスルーの憂き目に遭いそう……ということで、2007年から2008年に署名運動やらなんやらがあって、無事劇場公開にこぎつけたという一件である。おれも署名した。

この時もやっぱり「『ショーン・オブ・ザ・デッド』はあんなに面白かったのに! なんでや!」という判官贔屓な気持ちと、「エドガー・ライトっていう変な監督がいてさ〜でも日本では不遇でさ〜」とドヤりたい心もようがあったと思う。「おれだけが知っている!」という思い込みは、簡単に「推さなきゃ!」という気持ちに変化するのだ。
特にSNSが普及しきった今現在、そういう人間をいかに増やすかに腐心している関係者もたくさんいることだろう。

つまるところそういう意味で、『カメラを止めるな!』は内容から製作経緯から公開規模まで「見た人が応援したくなる映画」の条件をパーフェクトに備えていたわけである。「こういうインディー系の映画を後追いで見て騒ぐのはちょっと……」というひねくれた人もまだ大丈夫。なんせ公開規模が"普通の映画並み"になってまだ1週間も経っていないのだ。ドヤ顔で「とにかく見ろって〜!」と周りの友達に言うチャンスは十分にある。というか、ほんと普通に面白いから、なんも言わずに見ろって!
(しげる)

【作品データ】
「カメラを止めるな!」公式サイト
監督 上田慎一郎
出演 濱津隆之 真魚 しゅはまはるみ 長屋和彰 細井学 市原洋 山崎俊太郎 ほか

STORY
ある廃墟でゾンビ映画を撮影している自主映画製作チーム。しかし、その場にゾンビが現れて……
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