仏教の教えの上で調理する「日本の精進料理」が、海外で注目されている。
ミシュランガイド2018では、ニューヨークの精進料理レストランが一つ星を獲得した。

精進バーニャカウダが美味しそうで美しくて。クリスマスに「西洋お寺ごはん」この変化球はあり

現役僧侶が書いたレシピ本『西洋お寺ごはん』は、外国人でも気軽に作れる精進スタイルの料理を「お寺ごはん」として紹介している。

けんちん汁や飛龍頭(ひりゅうず)といった定番の精進料理をはじめ、カレーやパスタ、クリームシチューなど洋食メニューも並ぶ。
カレーなのに精進料理? そもそも精進料理とは何なのか。なぜ外国人に人気なのか。
著者の青江覚峰(あおえかくほう)さんに話を聞いた。
精進バーニャカウダが美味しそうで美しくて。クリスマスに「西洋お寺ごはん」この変化球はあり
緑泉寺住職の青江さん。料理僧として漫画『サチのお寺ごはん』監修や、ブラインドレストラン「暗闇ごはん」代表を務め

「お寺ごはん」は食のユニバーサルデザイン


青江 精進料理とはもともと、お寺の修行僧が他のお坊さんに向けて作る料理のことです。これを一般の家庭でも作れるようにアレンジしたものを「お寺ごはん」と呼んでいます。

──自宅でできる精進料理ですね。具体的にはどんな料理ですか。

青江 基本的なコンセプトは、「典座教訓」(てんぞきょうくん)という鎌倉時代に書かれた料理の手引書をベースにしています。いわば現在の日本料理の原型となるものです。肉や魚など動物性の食材をはじめ、ニンニクや玉ねぎなどのネギ類の使用が禁じられています。
精進バーニャカウダが美味しそうで美しくて。クリスマスに「西洋お寺ごはん」この変化球はあり
精進バーニャカウダ。オイルにはアンチョビの代わりにクルミを砕いて入れる

──玉ねぎまで。
NGの食材がすごく多いんですね。

青江 そうなんです。実はこれ、世界中のほとんどの国の料理よりも禁忌が多いです。逆に言えば、このルールに合わせればどんな人でも安心して食べられる料理になります。食の最大公約数ですね。

──どんな人でも、というと?

青江 たとえば、菜食主義者の中で最も厳しい「ビーガン」は肉や魚はもちろん、牛乳や卵も食べません。イスラム教の「ハラール」は豚肉やお酒に加えて、それらに使った皿や調理器具までがNGです。日本にはこういう人たちのためのレストランが少ないので、観光や仕事で訪れたときに食事に困ってしまうんです。

──でも、中には和食が苦手な外国人もいますよね。

青江 お寺ごはんは料理のベースアイデアであって、スタイルではありません。中華やインド料理の技法でお寺ごはんを作ってもいいのです。たとえば、フレンチのシェフと一緒に料理を作ったことがあります。
和食が干し椎茸でだしをとるように、フレンチはポルチーニ茸でだしをとります。できあがったのは、見た目はフランス料理。でも動物性の食材も玉ねぎも使っていない、正真正銘のお寺ごはんでした。
精進バーニャカウダが美味しそうで美しくて。クリスマスに「西洋お寺ごはん」この変化球はあり
秋野菜のキーマカレー。ひき肉の代わりに豆腐やキノコを使う

大根の葉っぱも高級食材も、お寺に来ればみんな同じ


──外国人の反応はいかがですか。

青江 ここ数年、ドイツやイタリアなどさまざまな国で講演を行っています。いずれも立ち見が出るほどのお客様が詰めかけてくださいます。海外でお寺ごはんが求められているのだと感じますね。

──人気の理由はやはり野菜食だから?

青江 お寺ごはんで大切なのが、「思いやり」の心です。典座教訓に書かれている料理の心得のひとつに「老心」(ろうしん)というものがあります。つまり、食べ物を自分の子どものようにいたわって扱うことです。大根の葉っぱも高級食材も、同じように尊い命です。この考え方が、フードロス問題へのアプローチとして海外で評価されています。
精進バーニャカウダが美味しそうで美しくて。クリスマスに「西洋お寺ごはん」この変化球はあり
卵もどきサンドイッチ。つぶした絹ごし豆腐をサフランで色付けて卵風に。マヨネーズも豆腐で作る

ついやりがちな「ながら食べ」


──青江さんがお寺ごはんを作り始めたきっかけは何ですか。


青江 以前アメリカで仕事をしていたことがあり、その時の食事は本当にひどいものでした。机の引き出しにシリアルを入れて、それを片手で食べながら1日中パソコンに向かう生活です。おかげで体を壊してしまったわけです。食べることの大切さを思い知りました。

──私も普段の食事はそんな感じです……。

青江 現代人は忙しいですよね。ランチの最中でも、頭の中は未返信のメールや午後の打ち合わせでいっぱいだったりします。ですが仏教には、食事に集中するための教えがたくさんあります。

──それがお寺ごはんなのですか。

青江 お寺では食事の前に「五観の偈」(ごかんのげ)というお経を唱えます。目の前の食べ物に目を向けて、自分と食べ物の関係性をじっくり考えるという意味が込められています。この食べ物はどこから来たのか。
自分はなぜ食べているのか。目の前のものにしっかりと目を向けることで、日常のあらゆる物事の見え方が変わってくるはずです。
(小村トリコ)
編集部おすすめ