大槻ケンヂミステリ文庫 「アルバムの主人公は相当やさぐれているんだな」/インタビュー後編

――【大槻ケンヂミステリ文庫】インタビュー前編より

人生も半ばを過ぎた男の侘び、寂び、哀愁……

──今回の歌詞は、これまでの歌詞と少し違う感覚もありますか?

大槻:どうなんだろうなぁ……。でも今回のはわりとダンディーね。
そういう感じは今まで書いたことがないかもしれない。まぁハードボイルド的な、ちょっとダンディズムな、もうそう長くはないうちに老境に入ろうかという男の侘び、寂び、哀愁、そういうものが書かれていると思います。

──それは結果そうなった感じでしょうか?

大槻:意図的なのか、結果なのか、ちょっとわかんないです。ただ、ファンキーでジャジーでブルージーなトラックや演奏に引っぱられると、自ずと歌詞もハードボイルドでダンディーなものになりますね。やっぱりパンク、ラウドロック、ヘヴィメタルに乗せる歌詞は、どうしても少年っぽくなるんですよ。そういうサウンドって基本的にはティーンエイジャーのものだから、ちょっと中2病を引きずったような若い歌詞が合うんですよね。
そう思うと、年齢的にもちょうどよかった。もっと若いときだと、背伸びした感じになっていたと思うから。あとアルバムを通して聴くと、昭和の新宿が浮かぶところはありますね。世の中の男のほとんどがタバコを吸っていた時代の都会の雰囲気。信じられないですけどね、今となっては(笑)。

──いい意味で大人がカッコよくやさぐれて歩いていた夜の新宿。


大槻:そそそそ。アルバムの主人公がもしいるなら、彼は相当やさぐれているんだな。人生の傷みたいなものにいつまでもこだわって、今現在のすべてを捨てて、その時代に移動したいと思っていそう。そこに戻ったところで面倒なだけなのに。でもそれって意外に多くの人の潜在的な願いだと思うんですよね。

──そういう歌詞を引き出すきっかけでもあるトラックが、本当にどれもカッコいいですね。


大槻:何より演奏が素晴らしいですよ、今回のアルバム。とにかくカッコいい。あとね、全曲、曲もいい。デモテープを聴いた段階でそう思いました。そういうことはね、正直に言いますが、大槻ケンヂと絶望少女達っていうプロジェクトでナッキー(NARASAKI)が全曲作ってくれたとき以来です。逆に筋少でもなんでも全曲「今回ピンとこないな」っていうときもあるんですけど、それが悪くなるとは限らなくて。
作っていくうちにどんどん変わっていくからね。だけど今回みたいに、ごく稀にデモテープが全部いい曲で、もう半分勝ったなっていうことがあって。

──それは作詞者冥利に尽きるようなことなんでしょうか?

大槻:うん、やっぱり歌詞が浮かびます。なんかピンとこないなっていう曲は探るんだけどね。どこらへんからアプローチしたらいいんだろう、なぜ彼はこういう曲を書いたんだろうって。今回はもう全曲素晴らしいので、「もうこれ、いけちゃうやつだ」と思いましたね。


──実際、筆のノリもいい。

大槻:もちろん! ただ、ポエトリーリーディングは歌詞と違って文字数の制限がない散文詩なので、放っとくと長大になってしまう。だから、本当に語るべき言葉のみを選別していく作業が大変でしたね。「ぽえむ」なんて最初はとんでもなく長くなっちゃって。「タカトビ」「去り時」は完全に歌もので字数の制約があったから、そうはならなかったけど。「美老人」もそうですね。


──「美老人」は、どこから発想した楽曲ですか?

大槻:美老人っていう言葉から。やっぱり人生も半ばを過ぎると、老境をどう生きるかを考えるから。美しい老人になりたいなと思って。これはロキシー・ミュージックの「Tokyo Joe」っていう曲みたいな感じでってオーダーしたんだよね。あんまり「Tokyo Joe」的なアレンジにはならなかったけれども。でもいいね。

──「オーケンファイト」は何に着想を得た楽曲ですか?

大槻:オワリカラのタカハシヒョウリ君は特撮番組の音楽をロックにアレンジして演奏する科学特捜隊っていうバンドをやっているくらい、怪獣とか昭和の特撮が好きで。だから彼から曲が来たとき「そうか、怪獣か……。ウルトラファイトだ!」と思ったの。昭和40年代に『ウルトラファイト』っていう5分の怪獣番組がありまして。始まったばかりの頃はウルトラマンとウルトラセブンの怪獣シーンだけを流してたんですけど、ネタが尽きてクテクテの着ぐるみが海岸や荒地でただゴロゴロ戦ってるっていう、ものすごいシュールな番組になって。だから「オーケンファイト」なんですよ。まるで自分の人生は、あの『ウルトラファイト』の不条理な戦いのようだっていう。『ウルトラファイト』を10本くらい観てから「オーケンファイト」を聴くとすごく気持ちがわかると思います。

大槻ケンヂミステリ文庫 「アルバムの主人公は相当やさぐれているんだな」/インタビュー後編


──アルバムタイトルの『アウトサイダー・アート』は、何かに由来しているのですか?

大槻:最初、筋肉少女帯のアルバムを『アウトサイダー・アート』にするつもりだったんです。僕はいまだに自分が何をやるべき人間かわからないから、いろんなことをやって何をするべき人間なのか試している、終わらない自分探しの旅みたいなところがありまして。で、そのなかで「そうだ、絵を描いてみよう!」「ジャケットの絵を描きたい」と思ったんですね。西洋の絵画の勉強をしていない人の絵をアウトサイダー・アートって言うんですけど、僕が描いたら必然的にそうなるなって。そう思いながらオケミスの歌詞を書いて、そのあと筋肉少女帯の歌詞を書き始めるなかで紆余曲折があって。筋少のほうはアウトサイダー・アートというよりはパララックスビュー(視差)がテーマになっているから、これは『ザ・シサ』をタイトルにしようと。でも『アウトサイダー・アート』も気に入っていたので、これはオケミスのほうに使おうということになりました。

──その後、絵は描いているのですか?

大槻:画材屋さんには行ったんですけど、もうわからなくて。しかもたまたま世界高校生美術展みたいなのを観たら、皆さん、圧倒的に上手くて。これはもう、ぐじゃぐじゃな絵を描くにしても恐れ多いと、描く前に挫折しました(笑)。ただ、美術館にはよく行きます。ここ2年くらい美術館で歌詞を書くことが多いので。

──絵を観ると触発される?

大槻:それもあるかもしれないんですけど、歩く場所として選んでる(笑)。僕、歩くと発想が浮かぶので、歩いて歌詞を書こうと思ったんですね。散歩とかして。でも昨年も今年も、ちょうど書く時期が夏で、東京の夏ってとんでもないじゃないですか? 外を歩くのは無理だな、どっか涼しいとこないかなと思って、美術館ってどうかなってことになったんです。そしたら、それがよくてね。

──今回の歌詞も美術館で書いたものが多い?

大槻:わりと。でも「スポンティニアス・コンバッション」は鎌倉を散歩して、小町通りにある喫茶店で書いた。「去り時」は、これの前に何か歌詞を一つ書いて、そしたらもう浮かんできちゃったので、日の暮れて涼しくなってきた公園でパパッと2時間くらいで書いたかな。最近、作詞脳が活性化していて、すぐ歌詞が浮かんでくるし、浮かぶとパパッと最後までいけちゃうんですよね。

──来年早々にはオケミスのツアーもありますね。

大槻:メンバーがすごいんです。アーバンギャルドのおおくぼけいさんは男なのに2017年ミスiDのファイナリストですから。ピンクのレオタードでフラッシュダンスを歌い踊るMVを作ってね。呆れた審査員が会場から出たとか。素晴らしいです(笑)。友森昭一君は友達の同級生。高校時代から知ってますけど、そのときから天才ギタリストだった。本当にお楽しみに、です。

──オケミスは今後も継続的に活動していくプロジェクトになりそうですね。

大槻:筋肉少女帯は機材とか仕掛けが大きいので、ライブをはじめ限定されることが多いんですけど、オケミスは僕しかいないので。キーボードレス、ギターレス、打ち込みオケミス、カラオケミス。アンプラグドオケミス、ポエトリーリーディングだけのオケミスとか、形態をいろいろ変えてやれるので。あ、朗読オケミス、いいですね。いいな、やろう、やります(笑)。その延長の読み聞かせオケミスとかも新しいじゃないですか。

──自由度が高いですね。

大槻:そうなんです、それがね、オケミスのいいところなんですよ。実際、もう違う形態のライブとか考えてるし。いろいろ試せるオケミスは、なんか自分に合ってるような気がしています。

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