
大原櫻子、本気でびしょ濡れ
羽衣を演じるのは大原櫻子。つい先日、連続テレビ小説『なつぞら』で、主人公なつの幼馴染・天陽くんの妻を演じ、たった数カットの登場で「かわいい!」「でもなつが……!」と観る者を複雑な気持ちにしたあの彼女だ(レビュー参考)。そんな彼女が満を持しての初主演ドラマで”びしょ濡れ”。まず最初に言ってしまうけれど、セクシーな感じはほぼない。1話の中で何度もぶつけるかのように思いっきり水をかぶる姿はむしろ思い切りがよくて潔い感じだし、衣装も透けたり貼りついたりしないようなゆるいシルエットで厚手のものだし。
さて、第一話では2つの事件が起こる。まずは父の経営するラブホテルでの心中未遂。そしてもうひとつは洋品店店主が売り物のトレーナーを20枚盗まれるも、どれもがダサすぎて警察に届け出ることができないというもの。
このドラマ、動画配信サイトParaviとの連動が行なわれている「ドラマパラビ」枠のものなのだが、実は結末が2パターンある。今回でいえば地上波ではトレーナー盗難事件が解決し、Paraviでは心中未遂の結末が物語られる。
といっても、片方しかわからないフラストレーションは、ない。
パヤパパなほのぼのシーン
トリックよりも人間ドラマよりも、設定や展開の突飛さ、会話のおかしみ、本筋に関係のない時間……そっちこそが、この作品の魅力だ。だって、企画・脚本にブルー&スカイだもの。劇団猫ニャー(のちに演劇弁当猫ニャー、2004年解散)の主宰を経て、俳優の大倉孝二とユニットを組み、コントグループ「フロム・ニューヨーク」として活動もする、演劇界きってのナンセンスの名手だ。テレビでは、Eテレ『シャキーン!』の構成なども手がけている。ちなみに、つい数か月前まではラブホテルで清掃バイトもやっていたようす。その経験が今作の設定に活かされているのかも……。
たとえばテレ東版では羽衣が一度過去に行ったあと、ご飯を食べるなんてことのないシーンで父が兄を水鉄砲で攻撃して遊んでいる時間がじっくりと流れる。ここ、省いても成立する、と思う。でもこのドラマではこのシーンをこそ、たっぷりやる。
水をかぶることよりも、このナンセンス作品において全力で主役を演じることそれ自体のほうが、よほど大原櫻子にとっての「体当たり演技」だと思う。
強引に「何もかも解決」
テレ東版で特筆すべきは第1話のゲスト、池谷のぶえ。洋品店から盗まれたトレーナーを着用した若い男性の母として登場するのだが、池谷は他ならぬ劇団猫ニャー出身。大学時代からブルー&スカイの書くものに出演をし続け、彼のセリフまわしや間合いを誰よりも理解している役者の一人だ。彼女が第1話にいることで、脚本の意図(といっても大仰なものじゃなくて、単に言葉が面白かったり、本人たちはいたって真面目なのにひいてみると変なことが起こっていたりするようす)がより視聴者に伝わったことは間違いない。
なお、Paravi版では心中未遂カップルの男役を演じる吉田靖直(トリプルファイヤー)の演技からにじみ出る味わいがいちばんの見どころ。目が離せない。
エンディング、ラブホテルの屋上で兄と羽衣が話す。「今回の事件は何もかも解決した、ありがとな」「まあ、偶然の結果だけどね、何もかも解決したのは」「じゃ、何もかも解決したことだし、うまいもの食いに行くか」。さらに、そこまで全然登場しなかった、彼女たちを見守っている母の声らしきナレーションが「よくやったわ羽衣、何もかも。
繰り返すが、この作品にはテレ東版とParavi版、2通りの展開がある。片方を見ただけでは「すっきり解決」していないのだ。それを登場人物が「解決した」と言う。ただ言い募る。その強引すぎるやり方にフフッと笑ってしまったらもう、この作品のファンと言って差し支えないだろう。
(釣木文恵)