小説『フランケンシュタイン』を書いたのは、この小説の着想を得た当時は18歳だった女性、メアリー・シェリーである。青年ヴィクター・フランケンシュタインが、「理想の人間」として死体をつなぎ合わせて怪物を作り出し、その結果自らの近親者や友人を次々に失い、最後には自分も息をひきとる。
怪物は自らの姿のおぞましさに絶望し、自分と同じ存在をもう一人創造するようフランケンシュタインに迫るが、結局フランケンシュタインが死んだことで、北極点で自らを焼いて死ぬために怪物も何処かへと消える……というのが、『フランケンシュタイン』のあらすじだ。
「メアリーの総て」普遍的ダメ男エピソードをサバイブせよ、恋愛と社会にくたびれている人必見

メアリー・シェリーは、なぜ怪物の物語を書いたのか?


19世紀前半の、それも18歳の女性が、どうしてこんなに暗くてグロテスクで、その上妙にSFっぽいストーリーを考えついたのか。その創作に至るまでの経緯を詳細に追ったのが『メアリーの総て』だ。主人公は当然、イギリスに住む少女メアリー。結婚前なので苗字はゴドウィンである。父ウィリアム・ゴドウィンは政治評論家にしてアナキスト、さらに貧乏な本屋という人物で、娯楽小説に対して厳しい。フェミニストの先駆者である母メアリ・ウルストンクラフトはメアリーを産んだ時に死亡。16歳のメアリーは墓場で怪奇小説を読みふけるのが最大の楽しみという少女に育っていた。

ウィリアムが再婚した継母と折り合いがつかず、メアリーは父の友人が住むスコットランドの屋敷に移住することになる。ある日その屋敷で開かれた読書会に現れたのが、気鋭の若手詩人でルックスもいい、パーシー・シェリーだった。互いの才能に惚れ込み惹かれ合う2人だったが、パーシーには妻も子供もいた。しかしメアリーとパーシーは勢いに任せて駆け落ちを決行(ついでにメアリーの義理の妹クレアもついてくる)。やがてメアリーは女の子を出産するものの、生活能力がないパーシーは借金をしまくり、取立てから逃げ惑ううちに娘は死んでしまう。


悲嘆にくれるメアリー。そんな生活の中で、メアリーの妹クレアは当時派手な生活を送っていたジョージ・ゴードン・バイロンと知り合い、その縁でメアリーもバイロンが所有するスイスの別荘に滞在することになる。長雨で別荘から出られないことに退屈したバイロンは、医師のジョン・ポリドーリやパーシー、さらにメアリーたちに対して「皆でひとつずつ怪奇譚を書かないか」と提案する。メアリーは、以前パーシーと見たカエルの死体を使った実験や死に彩られた自らの人生を背景に、人間に作られた怪物の物語を書こうとする。

19世紀前半にはオカルトと科学とが混ざったブームが何度も起こっていたという。降霊術や死者の蘇生、実用化されかけていた電気技術を使い死んだカエルの筋肉を動かす実験といった、SFとも科学ともインチキともわからない要素が出揃いかけており、それが一般市民レベルまで浸透しようとしていた時期である。メアリーがそれらに触れるシーンは、映画の中でもしっかり描写されている。

それと同時に、メアリーの前半生には死の影がつきまとっていた。生まれた時に母が死に、パーシーについていったがために自分の娘も死ぬ。これらの死者たちと、そもそもの「墓場で怪奇小説を読むのが趣味」というメアリーの素養、19世紀のオカルトブームが複雑に絡み合っていく様子を、『メアリーの総て』は現代の人間にもわかりやすく解きほぐす。

それにしても、メアリーは不幸であればあるほどすごい小説を書けるようになっていったわけである。これはもう酔えば酔うほど強くなる酔拳のようなもので、本質的には大変悲しい特性だ。
しかし書いて作品を世に出すこと自体がメアリーにとっては救いになったわけで、そうであるならば「書けてよかったねメアリー……」ということもできる。しかし「女がこんな小説を書くなんて」と出版社からは撥ね付けられまくり、映画の後半では「『フランケンシュタイン』の作者」というポジションをめぐるメアリーの苦闘が描かれる。いやほんと、大変な人だよメアリーは……。

ダメ男の地獄エピソードから生き延びるには


『メアリーの総て』はかなり現代的な話でもある。というか、19世紀の衣装や建物を抜きにすれば、現代の物語として簡単に翻案できそうな作品だ。とりわけ、登場する男性陣のダメ人間具合が凄まじい。

ダントツでやばいのが、メアリーの夫パーシーである。詩人で論客という頭良さげな仕事をしており、見た目も悪くない文系のインテリ。妻も子もいるのを隠して16歳の少女に近づき、盛り上がったところで後先考えずに駆け落ち。実家がある程度太いがゆえに生活能力がなく、金を稼ぐ方法といえば借金くらいしか思いつかない。しかし妙に見た目だけはいいので生活能力のなさを雰囲気で流すことができ、有名人の知り合いもいて女には困らない。果ては自由恋愛を主張して「結婚してようがなんだろうが、俺を束縛するのはやめてくれないか」とか言いながら他の女に鼻の下を伸ばす……という、絵に描いて額に入れたようなヒモ気質のクソ野郎である。


途中で出てくるバイロン卿もかなりのものだ。パーシーを上回るドスケベで男女問わずに手を出しまくり、そのへんの女をヤリ捨てては「は? 俺お前にそんな興味なかったんですけど?」と言い放つド外道である。しかし困ったことに才能だけはある上、しっかり金も持っているので食うには困らない。放蕩三昧の生活に関しても「芸術のためにはこういうのも必要なんだよな……」とヘラヘラしながら言い切ってしまうような、ふやけたおっさんである。平松伸二先生の漫画だったらボコボコにされているタイプのキャラクターだ。

つまり『メアリーの総て』は、「作家志望の女子高校生がイケメンの文系インテリにのぼせ上がり、勢いで同棲しちゃったけど相手には家庭があって、しかし妊娠してしまったので引っ込みがつかなくなった」みたいな、割とよくあるタイプの地獄エピソードの19世紀版と言えなくもない。「うっわ〜! パーシーみたいなヒモ野郎、19世紀のイギリスにもおったんか〜!」と感心すること間違いなしである。

この普遍的地獄エピソードをバネに、いかにしてメアリーが立ち上がり、後世に残る傑作を書き上げたのか、というのがこの映画のキモである。だがしかし、メアリーほどのひらめきや文才がなかったとしても、地獄エピソードを燃料にして動くにはどうするべきかというヒントは得られるはずだ。その意味で、『メアリーの総て』はクソのような恋愛やしょうもない社会に対してくたびれきっている人に向けて作られた映画である。

メアリー・シェリーは社会活動家だったわけでもないし、世の中を大きく変化させたというわけでもない。しかし彼女は、「個人がいかにして地獄エピソードから生き延びるか」という教訓を教えてくれる存在ではあるのだ。

(しげる)

【作品データ】
「メアリーの総て」公式サイト
監督 ハイファ・アル=マンスール
出演 エル・ファニング ダグラス・ブース トム・スターリッジ ベル・パウリー ほか
12月15日より上映開始

STORY
19世紀のイギリス。書店を営む家庭に生まれたメアリーは作家に憧れる16歳の少女。ある時詩人のパーシーと出会った彼女は駆け落ちを決断するが、それが傑作『フランケンシュタイン』を生み出す遠因となる
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