アメリカにおけるユダヤ人社会を通じて、人脈おじさんの悲哀を描く……。リチャード・ギアが自称フィクサーの怪しげなおっさんを演じた『嘘はフィクサーのはじまり』は、なんともほろ苦い映画である。

史上最もショボいリチャード・ギア「嘘はフィクサーのはじまり」が描く人脈おじさんの悲哀

恩を売った政治家がイスラエル首相に! 冴えない自称フィクサーの運命は!?


この映画のタイトルにもなっている「フィクサー」とは、仲介者・調停者の意味である。情報や儲け話をいち早く掴み、それを求めている人間のところに届けて分け前に預かったり、「この人物に話を通したい」というような要望を受けて人間と人間をつないだりする。特に政治や金融など情報と人脈がモノを言う世界では、このフィクサーが絶大なパワーを持つこともある。

『嘘はフィクサーのはじまり』の主人公ノーマン・オッペンハイマーもフィクサーを自称している。ニューヨークの金融街を根城に怪しげな儲け話を売り込もうとしている初老のユダヤ系の男だ。彼は投資家のタウブにつながりを作るため、ちょうどニューヨークに来ていたイスラエルの有力政治家エシェルに目をつける。偶然を装ってエシェルに近づき、1000ドルを超える価格の革靴をプレゼントするノーマン。「イスラエル本国の政治家を連れてくるなら……」とタウブ主催のパーティに招待されるノーマン。しかし肝心のパーティにエシェルは現れず、ノーマンは会場からつまみ出されてしまう。

3年後、エシェルはイスラエルの首相へと大出世を遂げていた。「あの時革靴を渡した自分のことを覚えているかもしれない……」とワシントンD.Cで開催された支援者パーティに参加したノーマン。そして、その現場でノーマンは、感激したエシェルから熱烈な歓迎を受ける。エシェルは自分に革靴を贈ってくれたノーマンのことを忘れていなかったのだ。
その場でエシェルから「ニューヨークのユダヤ人名誉大使だ」と出席者に紹介されるノーマン。次々に名刺交換を申し出るアメリカのユダヤ人コミュニティの有力者たち。ノーマンは一躍、イスラエル首相に太いパイプを持つ有名フィクサーとなる。

ノーマンの元に次々に頼み事が寄せられる。「ユダヤ人向けの礼拝所のために資金を用意してほしい」「息子をハーバードに入れたい」「ユダヤ人だが、ユダヤ教徒以外の女性と結婚したい」といった様々な依頼を解決するため、ノーマンはイスラエル政府から自分の甥っ子まで使って奔走する。が、その過程でエシェルのスタッフにはウザがられ、さらにイスラエル法務省の女検察官アレックスに目をつけられる。そして事態はエシェルの進退にも絡み、予想外の方向へと転んでいく。

ユダヤ人はとにかくいろんな国に散らばって住んでいる。特に金融街であるニューヨークには人数が多いという。で、そこにはものすごい金持ちもたくさんおり、地元のユダヤ人コミュニティに密接に関係していると同時にイスラエル本国ともつながりを持っている。この微妙な距離感がポイントだ。イスラエルの政治家は、イスラエル本国だけではなくアメリカに住んでいるユダヤ人にも支持された方が仕事をやりやすいし、アメリカに住んでいるユダヤ人もイスラエルの存在を無視できないのである。
だから新しく首相になったエシェルはワシントンD.Cを訪れるし、イスラエル首相とニューヨークのユダヤ人コミュニティとを結ぶ連絡役というポジションは強いのだ。

『嘘はフィクサーのはじまり』は、ニューヨークにおけるユダヤ人コミュニティについて細かく説明してくれる映画ではない。例えばユダヤ人たちとそれ以外とでは宗教が異なるため独自の教会を運営しているとか、ニューヨークのユダヤ人は金融業に携わっていることが多いとか、イスラエルとアメリカのユダヤ人との関係とか、そのあたりがうっすらとでも頭に入っているとより楽しめるだろう。

面白うてやがて悲しき、人脈おじさんの末路


主人公ノーマンを演じているのはリチャード・ギアである。世界的な色男だったギアも現在69歳。おっさんというか、もうおじいちゃんである。『嘘はフィクサーのはじまり』でのギアは往年の優男ぶりをひっこめ、終始ベージュのコート一着を着続け携帯のハンズフリーマイクに向かって延々と喋り続けるという事象フィクサーの変なおっさんを熱演している。

ギアが演じたノーマン・オッペンハイマーは、けっこうウザいおっさんである。有名人と名刺を交換しては「〇〇さん? ああ、知ってる知ってる。何回か飲んだよ」と友人面をするという、こいつ絶対友達すくないだろうなという人物だ。というか、こういうおっさんは日本にも割といる。二言目には人脈人脈とうるさく、「今度なんか面白いことやりましょうよ!」と言う割にはろくに連絡もよこさず、そのくせ妙に厚かましい……。
電車の中で偶然隣に座った初対面の女性にいきなり「君はレズビアンかい?」と質問できるという、そういう神経の持ち主がノーマンである。

しかし、よくよく考えればノーマンはなかなか悲しい人物だ。大物になりたいとドタバタするうちに年だけは重ねてしまい、それでもなおフィクサーとして成り上がるという夢だけは捨てられないというおじさんである。そもそも、フィクサーというのは自分で何か作ったり、売ったり、サービスをしたりという商売ではない。人間と人間の間をとりもつ仕事であり、そのため自分と関わりのある人間関係全てが金儲けの道具である。自分の金儲けのためでしか人間と触れ合うことができないというのは、なかなか悲しくつらいことだろう。

そんな人間関係でメシを食う男であるノーマンが、ひょんなことから知り合っただけの自分を信用してくれたエシェルと関わり合い、そして最後の最後でどういう選択をしたかはぜひ映画をご覧になっていただきたい。ブラックコメディであると紹介されている『嘘はフィクサーのはじまり』だが、おれは途中からはノーマンの行動がつらくて、もう全然笑えなかった。やっぱり生身の人間には真摯に向き合うべきだな……と改めて思わされた作品である。
(しげる)

【作品データ】
「嘘はフィクサーのはじまり」公式サイト
監督 ヨセフ・シダー
出演 リチャード・ギア リオル・アシュケナージ マイケル・シーン スティーヴ・ブシェミ ほか
10月27日より全国順次公開

STORY
ニューヨークに住む自称フィクサーのノーマンは、ひょんなことからイスラエルの政治家エシェルに高価な靴をプレゼントする。3年後、イスラエル首相へと大出世したエシェルはノーマンをニューヨークとのパイプ役に指名し、ノーマンは一躍大物フィクサーへと上り詰めるが……
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