岡山県で活動している7人組の地下アイドル「ChamJam」の中で、最もファンの少ない市井舞菜を推しているアイドルオタク(ファン)のえりぴよ。収入のすべてを舞菜のために費やしているため、常に高校時代のジャージで過ごすほど熱狂的で周囲のオタクからも一目置かれているが、それは逆に舞菜のファンが増えない原因にもなっていた。
しかも、舞菜からは、なぜかいつも塩対応をされてしまう。舞菜に人生を捧げ、「舞菜が武道館行ってくれたら、死んでもいい」と誓っているえりぴよの思いはかなうのか?
アニメ直前『推しが武道館いってくれたら死ぬ』平尾アウリ「アイドルも、オタクもみんなが救われて欲しい」
『月刊COMICリュウ』の2015年8月号から連載がスタートした平尾アウリの『推しが武道館いってくれたら死ぬ』(画像は第1巻表紙)。現在は『COMICリュウWEB』で連載されている

平尾アウリが「COMICリュウ」で連載中で、コミックスは6巻まで発売されている『推しが武道館いってくれたら死ぬ』(『推し武道』)
2020年1月からはTVアニメの放送がスタートすることもあり、ますます注目が集まっている(期間限定で、原作コミック1巻まる見せも実施中)。
エキレビ!では、アニメ『推し武道』企画の第1弾として、原作者の平尾アウリにインタビュー。自身もアイドルオタクである平尾がアイドルとオタクの物語を生みだした経緯などを語ってもらった。

最初は、ギャグ漫画の一発ネタみたいな企画だった


──『推し武道』アニメ化の企画が動いていることを知った時の感想を教えてください。

平尾 でも、まあ正式には決まらないんだろうなって。ここで信じてはダメだ、油断してはダメだって思ってました(笑)。信じると、その期待が裏切られたときが怖いので。

──では、その後、アニメ化が正式に決定した時の心境は?

平尾 いや、まだ信じちゃダメだ。放送されるまで油断はしないぞって。

──このインタビューは、第1話と第2話の先行上映イベント当日に行われているのですが、今もまだ油断はしてないのですね。

平尾 まだ先行上映なので油断はしていません。
たぶん放送が始まっても、「最後まで放送されるかは分からないから」とか言ってるはず(笑)。いっそのこと(放送の終わる)3月の終わりまでコールドスリープして、起きてからまとめて観たいです。

──では、アニメに関するお話は後ほど改めて伺うとして、最初は『推し武道』という作品が生まれるまでの話を聞かせてください。この作品は、どのようなアイデアを基点として生まれたのですか?

平尾 元々は、毎回4ページでいろいろなネタを描いていく連載をしようという話があって。その企画のために、めちゃくちゃたくさんネームを出した中に、アイドルとアイドルオタクのネタが1本あったんです。それを観た編集の猪飼(幹太)さんが「このネタで普通に連載しましょう」と言ってくれて、連載になりました。

──たくさん出したネタの中でも自信のあるネタだったのですか?

平尾 自信はあったんですけど、連載になるとは思ってなくて。どちらかと言えば、ギャグ漫画の一発ネタみたいな感覚でした。

──『推し武道』の連載が始まる以前から、平尾さんご自身がアイドルオタクだったそうですが、アイドルとオタクのどこに、漫画のネタになるような面白さを感じたのでしょうか?

平尾 アイドルとオタクの関係性ですね。すごい特殊なんですよ。友達ではないけれど、週2くらいで会いに行くし、オタクの方はアイドルのことを全部知っているんです。握手会とかで会っても、もう聞くことが無いくらい知ってる(笑)。
でも、アイドルの方は、オタクのことをそこまで知らないじゃないですか。そういうところが面白いなって。

──では、たくさんのアイドルやオタクがいるライブやイベントの現場は、平尾さんにとっては、『推し武道』で描きたいと思うようなネタの宝庫でもあるわけですね。

平尾 関係性って、そのアイドルとそのオタクだけのものじゃないですか。推しているアイドルが一緒でも、オタクが違えば、そこには違う関係性が生まれるので、たしかにネタはいっぱいあります。

──最初に出したネームの時点から、えりぴよのようなオタクと、舞菜のようなアイドルの話だったのですか?

平尾 完全にえりぴよと舞菜そのもので、提出したネームは、1話のダイジェストみたいな内容でした。
アニメ直前『推しが武道館いってくれたら死ぬ』平尾アウリ「アイドルも、オタクもみんなが救われて欲しい」
ローカル地下アイドルグループ「ChamJam」のメンバーの中でも最もファンの少ない市井舞菜と、舞菜と出会って以来、舞菜だけを推し続けているトップオタのえりぴよ。ライブに興奮して鼻血を出すほど熱狂的

えりぴよは、読んでいる方に嫌われないように


──えりぴよは、舞菜から無料ライブのチラシを受け取ったことをきっかけにアイドルオタクになりますが、平尾さんは、どのようなきっかけでアイドルにはまったのですか?

平尾 好きな二次元キャラがいて。友達から「そのキャラに似ているアイドルがいるよ」と教えてもらい、調べたら本当に似ていたんです。それがきっかけですね。すぐにはまって、一人でライブとかへ行くようになったので、紹介してくれた友達から「ごめん」って謝られました(笑)。

──薦めた側が罪の意識を感じるほど夢中になったのですね。ちなみに、これまでに、平尾さんの推しているアイドルが実際に武道館へ行ったことはあるのですか?

平尾 あります! 今年、初めて推しているアイドルが武道館へ行きました。それまでに推していた子は、全員、武道館へ行く前に辞めていったんですよ。
推している子が辞めた後に、そのグループが武道館に行ったりとか、そういうことばかりで。

──今年、武道館へ行ったのは、最初のきっかけになったアニメキャラに似ている子ではないのですか?

平尾 その子も途中で辞めちゃいました。

──趣味としてのオタク活動とは別に、『推し武道』を描くために、取材としてアイドルの現場へ行くこともあるのですか?

平尾 取材みたいなことは特にしていなくて、普通に自分が行きたいところにしか行かないです。他のアイドルを推してる(オタクの)友達にファミレスとかで話を聞いたりはしますが。

──えりぴよというキャラクターを描く時、特に大事にしていることを教えてください。

平尾 読んでいる方に嫌われないようにはしているつもりです。だから、ルール違反みたいなことはさせないようにしています。オタクとしても、人としても(笑)。
アニメ直前『推しが武道館いってくれたら死ぬ』平尾アウリ「アイドルも、オタクもみんなが救われて欲しい」
えりぴよは、パン工場などで働いているフリーター。ライブ後の特典会では、1枚1000円のCDを何枚も買い占めて舞菜の列に並ぶが、強すぎる思いが空回りして、舞菜を戸惑わせることも多い

──舞菜についても、特に大事にしていることを教えてください。

平尾 舞菜は、とにかく目立たないように。画面の中にいても、背景に溶け込むような感じになるように描いたり、わざと見切れるように描いたりしています。

──では、えりぴよと舞菜の関係性を描く際、特に意識していることはありますか?

平尾 お互いに、絶対に踏み込まないようにはしています。
アイドルとオタクなので、(その関係を越えて)つながらないように。

くまささんは、私の中の理想のオタク像


──えりぴよと舞菜は、ネタ案のネームから存在していたとのことですが、えりぴよのオタク友達のくまさは、連載に向けて生まれたキャラクターなのですか?

平尾 さっき、最初に出したネームを久しぶりに見たら、二人とももういました。ただのモブキャラでしたけど(笑)。

──ビジュアルイメージは最初から固まっていたのですね。では、くまさというキャラクターを描く時、特に意識していることを教えてください。

平尾 くまささんは、オタクの好きなオタク。オタクが「自分もあんな風になりたいな」「ああいう気持ちでアイドルを推したいな」と憧れるようなオタクのつもりで描いています。やっぱり、ずっと一人のアイドルを好きでいると、いろいろな感情も出てくるので、あそこまで純粋に推し続けるのってすごく難しいというか、無理だと思うんですよ。私の中の理想のオタク像です。

──基は、えりぴよやくまさとは違って、アイドルを恋愛対象として好きになっている「ガチ恋勢」のオタクです。

平尾 オタクの中で、あまり認められていないオタクの子たちもいるんですよね。でも、そういう層の子たちを救いたいと思って生まれたのが基なんです。推し方は本当に人それぞれだし、ガチ恋という推し方もあるので、否定しないであげて欲しいなと思って。

アニメ直前『推しが武道館いってくれたら死ぬ』平尾アウリ「アイドルも、オタクもみんなが救われて欲しい」
「ChamJam」のファン歴が長い古参オタクで、えりぴよと一緒に行動することが多いくまさと、まだファン歴は短い基。くまさはリーダーで一番人気のれお、基は二番人気の空音を推している

──えりぴよと舞菜は、最初のネームから二人セットで描かれていたとのことですが。くまさが推しているセンターの五十嵐れおも、くまさとの組み合わせをイメージしながら生まれたキャラクターなのですか? 

平尾 くまさの推しだから、こういう子とか考えていったわけではなくて、最初からセンターの子は、(イメージカラーが)ピンクでツインテールの子と決めていたんです。それで、えりと一番絡ませるオタクは、このセンターの子を推しているオタクにしようと思っていました。

──れおはChamJamの結成前、別のグループで活動していた経験があります。この設定も、くまさとれおの関係性が決まる前からイメージしていたのでしょうか?

平尾 元々、れおだけはわりと細かく設定を組んでいたんです。その過去と、くまさの設定を上手く組み合わせることができたかなという感じです。

──基の推しの松山空音についても教えてください。

平尾 空音は、グループの中で2番手の子というのは決めていて、そこから考えていきました。私の中で、ガチ恋の人って、センターの子を好きにならない印象があるんですよね。

アイドルも、オタクも、みんなが救われて欲しい


──ChamJamの7人のメンバーの中で一番難産だったのは誰か教えてください。

平尾 (寺本)優佳です。メンバーの中に元気な子が欲しかったんですけれど、デザインが全然固まらなくて。
元気だからといって、見た目があまり派手になり過ぎたり、他のメンバーから浮きすぎるのもちょっと違うかなと思って。

──アイドルオタクの平尾さんとしては、オリジナルのアイドルグループを創作することは、楽しい作業でしたか? それとも、産みの苦労の方が大きかったですか?

平尾 楽しかったですね。アイドルグループを作るプロデューサーって、こういう気持ちなんだなって思いました。

──現在、コミックスは第6巻まで発売されています。連載を続ける中でも、常に変わらす意識されていることはありますか?

平尾 さっきの基の話と少しかぶってしまうのですが、最終的には、キャラクターたちを絶対に否定しないようにしています。アイドルも、オタクも、みんなが救われて欲しいんですよ。

──作品の舞台を、平尾さんの出身地でもある岡山県にした理由を教えてください。

平尾 超売れてないアイドルを描きたかったので、最初から舞台は地方が良いなと思っていました。

──平尾さんも、いわゆるローカルアイドルを推していた経験はあるのですか?

平尾 あります。すごい楽しかったですね。名古屋にいるアイドルを推していた時は(大阪から)、毎週名古屋へ行っていて。私、頑張っているな、人生充実してるなって感じがしてました(笑)。

(後編に続く)

(C)平尾アウリ/徳間書店

■アニメ放送情報■
2020年1月9日(木)深夜1:28〜TBS
2020年1月11日(土)深夜2:00〜BS-TBS

≪staff≫
【原作】平尾アウリ(徳間書店 リュウコミックス)
【監督】山本裕介
【シリーズ構成】赤尾でこ
【キャラクターデザイン】下谷智之、米澤優
【CGディレクター】生原雄次
【色彩設計】藤木由香里
【美術監督】益田健太
【美術設定】藤瀬智康
【撮影監督】浅村徹
【編集】内田恵
【音響監督】明田川仁
【音響効果】上野励
【音楽】日向萌
【アニメーション制作】エイトビット

【OPテーマ】ChamJam『Clover wish』
【EDテーマ】えりぴよ(CV:ファイルーズあい)
『※桃色片想い※』(※はハートマーク)

≪cast≫
【えりぴよ】ファイルーズあい
【市井舞菜】立花日菜
【五十嵐れお】本渡楓
【松山空音】長谷川育美
【伯方眞妃】榎吉麻弥
【水守ゆめ莉】石原夏織
【寺本優佳】和多田美咲
【横田 文】伊藤麻菜美
【くまさ】前野智昭
【基】山谷祥生
【玲奈】市ノ瀬加那

(取材・文/丸本大輔)
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