人々を幸せにするささやかな魔法が存在する世界を舞台にした青春偶像劇は、先日放送された第13話で大団円。
エキレビ!の篠原監督インタビュー後編では、前編に引き続きP.A.WORKSの山本輝ラインプロデューサーと株式会社インフィニットの永谷敬之プロデューサー同席の下、最終回の内容にも触れながら、その物語に込めた思いも探っていく。
(前編はこちら)
どうせ失敗するなら、身になる失敗した方がいい
──孫の瞳美とは真逆の性格という印象がある琥珀について聞かせてください。
篠原 瞳美とは正反対なキャラというのは、わりと最初の段階から決まっていました。それはもちろん瞳美の置かれている状況をより分かりやすくするためです。魔法に対する前向きな姿勢や、写真美術部の活動に飛び込み参加しどんどん馴染んでいく姿。そういった自分の好奇心に正直に行動する若き祖母は、瞳美にとっては眩しくもあり、劣等感を強くする存在でもあります。帰国時に母親の瑠璃とハグする姿も、瞳美にとっては不思議な光景だったに違いありません。あらゆる意味で正反対の二人で、普通なら友達のように一緒にいることは難しいと思いますが、祖母と孫という関係性が互いを許容する支柱になっています。
──噂の段階や登場直後は、ものすごいトラブルメーカーなのかとも思ったのですが、ちゃんと瞳美や周りの人の気持ちも分かる子でした。
篠原 琥珀は、魔法を行使できる自分を客観視できている頭の良い子です。自信家だけど過信家ではないんです。まだ修行中の身なのだからと、自分の限界を知るために確信犯的に失敗出来る子。
──風野あさぎについても教えて下さい。ずっと片思いしていた幼馴染の(山吹)将が瞳美のことを好きになり、展開によっては嫌な子になっても仕方無いかなとも思ったのですが、最後まで良い子でした。
篠原 健気な子ですよね。でも、健気さは物語の要請の中で膨らんだ部分で、最初のイメージは、少し内気でほんわかしたマイペースな子というイメージでした。瞳美が最初に仲良くなるとしたらどんな子だろうということで生まれたキャラです。瞳美と恋敵でありながら、「瞳美に辛くあたる自分が嫌」みたいに考える子でもあって、言わば思春期のイノセンスを体現したようなキャラです。矛盾する自分の感情にどう折り合いをつけていくのかという姿が、ピュアで健気に見えたのだと思います。大人になると失われる部分ですからね。
──一瞬、瞳美に対して怒るのですが、すぐに謝って仲直りしていい子だな、と。
篠原 あっさり解決させたのは柿原(優子)さんなんですよね。僕ら(男性スタッフ)は、もうちょっと引きずると思っていたのですが、「女子はお腹いっぱい大盛りのパフェを食べて、カラオケに行けば仲直りできるんです」と言われて。あ、そういうものなのか、と(笑)。
──名言ですね(笑)。では、瞳美とあさぎの関係が、こじれかけた原因を作った将についても教えて下さい。
篠原 将は、周囲の事はよく見ているのに、自分の感情まわりのことになると周囲が見えなくなる子ですね。3話で写真に関して熱を入れ過ぎて語るところを思い出しますが、やはり一番大きいのはあさぎ絡みです。幼馴染としてずっと一緒にいたことで、あさぎのことを妹のように可愛がっていますが、そこに揺らぎがなさ過ぎて、中学生の時のうわさ話であさぎが傷ついたと思い込んでしまっている。だから無理やり一線を引いてしまった。あさぎを異性として見ようとする意識を自ら封印して、外からの情報も遮断してしまう。「色づく」は瞳美以外にも自分の無意識の中に、秘めた感情を閉じこめてしまったキャラクターが登場しますが、将もその一人です。
──(前編で)川合胡桃と深澤千草の関係性も、柿原さんの脚本で膨らんだ部分というお話がありました。最初の設定では、胡桃と千草はどういったキャラクターだったのですが?
篠原 胡桃は、見た通りの明るいお姉さん的位置づけです。琥珀とも被るところがありますが、胡桃の方がより母性的な柔らかさのある子です。三年生なのもそのためです。ただ明るいだけでなく、まわりもよく見て気配りしていますし、相談役もやれる。主役の二人が自分から動かない子たちなので、琥珀登場までは物語を外側から駆動するキャラクターとしてとても重要でした。千草は、最初の設定から一番変わった子かもしれません。基本的には弟ポジションをイメージして作ったキャラクターで、フェチズムにこだわった写真を撮るちょっと変わった1年生。それでもきれいな写真を撮れるので女子人気が高く、近づいてくる子も多いという設定でしたが、残念ながらほとんど実現できませんでした。フェチズムに関しても本編ではあまり触れられる機会がなく、4話で胡桃に「耳撮っていい?」と聞いたくらいです。柿原さんが作った胡桃との関係性が面白く、途中で軌道修正したキャラですが、個人的には胡桃不在の時の千草のエピソードを見てみたいです。
別れてもなお、色を取り戻させるためには何が必要か
──キャラクターも背景も、非常に美しく、物語としても「色」が重要なテーマになっている作品です。映像的には、どのような点に特にこだわっていたのでしょうか?
篠原 キャラクターの感情や関係性、距離感などをどうやって可視化し、ひとつの画面に落とし込むか、という点に尽きます。キャラクターの表情やポーズ、位置関係などはもちろんのこと、構図、アングル、レンズ感などなど、すべてが作品そのものに貢献することが理想。特に今回は「色」による表現の可能性を試しています。1話では現実以上に色鮮やかな世界を描くことで瞳美の無彩色を強調したり、5話の夕暮れの鍋冠山公園では、唯翔と瞳美が互いに歩み寄ったことを中間彩度の色彩で表現してみたり。いずれも狙いを超えて美しい画面になっていて、あらためて画面作りにおける色の重要性・可能性を認識しました。画面作りで言えば「レンズ」的な再現も色と同じくらい大事なテーマでした。自分は広角系のレンズは情緒が出にくいと思っているので、望遠系のレンズを使った絵を意識的に多く取り入れています。
──ここからは最終回のネタバレも含む内容になるのですが……。物語のラストは、ハッピーエンドではありつつ、切なさもある終わり方だと感じました。この結末は早い段階から固まっていたのでしょうか?
篠原 最初からラストだけは決まっていて。そこはまったく揺らいでないですね。そこに向けてどう進めて行くかだけだったので。
──恋愛という要素だけで見れば、瞳美と唯翔の心が最も近づいた時に別れるという展開になりました。そのあたりのクライマックスの描きかたについては、特に意識されたことを教えてください。
篠原 最終的には瞳美が色を回復するかどうかが大きな課題で、それに対して唯翔の存在が大きなことは間違いない。でも、普通に考えたら(好きな相手と)別れることは色を取り戻す材料にはならないじゃないですか。別れてもなお、色を取り戻せるためには何が必要なのか。そこが一番大事なところでした。
──その展開に関しては最初からイメージがあったわけではないのですね。
篠原 最初から考えていたことと、12話まで物語を積み重ねてきて生まれてきたことの両方がブレンドされ、うまくまとめられたかなと思っています。ただ、こればっかりは、ご覧になった方がどう感じるかですからね。
──1話を見始めた頃は、これは瞳美が色を取り戻す物語だろうと思っていたのですが、最終的には瞳美だけでなく唯翔も、自分の色というか未来を取り戻す物語でした。
篠原 ストーリーは瞳美を軸にして描いていますが、関わってくるそれぞれのキャラクターにもちゃんと物語があるのは大事なことだと思ってやってきたので、そう言っていただけることは嬉しいです。
──最終回でも少しだけほのめかされていますが、瞳美が未来へ帰ってから2078年まで、魔法写真美術部のメンバーに、どのような物語があったのかも気になります。
篠原 そのあたりのことは、あまり僕からは口にしない方が良いのかなと思っています。基本的に作品って、納品したら僕らの手を離れてしまうものです。だから観た方がどういう風に捉えようと、それはその方の自由。こちらが考えてないことを感じることもあるでしょうし、どういう形であれ琴線に触れることがあれば、こんな嬉しいことはありません。
──作品について、いろいろなことを考えてもらうこと自体が嬉しいのですね。
篠原 もちろん作り手として、あらゆるものに整合性を持たせて組み立てているつもりです。でも、それをいちいち説明することにあまり意味を感じません。公式見解なんて存在しません(笑)。『色づく』は解釈上、いろいろと難しいところはあったかもしれませんが、そこは自由に皆さんの体感で受け取っていただければいいんです。たとえば金色の魚をどう解釈するかを考えることは、視聴者側から作品へのより深いアタッチメントでもあるわけです。だから考察想像妄想大歓迎です。そもそも空白の60年間の物語については僕と山本君の間でさえ考えてることが違いますから(笑)。
『凪』以上に手応えのある作品作りができた
──『RDG レッドデータガール』『凪のあすから』に続く、P.A.WORKSでは3本目の監督作品となりました。比較的、若いスタッフも多いスタジオだと思うのですが、成長を感じる部分も大きいですか?
篠原 う〜ん、そうですね……。
永谷 では、監督が考えている間、代わりに……。実際のところ監督の作品は、カロリー的に、スタッフに求めることが大きめな作品が多いのかなと思うんです。『凪のあすから』はまさにそうですよね。だから、スケジュール的に大変な事態になることも多いのですが(笑)。その分、スタジオの地力を底上げしている作品が多いと僕は見ています。
──スタッフの成長にも繋がっているということですね。
永谷 はい。もちろん、PAの他の作品がそうではないという意味では無いですよ。監督が一緒に作品を作っている感触を得られている山本君というプロデューサー(『RDG レッドデータガール』『凪のあすから』では制作進行を担当)が生まれてきたりもしていて。スタジオの成長に貢献されていると僕は思っています。監督はいかがですか?
篠原 上手い振り方だなあ(笑)。P.A.WORKSには、大変なこと面倒くさいことをコツコツやるスタッフが多い印象です。だからつい大変なことを当たり前のように要求してしまうんですが、ちゃんとついてきてくれるというか、それ以上の物を出してくれる。そういう人が多いスタジオは貴重だと思っています。それになにより、この作品を「ウチで作っても良いですよ」と言ってくれるスタジオがどれだけあるのかと考えたら、皆無だと思うんですよね。それぐらい変わった作品というか、王道のアニメでは無いという自覚はあります。
永谷 さっきの最後の解釈についての話もそうなのですが、「結末はユーザー次第です」という企画書を出したら、それは通らないんですよ。マーケットだけを見たら否定されがちなものなので。
篠原 それは、そうでしょうね(笑)。
永谷 だからといって、最後に(時間を越えて)瞳美と唯翔がくっついたら何かが変わるのかな、と思っていて。僕らが一番伝えたかったのはそこではなくて、60年の時を越えてくるけれど、二人の思いが重なるのはこの一瞬なんだというところにこそドラマがある。この作品では、それを理解してくれる人が集まってくれたんですよ。そのことが良かったと思っています。
──監督のキャリアの中で、『色づく世界の明日から』という作品は、どのような位置づけの作品になりそうですか?
篠原 自分が監督をやった作品はどれもとても大事なのですが、特に『凪のあすから』と『色づく』は、オリジナルということもあって思い入れが深い。『凪』が終わった時、もうこれ以上の作品は作れないと思っていました。でも、実際に山本君と企画を動かしていく中で、「あれ? まだ結構引き出し残ってるな」という感覚があって、終わってみれば『凪』以上に手応えのある作品作りができました。
──『凪あす』と『色づく』は、どちらも現実の世界をベースに何かのファンタジー的な設定が加わっている物語ですが、これはいろいろな企画を検討した中、たまたま続いたのでしょうか? それとも監督の中で、そういった物語への強い思いがあるのでしょうか?
篠原 僕は昔からSFや児童文学、ファンタジーが好きでまったく抵抗がありませんし、むしろ必要だと思っているくらいです。演出としてのキャリア初期にはしばらく『アンパンマン(それいけ!アンパンマン)』をやっていたので童話的絵本的なものもOK。マジカルアートイリュージョンの唯翔の絵なんてアンパンマン的要素もあり「普通の18歳男子が描く絵じゃないよな」と思いながらも、楽しくアイデア練ってましたから(笑)。
──好きであり、染みついたものでもあるのですね。
篠原 これはあくまで自分の考えですが、ファンタジーの一番の効用って、現実をちょっと超えた描写をすることで、現実を新たな側面で見られることだと思っています。『凪』にしても『色づく』にしても、現実には有り得ない設定ではありますが、別にその設定を見せたいわけではなくて。超現実な設定によって前景化する人の感情を描きたいんです。そこが一番やりたいことだし、そうやって現実に返ってくるものじゃないとファンタジーをやる意味はないと思ってます。
(丸本大輔)
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