新しいジェームズ・ボンドは黒人? 変化求められるハリウッドの多様性

アメリカのミレニアル世代が「新しい情報をアップデートする」という意味で使う「Woke」をタイトルの一部に組み込んだ本コラムでは、ミレニアル世代に知ってもらいたいこと、議論してもらいたいことなどをテーマに選び、国内外の様々なニュースを紹介する。

今回とりあげるのはハリウッド映画における「ホワイトウォッシング」の存在だ。
リベラルなイメージが強いハリウッドだが、原作では非白人の設定になっているキャラクターが、映画では白人俳優によって演じられることなど日常茶飯事。「大きな白人コミュニティでしかない」という批判が以前から存在するが、白人の影響力は作品におけるキャスティングだけにとどまらず、アカデミー賞といった分野にも根を張るものだ。世界で最も影響力のある映画産業にダイバーシティーは定着するのだろうか。

黒人ジェームズ・ボンドが誕生か
映画『クレイジー・リッチ!』のキャストにも注目


新しいジェームズ・ボンドは黒人? 変化求められるハリウッドの多様性

1962年の初公開以降、50年以上にわたって、世界中のファンから愛されてきたスパイ映画の「007シリーズ」。50年の間に主役のジェームズ・ボンドを演じる俳優も何度か交代しており、1960年代にショーン・コネリーが演じたボンドは、2006年から「6代目ボンド」として英俳優のダニエル・クレイグによって演じられている。007シリーズの25作目は来年公開予定で、ダニエル・クレイグ版ボンドはその作品が最後となる。25作目は『トレインスポッティング』などの代表作を持つベテランのダニー・ボイル氏が監督と脚本を兼務することで話題となったが、今月中旬に「映画制作における方向性の違い」を理由に、ボイル監督が突如降板。
25作目が当初の予定通り、来年公開されるかは不明だ。

しかし、ダニエル・クレイグがすでに次回作でのボンド引退を公言しているため、「7代目ボンドは誰になるのか」という話題が、イギリスやアメリカの芸能メディアを中心に連日ニュースとして取り上げられている。7代目ボンド候補の筆頭は、ロンドン生まれの俳優で、映画やテレビドラマで活躍しているイドリス・エルバだ。アクション作品からシリアスなドラマまで、あらゆるジャンルで存在感を出すことのできる俳優で、身長190センチのガッチリした体格が新しいジェームズ・ボンド像を作り上げるかもしれない。ファンの多くはエルバが7代目ボンドになる可能性を支持したが、同時に驚きを隠せないファンも少なからずいた。エルバは西アフリカにルーツを持つ黒人俳優なのだ。


007シリーズの生みの親であるイアン・フレミングは諜報部員から作家に転身しているが、1964年に心臓の病気が原因で死去したため、シリーズの執筆は11年しか続かなかった。第1作目が世に出た1953年では黒人やアジア系のスパイヒーローという発想が、白人の作家から出てくることは、時代背景を考えても難しかったのかもしれない(映画版の1作目『ドクター・ノオ』が劇場公開されたのは1962年)。原作におけるジェームズ・ボンドは、スコットランド人の父とスイス人の母をもつイギリス人スパイであった。エルバは7代目ボンドを演じるかどうかについて、明言を避けているが、白人のヒーローと考えられていたジェームズ・ボンドを黒人俳優が演じることになった場合、映画史における大きなターニングポイントになるかもしれない。

白人のイメージが強い役を、非白人の俳優がハリウッド映画で演じることは極めて稀だ。その逆は数多く存在し、これらは総じて「ホワイトウォッシング」という言葉で呼ばれている。
『ウォンテッド』でアンジェリーナ・ジョリーが演じた主人公は、原作では黒人女性であった。また、実話をベースにした『アルゴ』でベン・アフレックが演じたCIA職員は、実際にはメキシコ系アメリカ人であった。『バットマン・ビギンズ』でリアム・ニーソンが演じたラーズ・アル・グールは印象に残る悪役だったが、原作となるコミック版ではアラビア半島の遊牧民出身という設定であった。日本に関係した作品でいえば、『攻殻機動隊』をベースにしたハリウッド映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』で、日本人女性であるはずの主役が白人のスカーレット・ヨハンソンによって演じられたことで、ファンの間で論争が発生している。

今年は主要キャラクターを黒人俳優で固めた『ブラックパンサー』が話題となったが、今月17日にアメリカで公開された『クレイジー・リッチ!』が週末の興行収入成績でトップとなり、注目を集めた。『クレイジー・リッチ!』はニューヨークに住むアジア系アメリカ人の恋愛模様を描いたコメディ映画で、主要キャスト全てでアジア系の俳優を起用したハリウッドのメジャー作品は約25年ぶりとなる。


高齢の白人男性が影響力を持つアカデミー賞
ハリウッドの多様化は夢物語か?


白人の影響力が依然として強く残るのが、アカデミー賞だ。アカデミー賞の選考に人種的なバイアスが存在したとは考えにくいという意見が大半だが、数字上ではアカデミーのメンバーに人種の多様性があまり存在しないのも事実だ。アカデミーのメンバーに関しては公表されていない部分が少なくないが、ロサンゼルス・タイムズ紙は2012年にアカデミー会員の人種や年齢などに関する特集記事を掲載。アカデミー賞における投票権を持つ会員は5765人で(当時)、全体の94パーセントが白人で、77パーセントが男性であると報じた。

黒人会員は約2パーセントで、ヒスパニック系にいたってはそれ以下という構成だった。高齢化も大きな特徴の一つで、平均年齢は62歳。
50歳以下の会員は全体のわずか14パーセントだった。アカデミーの主流派となっているのは、高齢の白人男性で、人種・性別・年齢での多様化はあまり見られなかった。

俳優部門でアカデミー会員になる場合、少なくとも過去に3本の劇場公開映画にセリフのある役で出演していることが前提で、そのうちの1本は過去5年以内に公開されていることが条件となる。さらに、出演作が「アカデミーの高い基準を満たすものでなければいけない」という、数字などでは測りえない、曖昧な基準も存在する。監督にしても同様で、少なくとも2本の作品で監督をつとめ、そのうちの1本は過去10年以内に公開されたものという基準がある。俳優だけではなく、監督に対しても、携わった作品が「アカデミーの基準を満たしているか」どうかという判断が行われる。


英エコノミスト誌によれば、20世紀中にアカデミー賞の各部門でノミネートされた俳優の95パーセントが白人であった。2000年以降だけで見た場合、ノミネートされる黒人俳優は全体の10パーセントにまで増えたものの、ヒスパニック系俳優のノミネートは全体の3パーセントで、アジア系俳優にいたってはわずか1パーセント。アカデミー賞のノミネートと多様性をめぐる議論はすぐに決着がつく話ではなさそうだ。
(仲野博文)