こうの史代原作、松本穂香主演の日曜劇場『この世界の片隅に』。太平洋戦争さなかの広島県呉市を舞台に、主人公・すずと周囲の人々が織りなす日常を描く。

「この世界の片隅に」あのシーンが来てしまった、つなぎとめた6歳の子の小さな手が…今夜悲しみの7話
原作上巻

昭和20年3月。冒頭はすず(松本穂香)と晴美(稲垣来泉)の会話から。友達ができるか心配で小学校に行きたくないと言う晴美を、すずは「最初は知らんくても、すぐに仲良うなれますよ」と励ます。江波から呉に嫁いできた自分がそうだったからだ。

そんな折、ついに呉への大規模な空襲が始まる。昭和20年3月19日の「呉軍港空襲」だ。この日の朝から呉の軍港は350機にも及ぶ艦載機によって大空襲を受けて多くの艦艇が被害を受けた。原作にもすずと晴美が飛行機を見つけるカットがあるが、ドラマよりもはるかに多くの飛行機が空を覆っており、ウワッと声が出るようなグロテスクな画になっていた。

空襲の最中に夜勤明けの円太郎(田口トモロヲ)が居眠りをしてしまうという和やかなシーンに続き、4月になって小学校に上がった晴美がランドセルを背負って駆け出していく後ろ姿の横にメインタイトルが出る。晴美が遠くへ行ってしまう。

すずとリンの再会


北條家の人々は二河公園でお花見をする。のんきなようだが、「二河公園の桜を見てから死にたい」というサン(伊藤蘭)の気持ちを汲んでのことだった。すでに沖縄戦も始まっており、間もなく本土決戦も始まると思われていた。
自分たちも無事では済まないという気持ちが庶民の間にもあったということだ。

二河公園で家族とはぐれたすずはリン(二階堂ふみ)と再会、2人が周作(松坂桃李)を介した関係であることをそれとなく語り合う。このとき2人の間に流れるのは、ネガティブな感情ではなく、非常に穏やかな空気。リンは亡くなったテル(唐田えりか)の形見の口紅をすずに渡す。

「きれいにし。みんな言うとるよ。空襲におうたらきれいな死体から順に片付けてもらえるそうじゃ」

桜の花びらの中で、指ですずの唇に紅を塗るリン。この美しいシーンは、生まれた場所から離れて呉にやってきた2人のゆるやかな連帯を表している。

「ねえすずさん
人が死んだら記憶も消えて無うなるじゃろ
秘密もなかったことになるね
それはそれでゼイタクなことかもしれんよ
自分専用のお茶碗と同じくらいにね」

別れ際のリンの謎めいた言葉は、ほぼ原作どおり。リンの後ろ姿を見送り、すずは紅入れの蓋をそっと閉じる。2人の秘密の関係をそっと閉じ込めるかのように。

激しくなる爆撃、周作とすずの別れ


写真とイラストを使って戦時下の日常ハウトゥーを見せるシーンには驚かされた。可愛らしいタッチで「仮に焼夷弾が落ちてきたらすばやく消火」とかやっているのがタチの悪い冗談にしか見えない。
昨年の今頃、Jアラートを頻繁に鳴らしていた頃は、それこそこんな広報CMがつくられてもおかしくなかった。

昭和20年5月。出勤の途中、円太郎が得意げに歌っているのは「広工廠歌」。働く技術者たちの誇りを歌い上げているもの。その直後、円太郎が勤める第11航空工廠と広海軍工廠が大規模な爆撃を受ける。呉が初めてB29による爆撃を受けた5月5日の広空襲だ。「世界平和の光なり」と歌っていたのに爆撃を受けてしまう皮肉。これが戦争だろう。

円太郎の安否がわからない中、今度は周作が文官から武官に招集されることになる。不安を隠しきれないすずだが、意を決したように言う。

「大丈夫、大丈夫です。この家を守って、この家で待っとります。
……この家におらんと、周作さん見つけられんかもしれんもん」

周作が円太郎の安否を心配するところから、すずが自分の決意を語るところまで、2人はほとんどどこかしら触れ合っていた。未来への不安と2人の愛情が濃密に漂うシーンだった。

「居場所」について語る、すずの“娘”


ここで時代は現代に戻る。平成30年8月。佳代(榮倉奈々)と浩輔(古舘佑太郎)、そして節子(香川京子)は「平和の灯」に手を合わせる。この火は反核と恒久平和実現まで燃やし続けられるものだ。

佳代はかつて節子が住んでいた家をカフェにしようとしていた。辺鄙は場所だと心配する節子に佳代は反論する。どこでも生きていけると言ったじゃないかと。

「無責任なことは言えんけど、居場所はどこにだってあるよ。どこだってええんよ。決めたところで頑張るのも、それはそれでえらい。でも、逃げ出したってええよ。
生きてく場所なんて、どこでもええ」

これは悩んでいた佳代に節子がかけた言葉。かつて、すずがリンに言われた「この世界に居場所はのうなりゃせんよ」という言葉と呼応している。節子は絵も上手い。彼女の家も北條家があった場所のように見える。それもそのはず、節子はすずの“娘”だったのだ。

賛否両論の現代パートがドラマ版オリジナルなのはご存知のとおり。節子はすずの娘と名乗っているが、どのような間柄なのかはまだわからない。ちょっと「居場所」についてのセリフが性急なような気がした。

すずと晴美に降り注ぐ800発の爆弾


昭和20年6月。円太郎の消息がわかって怒りながら安堵の声を漏らすサン。成瀬(篠原篤)と祝言をあげることになった幸子(伊藤沙莉)は大いにのろけて、すずと志野(土村芳)に冷やかされる。戦争の最中、死と隣り合わせの微笑ましい日常。


北條家の食卓にはすず、サン、径子(尾野真千子)、晴美と女しかいない。径子は下関へ疎開した息子の久夫に会いに行きたいという気持ちが抑えきれない。もはや生きて会えるかどうかもわからない情勢だからだ。もっとも世の中の死の気配を受け止めているサンが径子の気持ちを後押しする。

大行列の呉駅で、径子はすずと晴美に円太郎の見舞いに行くよう頼む。ついにあのシーンがやってくる。

6月22日、この日の空襲の様子は、2013年、2014年、2017年のそれぞれ6月22日に劇場アニメ版の片渕須直監督がほぼリアルタイムでツイートしている。呉地区で空襲警報が鳴ったのは午前8時36分。その直後にすずと晴美は防空壕に入っている。

B29による空襲が始まったのは午前9時31分。終わったのが10時40分。爆撃の標的となった呉工廠造兵部はわずか1キロ四方のエリアで、そこに爆弾が集中的に投下された。
空襲の初弾から最終弾までの投下弾数は847発。その半数が1トン爆弾だった。すずと晴美は1時間以上、防空壕の底で爆撃に耐え続けたことになる。晴美はまだ6歳だ。

空襲が終わり、すずと晴美は手をつないで爆撃を受けた街を歩く。つないだ手のクローズアップ。そしてすずのほうを向く晴美。その背後には……時限式爆弾。のんびり屋のすずが、必死の形相で晴美の手を引く。しかし、爆弾の光が晴美をのみ込んでいき……。

悲しみと修羅の第7話は今夜9時から。目をそらさずに見たい。
(大山くまお)

「この世界の片隅に」
(TBS系列)
原作:こうの史代(双葉社刊)
脚本:岡田惠和
演出:土井裕泰、吉田健
音楽:久石譲
プロデューサー:佐野亜裕美
製作著作:TBS
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