
名義がコロコロ変わってややこしい! キャプテン・マーベルの来歴
キャプテン・マーベルというのは、コミックではちょっと複雑な経緯を持ったヒーローである。その正体は宇宙人であるクリー人が地球に送り込んだスパイのマー・ベル。彼はアメリカの航空工学分野に潜入しその発展を監視していたが、アメリカ空軍所属でNASAの保安主任だったキャロル・ダンバースという女性と恋に落ちる。地球への愛着とクリー人スパイとしての任務に悩むマー・ベルだったが、クリー人とスクラル人との宇宙規模の戦争に地球が巻き込まれたことからキャプテン・マーベルとして地球のために戦うことになる。
で、問題はマー・ベルと恋に落ちたキャロル・ダンバースだ。この人はクリー人に人質に取られた際キャプテン・マーベルと爆発に巻き込まれてしまい、マーベルと遺伝子レベルで融合。それによってキャロル自身もスーパーパワーに目覚めるのである。その後キャロルはミズ・マーベルの名でスーパーヒーローとして活躍。さらに病死した初代キャプテン・マーベルの息子がキャプテン・マーベルとして戦っていたもののまたしても戦死、その後にキャプテン・マーベル名義を受け継いでいる。つまり、現状単に「キャプテン・マーベル」と言った時に指すのは、このキャロルの方と言っていい。
能力としては飛行能力と怪力、手からビームを発射し超人的な体力も持つという、「能力自体は単純だが物理的な絶対値が高いのでめちゃくちゃ強い」というタイプのヒーローである。アベンジャーズのメンバーとしても実績があり、一時はそのリーダーにもなったことがあるという、マーベル・コミックスの中でも実力で言えば割と上位に入るヒーローだ。
90年代への愛に満ちた、「自分探し」のスーパーヒーロー映画
前置きが長くなったが、映画『キャプテン・マーベル』はこの辺の設定を翻案した作品だ。映画の主人公は超科学を持つ宇宙人であるクリー人の戦士ヴァース。
脱出には成功したものの、乗っていた宇宙艇が墜落。ヴァースが落下した星は1995年の地球だった。ロサンゼルス郊外のレンタルビデオ店に墜落した彼女は平和維持組織S.H.I.E.L.Dのニック・フューリーらと接触する。一方スクラル人たちも地球へと降下。ヴァースの脳に眠る記憶を狙うスクラルたちは地球を舞台に彼女を追撃する。自身の失われた記憶のヒントが地球にあることに気づいたヴァースは、襲いくるスクラルたちを迎撃しつつ、フューリーと共に自らの過去を遡る旅に出る。
舞台となるのが1995年、宇宙の女戦士がいきなり落ちてくるのがレンタルビデオ屋、ぶっ壊される『トゥルー・ライズ』の店頭POP……という掴みから、レペゼン90年代なおじさんおばさんの心を掴んで離さない本作。公衆電話をハッキングして宇宙船と会話し、変装するのにナイン・インチ・ネイルズのTシャツを着るブリー・ラーソンという、シビれるディテールがたまらない。
大体、映画の主題自体が「若い女性の自分探し」である。それも「前世の記憶」みたいなのが鍵になっているタイプのやつだ。ちょっと塩梅を間違えるとスピリチュアル方向というか、前世少女みたいな方向に転がっていっちゃいそうなネタである。
「今時、自分探しが主題のスーパーヒーロー映画なんか作ったの……?」と思ったものの、そこは主演のブリー・ラーソンがうまく救っている。カーヴィーながらしっかりと筋肉のついてそうな体格と、微妙にガラが悪そうなムードのラーソンには弱々しさは皆無。しっかり体重が乗ってそうなパンチからは「見るからに強そう」という雰囲気が漂い、ともすれば精神世界的な方向に行きそうな物語をしっかりとタフで不良っぽい空気でつなぎとめていた。
ディテールは90年代ナイズされているものの、このブリー・ラーソンのタフさ加減からもわかるように『キャプテン・マーベル』はバキバキに2019年の映画である。女同士の熱い友情は特に説明もなくぶっこまれており、「もうそのへんの前提を説明してる時代でもないでしょ」という迫力がある。途中からアメコミ映画のヴィランというよりタダのクソリプおじさんと化してしまうジュード・ロウなど、『シュガー・ラッシュ:オンライン』のラルフかよと言いたくなった。
後から他人に言われたことなんか、いくらでもひっくり返せ!という映画です
もうひとつ、『キャプテン・マーベル』の趣深い点が「後天的に植え付けられた人格が気に入らなければ、後からでも自分の勝手でひっくり返せ」という主張が込められている点である。
詳細は省くが、「クリー人の女戦士ヴァース」というのは、彼女が本来持っていた人格ではない。
で、それに対してブリー・ラーソンが真っ当にブチ切れ、反抗する。この反抗に絡んで「女だから」という理由で今まで自分の望みが踏みにじられ、それでも彼女が戦い続けてきたというプロセスがフラッシュバックする。
この一連の自分探しと、それに伴う反抗のプロセスはとてもエモーショナルだ。そして、別にこれは女性だけに関係した話でもない。つまり『キャプテン・マーベル』は、後天的に何か属性や偏見を押し付けられた人々全体に関係のある物語である。「男だから」とか「外国人だから」とか「若いから」とか「年を取っているから」とかなんでもいいが、自分ではどうしようもないポイントを理由に何かを押し付けられた人に、「お前はこのヒーローのように戦ってもいい」と告げてくれる映画である。
正直、最近のディズニーらしい優等生的なメッセージだとは思う。しかし、前述のようにブリー・ラーソンの一筋縄でいかないヤンチャ感が、メッセージ全体を嫌味のないものにしている。伝え方にものすごく気を使ったんだろうな……としみじみ思うし、これは優れたバランス感覚と言っていい。「後から他人に言われたことなんか、気に入らなかったら手から出るビームと圧倒的暴力でひっくり返せ!」というメッセージを受け取り、そして4月に控えた『アベンジャーズ』のラストに向けて、是非とも体づくりをしておいてほしい。
(しげる)
【作品データ】
「キャプテン・マーベル」公式サイト
監督 アンナ・ボーデン&ライアン・フレック
出演 ブリー・ラーソン ジュード・ロウ サミュエル・L・ジャクソン クラーク・グレッグ ほか
3月15日より全国ロードショー
STORY
宇宙を舞台にしたクリー人とスクラル人の戦争。記憶喪失のクリー人新兵ヴァースは、任務の最中に地球へと落下する。そこで自らの過去の断片を見つけた彼女は、協力を申し出たニック・フューリーと共に自らの過去を調べる旅に出る