定番のストーリーながら、情け容赦が一切ない激辛の味付けにすることでとんでもないノワールになってしまった『SPL 狼たちの処刑台』。ハードなストーリーが基本であるSPLシリーズの中でも、とりわけ重い作品である。

激辛アクションノワール「SPL 狼たちの処刑台」怒りのルイス・クーから漂うデンゼル級の説得力

このアクション映画がエグい! SPLシリーズ最新作


この『狼たちの処刑台』で、3作目となるSPLシリーズ。タイトルになっている「SPL」とは、第一作目の原題『殺破狼』の中国語読み「シャー・ポー・ラン」の頭文字である。この殺破狼というのは中国の占星術の用語で、吉凶問わず人生に重大な影響を与えるとされる"凶星"という3つの星(それぞれ七殺星・破軍星・貪狼星という名前がつけられている)を指す。なんのこっちゃという感じだが、2005年に『SPL/狼よ静かに死ね』として公開された一作目では自分たちの信念のために法を犯してまで戦う警察官たちの姿を、『ドラゴン×マッハ!』のタイトルで公開された二作目では臓器密売という凶悪犯罪を巡って自らのプライドと仁義を賭けて戦う男たちを描いてきた。基本的に甘かったりギャグっぽい展開がほぼない、ハードなアクションと渋いストーリーが売りのノワールである。

今回の主人公は香港の警察官であるリー。15歳になる娘ウィンチーとの2人暮らしだが、そのウィンチーが友人に会うために訪れたタイのパタヤで行方不明になった。自ら娘を探し出すことを決意したリーはタイに乗り込み、現地の警察官であるチュイに自分も捜査に同行させてくれと頼み込む。

操作によって、事件には地元の臓器密売組織が関係していることが判明。さらにそこに、病によって危篤状態となったパタヤの政治家も関係してくる。臓器密売組織の傭兵たちによって妨害を受けるリーたち。さらに警察内部にも犯罪組織の内通者がいることが判明する。チュイの同僚タクも加え、リーたちはたった3人で組織との全面対決に挑むが……。


「娘を誘拐されてブチ切れたお父さんが大暴れ!」というお話なので、ストーリー的には『コマンドー』とか『96時間』とかの仲間である。しかし、『SPL』はちょっと素直にこれらの映画の仲間と言いづらい。というのも、内容がめちゃくちゃ過酷かつハードすぎるのだ。まずアクションがえぐい。アクション監督であるサモ・ハンの職人芸により、殴ったり蹴ったりだけではなくちゃんと関節を固めて体重をかけて破壊するなど「そんなことをしたら死ぬのでは……?」という説得力のあるどつき合いが見られる。

安定した暴れっぷりなのがトニー・ジャー。前作『ドラゴン×マッハ』にも出演していたが、作品の内容につながりはないので今回は全然別の役。「どう見ても広島弁を喋る菅原文太だが、広能昌三ではない」という、『新仁義なき戦い』みたいな状態である。このトニー・ジャー、もともとめちゃくちゃ動ける人ではあるが、やっぱり本作でも「だーっと走ってきて、その勢いで人の背丈くらいの高さがあるタンスの上に膝から飛び乗る」など、「そんなことってできるの……」という異次元の動きを見せていた。

また、パタヤの刑事チュイ役のウー・ユエも素晴らしい。日本ではそこまで知られていない俳優だが、最高ランクの中国武術を修めていることを示す称号「武英級」を17歳にして授かった本物のアクションスターである。蹴りの打点や殴るときに使う腕の部位など、とにかく細かい動きまでが全て痛そうでため息が出る。
極め付けはラスト近くの鉈を二刀持ちしてのバトル。「前かがみになってるときに頭に鉈を振り下ろされたらどうしたらいいか」という状況への回答がめちゃくちゃすぎて唖然とした。

狂気のお父さんルイス・クー、ほぼイコライザーと化す


しかし、この作品で本当にヤバいのは娘を誘拐された父親を演じるルイス・クーである。芸歴25年というベテランでコミカルな役から悪役までなんでもこなす名俳優だが、この人には特に「バシバシ殴ったり蹴ったりできる俳優」という印象はない。が、おれが間違っていた。正直この映画で一番怖いのはルイス・クーが演じるリーである。

リーは警官だ。そしてシングルファーザーである。なのでとにかく娘を愛しているのだが、その愛が重い。映画の冒頭、ウッキウキで15歳の娘ウィンチーの誕生日プレゼントを選ぶリー。そのプレゼントを渡す誕生日会の席に、あろうことか娘が年上の彼氏を連れてくる。そして「この人の子供を妊娠してるの」「産みたいと思ってるんだけど……」と衝撃の告白をするウィンチー。
普通の父親でも動転する状況だと思うが、リーさんのブチ切れ具合はこちらの想像を軽く超える。なんとその場で警察の部下に電話し、「こいつを未成年との姦淫で逮捕しろ」と問答無用で彼氏をしょっぴいてしまうのである! 気持ちはわかるけど、お父さんちょっと決断早くないですか!? そりゃいきなり妊娠してるのはアレですけども、それなりに真面目そうな青年だったじゃないですか! しかもその後中絶手術の現場にまで同行するリー。そりゃ娘もグレて勝手にパタヤまで行っちゃうよ!

娘に対する重すぎる愛情のオーナーで、しかも警察官。そんなリーさんが、娘を誘拐されたらどうなるかというと、マジで歯止めが効かなくなってしまうのである。手段を選ばず情報を集めるところまでは想像できたのだが、終始凍りついた表情で犯罪組織のメンバーをボコりまくり、必要とあれば相当痛そうな技まで使う無慈悲っぷりに「そこまでやるのか……」と唸る。特に中盤の「地獄のスイカ割り」のシーン(そうとしか形容しようがないシーンがあるのだ)はめちゃくちゃすぎてちょっと笑ってしまった。あんなにすごい勢いで目隠しを巻く人を見たのは初めてである。

前述のように、ルイス・クー自身はそれほど動ける人ではない。だが、無表情で問答無用にえぐい手を使いまくるリーの姿に、飛び抜けた演技力で説得力を持たせている。この「元々アクションスターでもなんでもない人が、すごい演技だけで殴り合いによくわからない説得力を発生させている」という状態は、デンゼル・ワシントンが『イコライザー』で見せたものに極めて近い。『イコライザー』での「決してめちゃくちゃ速くはないけど、柳生石舟斎の無刀取りのような説得力がある」というデンゼル・アクションの境地に、本作でのルイス・クーは到達している。これはサモ・ハンのアクション設計とルイス・クーの演技力の大きな成果だ。


ブチ切れ無表情お父さんのリーが最後にたどり着く場所はどこなのか。シリーズ一作目を思い出す過酷すぎる展開には、やっぱり口がポカーンと開いてしまった。少なくとも欧米のアクション映画ではまず見られないストーリーだったが、しかしこの苛烈さこそ『SPL』である。激辛の暴力が見たいなら、今すぐ映画館に走ってほしい。

【作品データ】
「SPL 狼たちの処刑台」公式サイト
監督 ウィルソン・イップ
出演 ルイス・クー トニー・ジャー ラム・カートン ウー・ユエ ほか
9月1日より全国ロードショー

STORY
15歳の娘がタイで行方不明になったリー。自らタイに乗り込んだ彼は、地元の刑事チュイと共に捜査に乗り出す。その過程で、事件の背後には大規模な臓器密売組織と政治家が関係していることが判明するが……
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