かつて、某媒体から「できる限りセッティングするのでインタビューしたい人を教えてください」と聞かれたことがあり、その時に筆者が希望したのは有吉弘行だった。結果、その希望は通らなかった。事務所NGだったのだ。はじめからわかっていた。ダメ元で言ったところがある。

「AERA」(2014年1月13日号)で有吉が表紙を務めた際、彼が提示した条件は「撮影のみ」だったそうだ。
有吉弘行は前田日明トークライブを観覧に7時間並んだことがある「憧れの人」との邂逅「有吉大反省会SP」
「AERA」(2014年1月13日号)/朝日新聞出版

猿岩石時代、各誌から引っ張りだこにされた経験が有吉にはある。現在とは真逆のメディア対応だ。インタビューを頑なに断る今の有吉の姿勢について、AERA編集部は以下のように評した。
「猿岩石時代の大ブレークから急失速し、8年近く先輩芸人におごってもらいながら雌伏の時を過ごした。メディアに踊らされた時期が、メディアに踊らされない強さを作ったのか」

有吉にインタビューを求めるのは、今や不可能な芸当に近い。万に一つ希望があるとしたら、ある人との対談しかないのでは? という腹案が私にはあった。有吉が“憧れの人”と公言する、ある格闘家との1対1である。その顔合わせについて筆者は試さなかったが、ひょんなことから数日前にあるテレビ番組が実現させた。

前田日明との対面に緊張する有吉弘行


昨年12月29日放送『有吉大反省会2時間半SP』(日本テレビ系)は、好事家からの熱視線が注がれた特番だった。MCの有吉弘行は、番組開始から1時間半が経過した辺りでこんな本音を吐露する。
「次が大変なの! 口回らないぐらい緊張してるから、俺」

「次」とは何のことか。この日のゲストの前田日明のことである。有吉にとって前田は特別な存在だ。




再ブレーク間もない2008年にはUWFのロゴが入ったポロシャツを着て『アメトーク!』(テレビ朝日系)に出演した有吉。2017年6月21日放送『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日系)にてアイドルグループの卒業や脱退を論じた際、3派に分かれたUWFを引き合いに出し「俺は“前田日明推し”だけど、結局全部を応援していた」と解説した有吉。ラジオ『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』で、“憧れの人”に前田日明の名前をはっきりと挙げたこともある。

今回、前田は以下の理由で番組に出演した。
「私、前田日明はゲームにはまりすぎるあまり妻に隠れてトイレにこもってプレイしている事を反省しに参りました」

前田は昔からゲーマーである。1995年3月発行「紙のプロレス」(ワニマガジン社)第13号の特集は「ファミコン・プロレスの逆襲」。当時からマックを導入していた前田は、パワーマッキントッシュ「8100AV」でゲームに励んでいることを同号で明かした。
「俺の持ってるゲームはね、太平洋戦争のシミュレーションゲームと人間の脳を手術するやつ。俺、けっこう手術失敗してるからね。裁判を200件ぐらい抱えてるよ。ヘンな手術をすると弁護士が訴えてくるの。まいっちゃうよ、もう」

ここ3年は、自分が君主となってお互いの城を攻め合う戦略ものの携帯ゲームに没頭中だそうだ。課金だって止まらない。
「今は正直、数百万ぐらい行ったと思うんですよね。女房にカード明細見られたら殺されるでしょうね(苦笑)」

前田の話を聞く有吉の顔つきが、明らかに固い。でも、嫌ではないはずだ。好きな人を前に固くなった態度。何しろ、トークライブを観覧するため7時間並んだことさえあるのだ。

「幻想」のフィルターを通して前田と接する時が一番楽しい


有吉が活字媒体の取材を受けなくなったのは、いつからだろうか。かろうじて、2012年の時点では応じていた。2012年6月発行「Dropkick」(晋遊舎)vol.5にて、有吉は格闘技論をテーマにしたインタビューに登場している。

有吉がプロレスを観始めたのは小学生時代である。
「ボクはタイガーマスクというよりは前田さんが好きでしたね。だからハマったのが遅いっちゃあ遅いですよ」

“前田日明推し”を公言する有吉は、前田ならびに新生UWFについて「幻想を楽しんでいた」と振り返る。
「前田さん本人の試合よりは、『パワー・オブ・ドリーム』(前田日明の自叙伝)を読んで勝手に幻想を膨らませている頃がいちばん楽しかったんです(笑)。実際に観ちゃうと熱が冷めるわけじゃないんですけど、それぐらいのときが熱がいちばん高いっちゃあ高いんですよね」
「前田vsアンドレもイメージだけで興奮してて、長州力顔面蹴撃事件もちゃんと観ると……まったく興奮はしなくっていう……」
有吉弘行は前田日明トークライブを観覧に7時間並んだことがある「憧れの人」との邂逅「有吉大反省会SP」
「パワー・オブ・ドリーム」前田日明/角川書店

新生U全盛時の多くのプロレスファンが通った道を、ご多分に漏れず有吉も通っていた。
「あの頃の『週プロ』や『ゴング』にクエストのプロレスビデオ通販広告が載っていたじゃないですか? ビデオ一本あたり1〜1万5千円くらいしたのかな。バイトで貯めたお金でどのビデオを買うか広告を眺めながらずっと吟味するんですよ。結局『格闘技は楽しそうだから……』という理由で『U-COSMOS』を選ぶんですけど、届いたビデオを観てみると『あれ、こんなんなのか……』っていうねぇ……。その繰り返しでしたよ。だからクエストの広告を眺めてるときがいちばん楽しかったんです(笑)。だからってUWFに文句があるわけじゃなくてね。ホント大好きでした」

“前田推し”の有吉は、UWFだけでなくリングスのことも追いかけた。




リングスへの接し方も、UWFと同様だ。「幻想」というフィルターを必ず通し、それから愛でる。
「(新生UWFやリングスで前田の名勝負は)ないですもんね。でも前田さんは面白い。リングスは広島に来たときに観に行ったことがあるんです。前田さんがヴォルク・ハンとやって負けたんですけど。そのときもなんとか自分を騙しながら観てたんですよね。弟に『グロム・ザザが渋いんだぞ!』って教えながら、自分にもそう言い聞かせてね……。『グロム・ザザが好きな自分が好き』なだけなんだけど(笑)。『ディック・フライとかは全然ダメ!』とか口にするけど、心の中ではザザよりディック・フライのほうが好きなんですよ」

物事を過剰に見せる前田言語


今回、『有吉大反省会』はプロレスラーの滑舌の悪さを取り上げた。具体名を出すと長州力、藤波辰爾、天龍源一郎である。そして、そこへ新たに前田が加わった。

長州の呼びかけで世代闘争が勃発した名場面(1987年6月12日/両国国技館)について、前田は番組内で言及した。
「昔、“俺たちの時代闘争”でマイクパフォーマンスあったじゃないですか? で、まず長州さんがパッと(マイクを)取って『フガフガフガフガ』って言ったらみんな『オーッ!』ってなったけど、中には『アレ?』ってわかんない人もいた。今度、藤波さんが取ったら『んわんわんわんわんわ〜』って。みんな『えっ、なんて言ったんだ?』ってなった。で、俺の番になって、アホらしくなって『だったら誰が一番強いかやったらいいじゃないか』って言ったんですよ。みんな、何言ってるか全然わかんないんだもん」

前田の発言には正確ではない部分がある。興奮状態の長州の叫びに聞き取りづらい箇所はあったが、最後にマイクを握った藤波は「やるぞー!」の一言しか残しておらず、滑舌を問うほどの言葉数は発していないのが事実だ。
しかし、『有吉大反省会』は報道ではなくバラエティ番組だ。一笑い起こす前田のトークとICレコーダーのような正確性、どちらを取ったほうが良い? 私は、前者を取りたい。

かつて、UWFをテーマにターザン山本へインタビューしたことがある。その時のターザンによる前田評は以下のようなものだった。
「全部、あの人はサービス精神だから! 物事を過剰に見せるということに対して、あの人ほど言葉を持ってる人はいないから。あえて、わざと、そういうのを散りばめるんだ。本気じゃないんだけど『それ言ったほうが面白い』って考えで」

前田言語は幻想を作る。有吉は前田本人を目の前にしながら、今回も幻想と対峙した。それ即ち、有吉にとっての「いちばん楽しい時間」ということではないだろうか。

やり口がUWFっぽかった7年前の有吉


最近の有吉は“名司会”としての顔がおなじみだが、再ブレークした2007年(「おしゃべりクソ野郎」発言がこの年)からの4〜5年間辺りはまだまだアナーキーだった。特に、三又又三やカンニング竹山らを相手にした際の詰め方は半端じゃない。天下を取った現在と異なり、上を目指していた当時の有吉。邪魔する者がいれば、容赦なく“潰し”にかかっていた。

「Dropkick」インタビューに興味深いやり取りがあるので、以下に再現する。

──『怒り新党』にカンニングの竹山さんが出られたときの有吉さんの潰し方が非常にUWFっぽかったという感想が出てましたね(笑)。
有吉 そうですか(笑)。たまに言われることはありますけどね、やり口が。新日本に上がってるときのUWF勢みたいな。
──ロープに振られない(笑)。
有吉 無意識でやってるんでしょうけど、あとから自分で後付けしてみて「あのときUWFっぽかったな」って満足するときあります(笑)。
──妥協しない試合スタイル。そういう意味ではプロレス団体としたら前田日明のポジションなのかもしれないですね。
有吉 いやあ、あそこまでじゃない(笑)。
──顔面は蹴らない、と(笑)。
有吉 けど、顔面蹴っちゃうときあるな。変なシロウトが出てくると猛烈にやりたくなるときありますよ。そのときはディレクターに「やっちゃっていいんですか?」ってサインを送るという。
──アンドレ戦で星野勘太郎に確認する前田日明のように(笑)。
有吉 「泣くまでやっていいですか?」ってね(笑)。

そういえば、『有吉くんの正直さんぽ』(フジテレビ系)に高田延彦が頻繁に出演する時期があった。一時期、高田は本当にしょっちゅう出ていた。あの頃、何かの拍子に高田に向かって有吉が前田の名前を出しやしないかと、ヒヤヒヤしながら観ていたものだ。ひょっとして、高田から“前田の名前NG”でも出ていたのだろうか? 空気を読む有吉が意図して口をつぐんでいたのか? それらを全て承知の上であえて名前を出したりしないだろうか? こういった勘繰りも、ギャラリーによる勝手な妄想であり幻想だ。

いまだに飛ばしている前田。対して、今やかなりの穏健派となった有吉。今後、有吉が“UWFっぽい”スタイルを選ぶことはないのだろうか? 思いを馳せてしまう。幻想を愛する有吉と幻想を作るのが得意な前田による1対1は、好事家の幻想や妄想をまた新たに膨らませる邂逅となった。
(寺西ジャジューカ)
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