平成が終わるまで8ヵ月を切った。私も含めて昭和生まれの人たちにとっては、人生2度目の天皇の代替わりということになる。もっとも、昭和の終わりは、平成の終わりとはずいぶん違った。それはもちろん、今回は天皇の存命中に皇太子に譲位することが決まっているのに対し、昭和は天皇の崩御をもって終焉を迎えたからである。

30年前のきょう9月19日は、昭和天皇の容体が夜になって急変した日である、この日から翌日にかけて、多くの国民が昭和の終わりが近いことを実感した。折しもその2日前の9月17日には韓国・ソウルでオリンピックが開幕し、10月2日まで熱戦が繰り広げられた。
30年前の9月19日は昭和天皇の容体が夜になって急変した日。平成の終わりに振り返る「昭和の終わり」
日本テレビ報道局天皇取材班『昭和最後の日 テレビ報道は何を伝えたか』(新潮文庫)。1987年の昭和天皇の手術から89年1月7日の崩御まで、天皇周辺の動向を追い続けた記者たちによる当時の記録

オリンピックと同時進行だった天皇の容体悪化


昭和天皇の容体が急変して初めて迎えた土曜、9月24日にはソウルオリンピックの陸上男子100メートルの決勝が行われ、カナダのベン・ジョンソンと、アメリカのカール・ルイスの対決に注目が集まった。結果は、ジョンソンがルイスを押さえて1位になったのだが、のちに薬物使用が発覚し金メダルを剥奪される。

この“世紀のレース”は日本テレビが独占中継した。しかし、天皇の病状しだいでは、放送を中断してニュースを入れることも辞さないという決定があらかじめ決まっていた。このときのテレビ報道を当事者たちが書き記した『昭和最後の日 テレビ報道は何を伝えたか』(日本テレビ報道局天皇取材班・著、新潮文庫)によれば、それは報道局長とスポーツ局長による激しい議論の末の決定だったという。