「歯姫」「編集の殺し屋」「アンタッチャブル復活」2019年のテレビで起きたミラクルを総括ご報告
「井上マサキのテレビっ子からご報告があります」第22回。ライターでテレビっ子の井上マサキでございます。この連載は日々テレビを見ていて気になった細かいこと、今のアレってアレなんじゃないのと思ったことを、週報代わりにご報告できればと思っております。どうぞよろしくお願いします。

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テレビには奇跡が起こることがある。とんでもないクオリティの企画が生まれたとき、降りかかったハプニングをどうにか回避しようとしたとき、過去のわだかまりが時間と共に消えたとき……演者やスタッフの意図にかかわらず、思って見なかった景色が見えることがある。


2019年も例外ではない。連載「テレビっ子からご報告があります」から、今年テレビに起きた「奇跡」をまとめてご報告しておきたい。

「脱出できない」ななまがりと粗品


2019年の一大ニュースといえば、元号が平成から令和に変わったことだろう。「令和」発表の瞬間を固唾をのんで見守った人も多いに違いない。3月から4月にかけ、平成を振り返る番組がたくさん作られ、改元の瞬間は各局が特番を組んだ。しかし年越しと勝手が違い、除夜の鐘も「あけましておめでとう」的なものもなく、盆踊り会場やジュリアナから中継したりして、大変ふんわりした時間が流れていたのは記憶に新しい。

その改元を奇跡に変えたのが、5月8日放送『水曜日のダウンタウン』(TBS)の「新元号を当てるまで脱出できない生活」だった。
お笑いコンビ「ななまがり」が3月31日の夜に連れさられ、一切の情報を遮断されたまま「令和」を当てるまで脱出できない生活を送る。最初こそ「笑国(えこく)」「現希(げんき)」「歯姫(はひめ)」など、全く見当違いの元号を発表する二人だったが、番組が用意した秀逸なヒント(条件が一致すると光るランプ)をもとに、運と知恵を味方につけて「令和」にたどり着くプロセスは圧巻だった。

この企画で『水曜日のダウンタウン』は2019年5月のギャラクシー賞月間賞を受賞。しかしその貯金も、年末の「モンスターアイドル」で使い切った感がある。褒められると怒られるのプラスマイナスをゼロにして2019年が暮れる。

「脱出できない」といえば、7月14日放送『霜降り明星・粗品が今一番やりたい企画TV』(カンテレ)も凝りに凝った作りだった。
この通称「粗品TV」は、『R-1ぐらんぷり2019』(カンテレ)の優勝者特番として企画されたもの。ただの街ブラロケだと思いきや、開始約9分で全く同じオープニングがはじまる。時がループしていることに気づく粗品。その連鎖を自らのツッコミの力で断ち切る、というストーリーは、粗品自身がR-1への挑戦を優勝で断ち切った姿に重なった。再び「時」が動き出した。

各局に登場した「編集の殺し屋」


闇営業に代表される一連の不祥事も、2019年のテレビを語るうえでは外せない。謹慎処分になった芸人たちが出演していた番組は、VTRを差し替えたり、登場シーンをカットするなどの対応に追われた。


なかでも困難を極めたのが『アメトーーク!』(テレ朝)。宮迫博之の謹慎後の放送となった6月28日放送「ネタ書いてない芸人」では、画面を2分割にしたり、ゲストの芸人中心のカットにしたりと、巧みに素材をつなぎ合わせてMC席の宮迫を「消して」いた。全てのカメラで映像を収録する「全パラ収録」だからこそできた芸当だ。

翌7月4日放送「パクりたい-1グランプリ」では、宮迫が座っているはずの椅子が空席になっているカットがあり、「CGで消された!?」と話題にもなった。映像をよく見ると、これは宮迫がカメラ側に立った場面(新沼謙治の真似をする永野に餅を差し出す)をあえて使ったもの。逆境を逆手に取った映像トリックに震えた。

「歯姫」「編集の殺し屋」「アンタッチャブル復活」2019年のテレビで起きたミラクルを総括ご報告
『アメトーーク! DVD45』「激動の同期芸人」「鉄道ファンクラブ」「緊急!!江頭2:50SP」など収録

逆境を逆手にとった場面は『いだてん』(NHK)にも。10月23日、チュートリアルの徳井義実が国税局に多額の申告漏れを指摘されたとして記者会見を行った。ちょうどその後、11月3日放送の『いだてん』から、徳井は日本女子バレーボール・大松博文監督の役で出演することが決まっている。各局が徳井の出演シーンをカットするなか、「東洋の魔女」を率いた人物をカットするのか?

当日の『いだてん』は「編集などでできるだけ配慮をして放送いたします」というテロップからスタート。やはり配慮か……と思いきや、番組開始7分後に徳井演じる大松監督が登場。その日も、その後の回にも、大松監督はきっちり役目をこなす。
「配慮はするって言ったよ!でもカットするとは言ってないじゃんね!」と、まーちゃんが叫ぶ声が聞こえるよう。

さらに翌日、11月4日放送『コントの日』(NHK)では、不祥事を起こした芸能人をVTRから消す『編集の殺し屋』というコントが演じられるミラクルまで起きる。それぞれの現場で大事に作られた作品が、まさかのタイミングで起こしたコラボレーションだった。

「よみがえる」美空ひばりとアンタッチャブル


12月31日放送の『第70回紅白歌合戦』(NHK)には、美空ひばりが新曲を披露する。最新のAI技術でよみがえった「AIひばり」だ。9月29日放送『AIでよみがえる美空ひばり』(NHK)では、AIを担当したヤマハのエンジニアの奮闘が描かれていた。
過去の美空ひばり音源からAIを作り上げるも、曲調の新しさにとまどったり、「語り」がうまくいかなかったり、後援会のマダムたちに厳しくダメ出しされたりと、何度も壁にぶつかる。しかし、なんとかするのだ。

完成した「AIひばり」は、天童よしみがモーションキャプチャーによって動きを付け、お披露目コンサートを行う。ステージに設置されたスクリーンに3DCGの美空ひばりが浮かぶ。秋元康が作詞した新曲「あれから」に、オールドファンは「生きててよかった」と笑顔を見せ、若いファンは「私たちにとっては、初めてのひばりさんの新曲発表会」と涙する。紅白でもそのスゴさを見せつけてほしい。

「よみがえる」といえば、10年ぶりにコンビでの活動をよみがえらせた2人にも触れよう。事件は11月29日放送『全力!脱力タイムズ』(フジ)で起きた。ゲストで登場した柴田英嗣は、過去3度番組から「相方を呼びました」詐欺にあってきた。この日もMCのアリタ哲平から「いよいよ本物のザキヤマさんをお呼びしました!」と振られるも、「出てくるわけないんだから!」と否定する柴田。最初は俳優の小手伸也がザキヤマの格好で現れる(激似!)も、最後にアリタは本当に山崎弘也を連れてきてしまう。

10年ぶりのアンタッチャブル復活は、番組で全く告知がなく、視聴者にとっては完全なサプライズだった。ザキヤマの登場に柴田は悲鳴と共にひっくり返るが、状況を把握すると「よっしゃー!」と気持ちを切り替え、上着を脱ぎ、2人でセンターマイクの前に立つ。AIじゃなく本物だ。その後も2人は『THE MANZAI』(フジ)でネタを披露し、『M-1グランプリ敗者復活戦』(ABC)でもコメント出演をしている。ここでも止まっていた「時」が動き出した。

……が、その「時」も、『M-1グランプリ2019』でぺこば・松陰寺太勇に「時を戻そう」と何度も戻されるとは、このときは知るよしもなかったのだった。

2019年もあと数日。年越しに正月特番にと、テレビっ子は忙しい。いったんここで2019年のご報告とさせていだきます。
(井上マサキ タイトルデザイン/まつもとりえこ)