アラブの王子様が開催するリアル天下一武道会とは? 過去には日本人選手も好成績
画像出典:Amazon.co.jp「THE COMPLETE RUMINA 10th Anniversary

サウジアラビア政府を批判していた記者が殺害された事件に、ムハンマド皇太子が関与しているなどと取り沙汰され、国際的な大問題となっている。
そんな物騒な情勢ではあるが、今回皆さんに知っていただきたいのは、お隣のアラブ首長国連邦の皇太子についてである。

この王子様、超が付くほどに格闘技が大好き。その趣味が高じて、格闘技大会まで開催してしまった。
その名も「アブダビ・コンバット」。
オイルマネー=財力に物を言わせて、旬の一流格闘家を世界中から選抜して、自分好みにマッチメイク。いわば、超私的な「天下一武道会」なのだ。


格闘技マニアの王子様の趣味で世界最強トーナメントを開催!?


アブダビの王子様、シェイク・タハヌーン・ビン・ザイド殿下がアメリカ留学中に初期のUFCにおけるホイス・グレイシーの闘いぶりに感銘を受け、自身もアメリカで柔術を学び始めたのがきっかけになる。
身分を隠したまま学び、見事グレイシー柔術の茶帯を取得。帰国後、アラブ首長国連邦の首都アブダビに、一流の総合格闘家たちをインストラクターに迎えて格闘技のジム「アブダビ・コンバット・クラブ(ADCC)」を設立したのである。
そして、このADCCが主催し、トーナメント形式で優勝を争うのが、98年から始まった「ADCC サブミッション・レスリング(後にファイティングに変更)・ワールド・チャンピオンシップ」。通称「アブダビ・コンバット」だ。
打撃なし、組み技に特化した何でもありルールのトーナメントで、関節技でのギブアップか、テイクダウンやポジショニングなどのポイントでの決着となる。
柔術やレスリング、サンボなど、グラップリング系の選手を中心に、超豪華な顔ぶれが揃ううえ、王子が観たいカードが惜しみなく組まれるから、マニア垂涎のドリームマッチが次々と実現。
当初は、王子の人脈頼みの大会で御前試合の色合いが強かったが、第2回大会からは日本を始め、世界各地区で予選大会が開かれるなどワールドワイドな展開に。

01年までは毎年、以降は2年に一度のペースで開催され、今や名実ともに「寝技世界一」を競う場となっている。


ゴルフ場や日本食レストランまで完備の格闘技ジム


会場となるADCC自体も豊富な資金力が伺えるゴージャスさ。
映画で見るような巨大なシャンデリアが輝くロビーを抜けると、広くて清潔感あふれる空間にはリングやサンドバッグはもちろん、フィットネス&ウェイトトレーニングの最新設備が充実。総合格闘家をはじめ、柔道やサンボ、キックボクシングの一流選手もコーチに雇うなど、徹底したこだわりぶりだ。
マット式の試合場は3面あり、1,500名ほど収容できるスタンドには、金ピカの調度品をあしらえた貴賓席も最前列に完備。王子様の試合観戦も万全の環境なのである。
ボウリング場やスカッシュのコートに、カフェテリア、さらに日本食レストラン、おまけに託児所まで揃えた至れり尽くせりぶり。格闘技ジムどころかスポーツクラブの範疇もゆうに超えた、ユーザーフレンドリーな設計なのである。
それどころか、ゴルフ場や競馬場も併設されているとか。もはや、一大レジャー施設といった趣だ。


賞金飛び交うトーナメントではスポンサーの獲得も!?


参加選手への待遇も完璧で、交通費、滞在費はすべて主催者持ち。
優勝賞金の1万ドル(無差別級・スーパーファイトは4万ドル)から4位入賞1,000ドルまで賞金が出るほか、ベストテクニック・ベストテイクダウン・ベストサブミッション・ベストファイトの各賞に選ばれれば、各1,350ドルの賞金が手に入るなど、試合ボーナスも大盤振る舞いだ。
さらに、いい試合をした選手には一流企業のスポンサーが付くというシステムまであるから驚き。しかも、その交渉は即断即決。
企業側は気に入った選手に声をかけ、選手は次の試合からスポンサーのTシャツを着用することで大金を手にすることができるのである。
ちなみに、2000年開催の第3回大会では、来場者全員参加の抽選会で現金はもちろん、ポルシェ、BMW、アウディなどの高級車まで当たったという。
何もかもスケールがケタ違いなのだ。


一度は住んでみたい! 誰もがうらやむアブダビの魅力


広く綺麗に舗装された道路に立ち並ぶ超高層ビル群。それでいて、南国ならではの鮮やかで美しい花が咲き誇るなど、リゾートムードも満点なアブダビ。
王族と並んで貴賓席で観戦した“格闘王”前田日明によると、アブダビは無税で教育費や医療費も無料。電気・ガス・水道と光熱費も無料だとか。
しかも、移住者が多いアブダビでは純粋な国民が優遇されており、国から土地をもらえるうえ、商売のための建設費まで支給されるそう。さらに、難病にかかった際には国外医療のための渡航費を始め、家族の生活面まで国が保証してくれるという。
かつて、前田はUWFの旗揚げ時に「選ばれし者の恍惚と不安、二つ我にあり」と名言を残したが、選ばれしアブダビの民には不安は無用、恍惚しかないようである。


修斗のカリスマたちが大健闘した第2回大会


日本人選手は99年開催の第2回大会から見事な結果を残している。
それは、当時の総合格闘技団体「修斗」でカリスマ的人気を誇った選手たちだ。
後にPRIDEでも活躍する桜井“マッハ”速人は、77kg未満級で3位入賞と大健闘。しかも、無差別級に急遽出場し、準優勝の栄冠に輝いている。

大会一の盛り上がりを見せたのは、前年のアブダビ99kg超級優勝者にして後にUFCヘビー級王座にまで上り詰めるリコ・ロドリゲスに電光石火のヒールホールドを決めて一本勝ちした試合。
ゲーム性が高いルールのため、ポジションキープに終始する消極的な選手もいるなか、アグレッシブに攻め続けた桜井。体重差40kg以上を覆しての快挙に、王子様も大絶賛だったという。
77kg未満級では、後にUFCやHERO’Sで活躍する宇野薫が準優勝になる大金星も上げている。

当時の修斗で、知名度・人気ともにNo.1だったのは佐藤ルミナ。
ファッション誌で何度も特集が組まれ、藤原紀香とのお泊りデートが週刊誌を騒がせるなど、格闘技界のイケてるアイコンだった。
王子は、ルミナの試合をすべてチェックするほどの大ファンであり、満を持しての参戦だったのだが、入国早々インフルエンザでダウンというツいてなさ。
回復を願って、王子がチョコレートや花束の詰め合わせをルミナの部屋に送ったそうだが、残念ながら欠場となってしまった。
翌年、王子の推薦枠で再び参戦したのだが、初戦の相手がブラジリアン柔術世界大会優勝者のビトー・“シャオリン”・ヒベイロというルミナ的には悪夢のカード。いきなりラスボス登場である。
結局、王子の趣味丸出しのドリームマッチは、ルミナの1回戦敗退で終わっている。


グレイシー一族が復権をかけた第3回大会


2000年の第3回大会は、ヘンゾ、ホイラーのグレイシー一族が大活躍したことが懐かしく思い出される。

ヘンゾ・グレイシーは、マッハたちと同じく77kg未満級に出場。修斗3人衆が1回戦で敗退するなか、堂々たる試合運びで2年ぶりの優勝。
直前のRINGS「KOKトーナメント」で、田村潔司に判定ながら敗れたばかりだったが、グレイシーの威厳を保つことに成功した。
ホイラー・グレイシーは、前年のPRIDE8で、桜庭和志のアームロックでレフェリーストップ負け。ギブアップはしなかったものの、試合が劣勢だったのは明らかだった。
しかし、アブダビでは「グレイシーNo.1テクニシャン」の異名どおりに達人ぶりを発揮し、66kg未満級で2連覇を達成。
こちらも、グレイシー柔術の実力を満天下に知らしめている。

現在も格闘技界に確かな形で根付いているADCC。次回は2019年の開催となる。
格闘技ファンなら、一度は生観戦してみたいロマンあふれる大会である。
(バーグマン田形)
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