『月刊コミック電撃大王』で2015年4月から連載がスタート、2018年にはテレビアニメ化され、さらなる注目を集めた『やがて君になる』が、2019年9月発売号でついに完結。11月27日(水)には、コミックス最終巻となる第8巻が発売される。
エキレビ!では、百合漫画の傑作を描き上げた仲谷鳰にインタビュー。この前編では、最終巻のネタバレは避けながら、商業連載デビュー作だった『やが君』のキャラクターや物語が生まれた過程などを探っていく。
同人誌で描いていた時は、あまり百合を意識したことはなかった
──同人で漫画を描いていた仲谷さんが『やがて君になる』を描くことになったのは、『電撃大王』の編集者から「百合漫画を描きませんか」と声をかけられたことがきっかけだったそうですね。その提案をされた時、仲谷さんの中では、百合漫画で描いてみたいテーマなどはあったのですか?
仲谷 ちょうど百合漫画で1本描きたいとは考えていたのですが、別に商業連載を考えていたわけではなくて。(同人誌即売会の)コミティアとかで出す同人誌で1本描いてみようと思っていただけなんです。私が漫画を描くと、キャラとキャラの関係や感情の話になるのですが、当時、私が描いていてたのは東方Projectの二次創作で、ほとんど女の子キャラしか出てこないジャンルだったから、自動的に女の子と女の子の話になっていたんです(笑)。周りからは「百合を描く人」と思われていたみたいですが、自分の感覚としては、人間関係の話をこのジャンルで描いていただけ。あまり百合を意識したことはありませんでした。
──東方Projectで人間関係の話を描いていたら、自然と、百合としても読めるような作品になっていたわけですね。
仲谷 だから、一度、女の子同士の恋愛をテーマにした、どこからどう見ても百合という内容のオリジナルを描いてみようかなと思っていたタイミングだったんです。とはいえ、誘って頂いた時点では、具体的にどんなキャラで、どんなお話にしようみたいなことまでは、考えていませんでした。
──初めての連載作品をゼロから作っていく過程では、やはり産みの苦しみもありましたか?
仲谷 最初はけっこう悩んだ気はします。実際、『やが君』の侑と燈子の話になるまでに、プロトタイプみたいなキャラや話をいろいろと考えていて、何度も「これは違う」となっている時期もあったので。例えば、燈子の見た目とかは、その時の名残ですが、作品としては全然別ものだったと思います。
この二人だから秘密にしなきゃいけないんだという関係に
──『やが君』の起点となったアイデア、ここが決まったから企画が前に進んだというポイントなどがあれば教えてください。
仲谷 私の記憶がすでに曖昧になっているところもあって、どの時点のことだったかは、記憶がはっきりしていないんですけれど。とにかく、百合漫画だということだけが先に決まっていたので、じゃあ、百合というジャンルの何が面白いんだろうとか、百合を構成する要素ってなんだろうみたいなことから突き詰めていきました。例えば、編集さんと「百合って言えば、秘密の恋だよね」みたいな話もして。秘密というのは物語を面白くする要素ですよね。百合って、女の子同士の恋だから秘密にしないといけないみたいな構造の話も多いのですが、そうではなくて、この二人だから秘密にしなきゃいけないんだという関係にできないかを考えたんです。例えば、主人公の侑がいけないことをしているような気持ちになるのも、女の子同士だからではなく、侑は燈子に対して、好きという本当の気持ちを伝えることができず、嘘を付いているから。そういう形で、百合の持つ面白さに含まれる「女の子同士だから」という要素を、「この二人だから」という要素に置き換えていき、侑と燈子の二人の話が生まれました。
──同人誌を描いていたときは百合を意識していなかったとのことでしたが、連載を立ち上げる時には、百合という題材について研究し、突き詰めて考えたのですね。
仲谷 最初のとっかかりでは、百合について、すごく考えていた気がします。でも、そのあたりは、私以上に担当さんの方が理屈から入る感じだったかもしれません。実際、話が動き出してしまったら、私はそこまでジャンルを意識することはなかったです。
──主人公の侑よりも、燈子の方が先に生まれたそうですが、燈子というキャラクターについて、最初に明確になったところや、最初から最後まで揺るがなかったことはどんなところですか?
仲谷 燈子は、私の好きなヒロイン像が強く反映されているというか。とにかく面倒くさい女の子をメインにしたくて(笑)。現実に燈子がいたとして、私だったら絶対にこんな子は手に負えないけれど、主人公は、そのすごく面倒くさい子を助けられる。そういう構図が好きなので、そうなるのはどういう人物なのかな、というところから考えていったんです。さっきお話しした、主人公が好きと言ってはいけない相手ということから、「人に好きになられたくない子」というコンセプトができたとき、これを中心にキャラクターを考えていけそうだなと思いました。現実でも、好意を持っている相手から好きって言われたら、ちょっと気持ちが冷めちゃう人っていますよね。そういう人をもっとキャラクター的にした感じです。死んでしまったお姉ちゃんの代わりになろうとしているという設定ができてからは、それを根っこにしたらどうなるかなという感じで、物語を作っていけました。
侑と燈子が「運命の二人」みたいな感じには見えないように
──面倒くさいヒロインを助けるヒーローの侑については、どのようにキャラクター像を固めていったのですか?
仲谷 燈子を助けられる子は、どういう子なんだろうという方向から考えていきました。燈子は「好きになられたくない」と言いながら、自分は「好きだ」って言ってくるじゃないですか。その好意を喜ぶでもなく、拒否するでもなく、ただ受け入れるみたいな態度が取れるのは、どういう心理にある子なのかと考えて。人を好きになる気持ちは分からないけれど、「好きになれたら良いな」と思っている子という設定が生まれました。実際、モデルというわけではないんですけれど、知り合いに「恋愛感情って、よく分からない」みたいな人がいたので、その人に話を聞いたりして。それによって、つかめてきたこともありました。
──誰に教わるでもなく、ほとんどの人が何となく理解している恋愛感情が分からない子を描くのは、難しいことだとも思うのですが。侑を描く上で、特に大事にしていたことや、「こういう子には見えないように」などと思っていたことはありますか?
仲谷 たしかに、(読者に)共感してもらうのが難しい子になりそうかなとは思ったので、ちゃんと興味を持ってもらえるように気を付けようという意識はありました。でも、そういうことをすごく意識をしたのは最初だけ。途中からは、「この子、すごく良い子だ」という感じになってきたので、きっと受け入れてもらえるだろうと思いながら描いていました。
──侑は恋する気持ちが分からないだけで、冷たいわけではないし、すごく優しく可愛い主人公でした。
仲谷 恋愛感情についてはよく分からないけれど、それ以外の感情も薄いとかではないんです。友達や家族との関係を描く中でも、侑は周りから愛されて育った子なんだなということは、見せられるように心がけていました。
──侑と燈子の関係性を描いて行く上で、特に大事にしていたことはありますか?
仲谷 二人の関係性がどう変化していくかという大筋の流れは、最初から決めていました。それだけに、決めたルートに沿わせるためにキャラを動かしていると思われては絶対にダメだなと。そのことはずっと意識していました。あとは、侑と燈子が「運命の二人」みたいな感じには見えないようにしたいなと思っていました。
──「運命の二人」と言いたくなるくらい相性の良い二人だと思いますが、なぜですか?
仲谷 たしかに、すごく相性が良い二人だし、お互いにこの相手しかいないという風に見えてしまうかもしれません。でも、二人は文化祭の生徒会劇とか、いろいろな出来事を通して変化していくし、変化した後の二人は、お互い以外の相手とも恋愛するという選択肢も持てる人間になっていると思うんです。だから、最初から侑には燈子しかいないし、燈子には侑しかいない、みたいな見せ方にはならないようにということは、ずっと意識していました。数ある選択肢の中から、お互いを選んだんです。
沙弥香には常にカッコ良い女の子でいて欲しいなと思っていた
──侑と燈子の次に生まれたキャラクターは、やはり、燈子にずっと片思いしていて、物語にも深く関わってくる佐伯沙弥香なのでしょうか?
仲谷 そのあたりも少し記憶が曖昧ではあるのですが……。他のキャラクターたちは、ほぼ同時というか、配置や役割的なことから決めていきました。例えば、生徒会長の燈子のことを好きで副会長的に近くにいる友達が必要だな、とか。侑の友達も二人くらいいて、生徒会には男子もいて、みたいに役割を決めてから、中身はどういう子かなと考えていったので、侑と燈子の周りの子は、わりと同時発生的な感じでした。
──では、燈子のことが好きな副会長ポジションの子という役割だったことで、沙弥香の登場機会や物語への関わり方も濃くなったということなのですね。
仲谷 はい。最初に思っていたよりも、沙弥香は活躍する場面が増えました。
──高校入学後、燈子への思いを秘めたまま、ずっと隣に居続けた沙弥香は、第38話(第7巻に収録)でついに告白します。沙弥香の恋の結末をどのタイミングでどう描くのかについても、当初から構想があったのでしょうか?
仲谷 沙弥香が燈子に告白して振られるというイベントは絶対にあると思っていたし、タイミング的にも劇が終わった後だと思っていたので、ここしかなかったかなという感じではあります。なので、予定通りと言えば予定通りのタイミングでした。
──沙弥香を描くにあたって、特に意識していたことはありますか?
仲谷 常にカッコ良い女の子でいて欲しいなと思っていました。沙弥香が燈子に告白できなかったのも、勇気が無かったとかの理由ではなくて。その時々で常に最善を選び続けてきた結果だと思っていて。仮に、沙弥香がもっと早く燈子に告白していたとしても、成功していたタイミングは無かったはずなんですよ。沙弥香は、それを分かっていて、常に最善の選択をしてきたけれど、それでも、どうにもならなかったということ。燈子にふられた後も、失敗したとか、負けたとか、そういう印象にならないようにと思っていました。
本当は、別に人を好きになれないままでも全然良いはず
──その他の登場人物では、侑と同じように、人を好きになる気持ちが分からない生徒会役員の槙聖司や、生徒会副顧問の箱崎理子と喫茶店店長の児玉都のカップルが特に気になるキャラクターでした。
仲谷 槙君は、侑の対比としてというか。侑は人を好きになれなくて悩んでいて、最終的には、燈子のことを好きになれるキャラなんですけれど。本当は、別に人を好きになれないままでも全然良いはずなんですよ。だから、作品のメッセージとして「人を好きになれて良かったね」という風には受け取られたくなくて。槙君のように人を好きにならないままでも、楽しくやっているキャラは必要だと考えていました。その上で、侑に対してアドバイスをしたり、助けてくれたりするポジションにもなっていって、話の中でも良い役割を作れたかなと思っています。
──第39話(第7巻に収録)では、燈子に「好き」という思いを受け入れてもらえなかった侑が槙に、好きとか分からなくて良いと投げやりなことを言い、「君と僕を一緒にしないでよ」と怒られます。その他にも、槙は侑の背中を押すような言葉を言うのですが、「槙の立ち位置、ここで活きてくるのか!」という驚きがありました。
仲谷 あの回の槙君について、本当はあの態度はあまり褒められるものではなかったなと、実は思っていて。あそこで、侑は「もう人を好きにならなくてもいいや」という気持ちになっているのですが。本人がそう言っているのだったら、別にそれでも良いはずなんですよね。
──先ほどのお話だと、そういうことになりますね。
仲谷 その時、君は好きになれるはずだ、みたいなことを言うのは、正しいか間違っているかで言えば、間違っていると私は思うんです。でも、槙君も怒るときには怒るんだ、みたいなところを見せるというか。正しいかどうかよりも、あまり表に見せる機会のない槙君のエゴを出す方を優先して描きました。
──最終巻の軽いネタバレになってしまうのですが、それが後々の槙から侑への謝罪につながるのですね。
仲谷 あそこは、私の言い訳的な気持ちも少し入っているというか(笑)。本当は良く無かったんだけどね、という感じで描きました。
──理子と都については、侑と燈子の未来の姿というか、女性同士のカップルの幸せな理想像として読んでいました。
仲谷 侑と燈子は、二人の関係を最後まで知らないのですが、仰った通り、こういう未来も有り得るんだよ、みたいなことを(読者に)示すような役割だと思って描いていました。結果的に、都は沙弥香の助けにもなってくれたので良かったと思います。
(12・4公開予定の後編に続く)
(丸本大輔)