江戸時代、どら焼きは「きんつば」似のお菓子だった

ある老舗和菓子店の女将に「どら焼きには各地域で違った呼び名があったが、今は一部の地域で『三笠焼き』と呼ぶだけで、ドラえもんが登場したことがきっかけで、ほぼ全国の和菓子屋で『どら焼き』という名称で売られるようになった」という話を聞いた。

子どもたちが「ドラえもんと同じ、どら焼きが食べたい」と言ったため、他の名称で販売していた和菓子屋が「どら焼き」に変えたのだという。


関西では、関東でいう「どら焼き」が「三笠山」や「三笠」の名称で販売されていることが多い。本当にドラえもんがきっかけで、「どら焼き」の名称に変えた店が増え、(ほぼ)全国で「どら焼き」が売られるようになったのだろうか。

『おやつ&おつまみビスコッティ』(主婦と生活社)や『アメリカ郷土菓子』(パルコ出版)など複数の著書を持つ菓子文化研究家の原亜樹子さんに、見解を伺った。

江戸時代、どら焼きは「きんつば」似のお菓子だった
原亜樹子さん

「どら焼きの『どら』は楽器の『銅鑼』に因むもので、今と同じお菓子ではありませんが、江戸時代には既に存在していた伝統的な名前です。ドラえもん以前から広く親しまれている名前で、残念ながらドラえもんをきっかけに広く使われるようになったわけではないと思います。もちろん、ドラえもんの人気にあやかりどら焼きを売り出しているお店もあるとは思いますが」(原さん 以下同)

さすがに、ドラえもんを見た子どもたちの訴えだけで菓子名が全国統一されることはなかったようだ。


さて、ご存知の方も多いかもしれないが「どら焼き」の名は、打楽器の「銅鑼(どら)」の丸い形に因むとも、「銅鑼」で焼いたことに因んでつけられたともいわれている。たかが「どら焼き」と言わず、深掘りしていくと面白そうだ。

原さんにはさらに「どら焼き」について、あれこれ教えていただいた。別の名称が付けられているものの名の由来とは?

「関西で多く見かける『三笠山』や『三笠』の名は、虎屋文庫の中山圭子さん著『事典 和菓子の世界』(増補改訂版)によれば、『奈良の三笠山に見える満月、あるいは三笠山の稜線の連想から』とされています。

また、地域で呼ばれる名称の違いではありませんが、『とら焼き』というものもあります。紙にのせて生地を焼き、虎模様をつけたものです。
この工程以外の製法は基本的に『どら焼き』と同じものです」

縞模様を入れることで「どら」から点を取った「とら」をつけるなんて、洒落た発想ではないか。

昔、「どら焼き」はきんつばに似ていた


他にもどら焼きのトリビアはないだろうか。初心に戻り、どら焼き発祥の歴史について伺ってみよう。

「江戸後期に活躍した国学者・喜多村信節(きたむらのぶよ)が書いた『嬉遊笑覧(きゆうしょうらん)』によると、かつてどら焼きはきんつばと同じもので、大きさに違いがあり、大きいものを『どら焼き』と呼んでいたようです。現在のような卵入りの生地にあんをはさむ『どら焼き』が作られるようになったのは、上述の『事典 和菓子の世界』によれば、明治時代以降とされます」

このきんつば似のどら焼きは、一枚の皮を折りたたんであんを挟むものだったそうだ。

明治時代に西洋の文化が入ってきたことで、皮は卵と糖分の多いしっとりしたカステラ生地で作られるようになり、これが今よく知られる「どら焼き」の基本形となった。

では今、江戸時代の頃に作られていたどら焼きを食べられるお店はないだろうか?

「江戸時代のきんつばのようなどら焼きを売るお店は存じませんが、日本橋の『榮太樓総本舗』さんで作られている『名代金鍔』が当時の味と似ているのではと思います」

江戸時代に作られていたものと近いクオリティーのものが食べられるとは、さすが老舗……! 江戸の町民の気分で味わってみたいものだ。



最新のユニークなどら焼き


江戸時代、どら焼きは「きんつば」似のお菓子だった
画像提供:原亜樹子さん

雑誌を眺めていると、洋菓子だけでなく個性的な和菓子を目にすることが多くなった。どら焼きについても、あんに生クリームを加える生どらに限らず、若者の嗜好に合わせた商品や、店の独自性を打ち出した商品が登場している。近年の傾向はどうなっているのか?

「一般的に、皮を焼いて作っているため『どら焼き』なのですが、最近は皮を蒸した、ふんわりしっとりとしたタイプのものや、皮にもち粉を加えてモチモチとした食感にしたような皮に工夫を凝らしたもの、他にはあんに工夫を凝らしたものも人気です」

さらに今、原さんが注目しているユニークなどら焼きがあるらしい。

「元日本菓子専門学校の教師で現在は東向島で『菓子遍路 一哲』という和菓子店を営む酒井先生が、おもしろいどら焼きを考案したと聞いています」

電話で「菓子遍路 一哲」に問い合わせたところ、店主の酒井さんが応じてくれた。

「うちのどら焼きは生地にイタリアンメレンゲを入れて蒸しています。イタリアンメレンゲとは、煮詰めたシロップを混ぜて卵白を泡立てた、しっかりとしたかたさのあるメレンゲをいいます」

メレンゲを入れることで生地はふわふわ。
小麦粉と米粉を合わせて使っているため、もっちりとした食感もあるそうだ。

「菓子遍路 一哲」のどら焼きは、月変わりの商品となっている。1月は黒豆の蜜漬けをこしあんに混ぜた「黒豆どら焼き」と、白あんに栗きんとんを混ぜた「栗きんとんどら焼き」。2月にはバレンタインに因んだチョコのどら焼き、3月の立春には節分に因んだ大豆を使ったどら焼き、さらに夏にはマンゴーのどら焼きを販売しているという。冬に登場する『ゆずどら』と、りんごのコンポートと白あんを使った秋の商品『りんごどら焼き』は特に人気だ。関心のある方は味わってみてほしい。
目を引くおもたせとしても、ぜひ。

最後に原さん一押しのどら焼きの食べ方を伺った。どら焼きは日本茶でいただく印象が強いのではないだろうか。じつは、いろいろな飲み物と合うのだそうだ。

「ほうじ茶やホットミルク、コーヒーや紅茶にもよく合うと思います。私は温かい飲み物と合わせるのが好きですね。


また日にちが経ってパサついてしまったどら焼きは、オーブンなどで少し温めて食べるのもオススメです。皮の表面がカリッとして、中のあんがとろりととろけるくらいまで焼いてもおいしいですよ」

まだまだ寒い時期が続く。部屋でまったりするなら、お供にどら焼きはいかが?
(石水典子)