
娘を亡くしたジャッキー、死んだ目の復讐鬼と化す
舞台は現代のロンドン。チャイニーズレストランを経営している中国人のクァン・ノク・ミンは、男手一つで娘のファンを育てている。ある日の学校帰り、車でファンを迎えにいったクァンは、そのまま卒業式用のドレスを受け取りに行くことに。車にクァンを残し、先にブティックに入っていくファン。その瞬間、ブティック前に止められたバイクが爆発し、多くの犠牲者と共にファンは死亡。クァンも重傷を負う。
テロの犯行声明を出したのは、アイルランド独立を求める武装組織UDI。テロ事件のニュースを愛人宅で聞いた元UDIの闘士にして現北アイルランド副首相リーアム・ヘネシーは、イギリス政府に捕らえた独立運動家の恩赦を要求。それをテコにUDI内の犯人の絞り込みを図ろうとする。さらにリーアムはUDIの幹部を招集。自分たちの手元にある武器や爆薬から紛失したものがないかどうか確認を急がせる。
一方、娘を失ったクァンはロンドン警視庁に連日足を運び、2万ポンドの現金を渡してでも事件解決を要求していた。さらにクァンは現在の北アイルランド副首相が元UDIだったことを知って電話をかけ、さらに単身アイルランドに渡り、直接ヘネシーとの面会へ向かう。
犯人へつながる情報を求めるもヘネシーに軽くあしらわれたクァン。彼は「そのうち気が変わる」との言葉を残してヘネシーの事務所のトイレに持ち込んだマッチとアルコールで爆弾を設置。盛大にトイレを爆破する。ただの中華料理店のオーナーが仕掛け爆弾を作るはずがないとクァンの身元を調べたヘネシーは、クァンの驚くべき過去を知る。一方、犯人へとつながる情報を求めるクァンは、ヘネシーへの容赦ない追求を開始する。
『ジョン・ウィック』や『イコライザー』のような、「舐めてた相手がジャッキーだった」というギミックでグイグイ押しまくる本作。ジャッキー・チェンといえば、ご存知の通り明るく朗らか、かつ壮絶に体を張ったアクション映画で知られている。しかし『ザ・フォーリナー』でのジャッキーはいつものジャッキーではない。娘を亡くしたショックで一気に老け込み、目は完全に死に、そして酔拳ではなく手作り爆弾で淡々と敵を追い詰める。笑いなし、表情なし、殺意だけは大盛りという異色作である。
とはいえ、我々が「ジャッキーの映画」と聞いて想像するような要素もちゃんと乗っかっているのが嬉しい。狭い階段を活かした立ち回りで多数の敵を翻弄し、屋根から飛び降り、元アイルランド連隊所属の特殊部隊員と小枝だけで渡り合う。
アイルランド問題にまみれた現地人と関係ない異邦人、相見える
『ザ・フォーリナー』に関してもうひとつ重要なのは、この映画がイギリスとアイルランドを舞台にした作品であるという点だろう。劇中ではUDIという名前に置き換えられているが、どう見てもこれは長きにわたってイギリスと戦ってきたIRAのことである。ブリテン島の隣の島であるアイルランド島の歴史は、長く続いた政治的・宗教的なイギリスの支配とそれへの反発の歴史と重なる。
それを象徴するキャラクターが、北アイルランド政府の副首相として登場するヘネシーだろう。彼自身も若い頃は独立闘争に参加した闘士であり、テロ犯として服役して以降は穏健派となってアイルランド政府の要職に就いている。
ヘネシーはけっこうややこしいキャラクターだ。妻メアリー以外にマギーという愛人を作り、そしてそのメアリーが「自分の弟の20回忌だ」と訴えても、適当に返事をしてはぐらかす。かつての同志たちからは「ヌルくなった」と批判されつつ、イギリス政府の閣僚と頻繁に連絡を取って犯人逮捕のための恩赦を要求する。
このヘネシーという人とその周辺は、アイルランドという土地に積もり積もった暴力と怨念の蓄積でにっちもさっちもいかなくなっている。和平に向けて行動しようとすれば跳ね返りの若手が暴発し、妻からも「昔のあなたはこんなんじゃなかった」とボロクソに言われる。事実、ヘネシー本人だって昔は跳ね返りの若手テロリストだったのである。物語の冒頭の時点ですでに身動きが取れなくなっていたヘネシーは、さらに過激なテロによって二重三重の板挟みに巻き込まれていく。
この映画で秀逸なのが、主人公クァンにとってはそんな事情はひとつも関係がないという点だ。当たり前だが、彼はアイルランドの人間ではなく、中国系の移民なのである。何世代にもわたる独立闘争とその犠牲者の歴史なんかどうだっていい。クァンに関係あるのは、テロ事件で死んだ娘とその犯人だけである。土地に根付いたあらゆる事情と人間関係を死んだ目で押しつぶし爆走する、ブレーキの壊れたジャッキー……。大人の事情で首が回らなくなったヘネシーと、目的のためにあらゆる手段を使うことを決断したクァンとでは、背負っているものが全く異質なのだ。
『ザ・フォーリナー』の一番の見所は、特定の土地に積もり積もった事情と歴史が、本来なら全然関係なかったはずの東洋人のおっさんの圧倒的暴力によって完膚なきまでに引っ掻き回され粉砕される点にある。諸事情を全然考えてくれず、「犯人を教えろ」という気持ちだけで突っ走るブチ切れた暴力おじさんの前には、リパブリカンもユニオニストも無力。手作り爆弾の前では人類皆平等である。
ことここに至って、我々はこの映画がなぜ「異邦人」と名付けられたか知る。アイルランド独立闘争を背景にした映画でありながら、それと全く関係ない異邦のジャッキーの大暴れをドキドキしながら見守る。『ザ・フォーリナー』はそういう作品なのだ。
(しげる)
【作品データ】
「ザ・フォーリナー/復讐者」公式サイト
監督 アンソニー&ジョー・ルッソ
出演 ジャッキー・チェン ピアース・ブロスナン オーラ・ブラディ レイ・フィアロンほか
5月3日より全国ロードショー
STORY
娘を爆弾テロによって亡くしたレストランオーナー、クァン。アイルランドのテロ組織による犯行であったことを知った彼は、犯人を突き止めるため独自に行動を開始する