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ベトナム戦争って、正直めっちゃわかりにくくないすか?
ベトナム戦争についてちゃんと説明してくれと言われたら、結構困ってしまう人が多いのではないだろうか。まずどこの国とどこの国が戦ったのかがわかりづらい。戦争当事国の片方がアメリカなのはよく知られているけど、北ベトナムと南ベトナムの関係もややこしいし、どっちがどうやって勝ったのかもわかりにくい。
ネットフリックスで配信されている『ベトナム戦争の記録』は、このわかりにくい戦争を記録したドキュメンタリーだ。なんせ50年ほど前の戦争なので、関係者はまだまだ存命である。実際に戦争に従軍したアメリカや南北ベトナムの元兵士達とその家族。反戦運動に参加した人や兵役を拒否してカナダに亡命した人。北ベトナムでホーチミンルートの造成に参加した人や、南ベトナムの高官の娘だったためにめちゃくちゃ苦労した人などなどなどなど、総勢79人にも及ぶ人々のインタビューと、当時の映像を織り交ぜた作品となっている。
この番組は番組内で扱う歴史自体の長さも凄まじい。「ベトナム戦争の話だし、まあ1961年くらいからの話かな……」と思いきや、第一話は1858年から話が始まる。日本で言えば幕末、安政の大獄とかをやってた時期である。この年、フランスはインドシナに出兵し、ベトナムへの侵略を開始。
えっ、ベトナム戦争の話じゃなかったの……と愕然とする出だしだが、1858年から話が始まるのにはちゃんと理由がある。西洋の国がベトナムを支配しようとするけど、全然うまくいかなくてグダグダになって兵力を増派しないといけなくなって最終的に手に負えずに撤退する、という流れがすでに一度あったこと、そしてアメリカはその流れに対して特に注意を払っていなかったことを冒頭から説明するのだ。なので第一話のタイトルは「デジャヴ」である。
流れとしてはデジャヴだったのに、当のアメリカはそんなことに全然気がつかないまま、グダグダの戦争に巻き込まれていく。米軍は戦果を定量化するために殺害確認戦果と米軍側の損害をカウントし、その比率を計算する。そのためにはベトナム兵を殺した数を数えて報告せねばならず、また政府は統計データを改ざんすることになる。さらにその結果、前線の部隊は「とにかく殺害した数を成果として出さなくてはならない」と前のめりになり、後には虐殺事件へとつながってしまう。当時最もシステマチックだと思われた方法と甘い見積もりで戦争を進めようとした結果、誰も想像しなかった泥試合にたどり着いてしまう……。目を覆いたくなるような大失敗の過程を、『ベトナム戦争の記録』はつまびらかに教えてくれる。
そんな"上流"での失敗の因果関係を解きほぐしつつ、"下流"では何が起こっていたのかも嫌という程見せられる。北ベトナムの捕虜になった米軍のパイロットがどういう目に遭わされたのか、前線の海兵隊員はどのように戦ったのか、北ベトナムの兵士たちがどれほどアメリカ兵を恐れていたか。
とにかく長い! 気迫を感じるヘビー級のドキュメンタリー
わかりにくい戦争をミクロとマクロ両方の視点で記録するという点のほか、『ベトナム戦争の記録』の大きな特徴がそのボリュームだ。1シーズン全10話という構成ながら、1話がだいたい80~110分程度。全部見るのに18時間ほどかかるという、凄まじく長いドキュメンタリーなのである。
監督のケン・バーンズは、もともと大長編のドキュメンタリー作品を撮る人だ。というわけなので、『ベトナム戦争の記録』もいつものペースといえばいつものペースなのだが、しかしまあそれにしても、こんなにボリュームがあるのかとうんざりするような長さである。少なくとも、「わかりやすくコンパクトにまとめました」という体裁の番組ではない。「お前たちにベトナム戦争がめちゃくちゃ変で愚かな戦いだったことを骨身に染みて分からせてやる」という気迫を感じるボリューム感である。
というか多分ベトナム戦争というのは、ざっと全体を通して語るだけでもこれだけの長さを必要とする戦争なのだ。とにかく長いドキュメンタリーだが、同じ人が何回も出てきて年代ごとにその時何をしていたのかを語るので、ずっと見ているうちになんだか顔見知りっぽい感じになってくる。
とにかく分量のあるヘビー級のドキュメンタリー、しかもベトナム戦争の残虐さにド正面から切り込んだ内容なので、軽はずみに全部を見るというわけにはいかないかもしれない。しかし通して見れば、なぜベトナム戦争というのはああまでややこしくなったのか、当時のアメリカがなぜ「合理的な判断」として泥沼に頭まで突っ込んでしまったのかがよくわかる。「長くて詳細なドキュメンタリーを見る」という経験でしか得られない、物事の見え方が一段変わるような体験ができる番組である。とにかく長いけど、連続ドラマを見るような気持ちで取っ組み合ってほしい作品だ。

(文と作図/しげる タイトルデザイン/まつもとりえこ)