『エール』第18週「戦場の歌」 88回〈10月14日(水) 放送 作・演出:吉田照幸〉

死ぬのが怖い
翌日に控えた演奏会の稽古の夜、演奏のメンバーが裕一(窪田正孝)を囲んで語り合う。ギターが得意な岸本和俊(萩原利久)は、死ぬのが怖いと言い出す。そのわけは、捨てた女が自分の娘を生んでいて、その子に会えていないことが心残りになっていた。【前話レビュー】残した家族を思い戦場に行くのをためらう裕一 最小単位の幸福を考えると命の大切さが見えてくる
それまでは死ぬのが怖くないと思っていた。悪いことをして思い出したくないことばかりだったから。だが、軍隊に入って人と触れ合って死ぬのが怖くなった。かけがえのないものがあると生きたくなる。
藤堂(森山直太朗)も、打楽器が得意な神田憲明(山崎潤)も、トランペットが趣味の東次郎(近藤フク)も怖いという。87話で、裕一が音(二階堂ふみ)と華(根本真陽)の写真を見て戦場に行くことに身がすくんだのと同じ感覚。
藤堂は「暁に祈る」を歌う。これは裕一が作曲したのみならず、鉄男(中村蒼)が作詞し、久志(山崎育三郎)が歌った歌。藤堂の教え子3人の結晶である。藤堂がいなかったら、この3人は音楽の道を歩むことなく、孤独に埋もれていたかもしれない。
「ああ」
天にたなびく細い煙のような声。
「ああ」としか言えない
「ああ〜っ!」裕一の「ああ」は絶叫。
演奏会当日。岸本がイギリス兵からぶんどったという缶詰を裕一に手渡した直後、頭部を銃に撃たれて即死。さっきまで笑っていた人があっけなく重たい肉の塊となって地面にべたりと横たわる。
裕一は缶を落として拾おうとしゃがんだ瞬間だから、もしかしたら裕一も撃たれていたかもしれない。逆に位置していたら、裕一がしゃがんだことで岸本が撃たれたかもしれない状況であるが、さすがにそういうふうには描かなかった。そうしたらもう罪悪感は大きすぎるであろう。
おもむろに銃撃戦が始まり、藤堂にかばわれて身を隠した目線から、瞳孔の開いた死体と目が合い裕一は震え上がる。兵士たちはどんどん撃たれて倒れていく。藤堂先生も撃たれ、膝をつく。裕一は必死で引きずっていくが……。
「どうしようこれ。なにをすればいいのかわかんない」
「やだやだやだ」
「うそうそうそ」
すっかり童子のようになってしまう裕一。筋肉隆々な身体とこのセリフのギャップ。

あっという間に死体の山、生き残った人はわずか。そこに音楽で励まされるとかいうことはない。音楽のない、音楽が意味を成さない世界。だからなのか、この回は主題歌「星影のエール」が流れない。
「僕、何も知りませんでした」「ごめんなさい」としか言えない裕一。「戦場にあるのは生きるか死ぬか、それだけです」という中井(小松和重)のセリフの真意を知ったのだ。「ああ」という言葉の重みが裕一にのしかかる。
インパールって
インパール作戦について詳しく知りたいと思ったら、『NHK戦争証言アーカイブス』が参考になる。興味を持ったら、そこからもっと知識を広げていけばいい。■NHK戦争証言アーカイブス
https://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/bangumi/movie.cgi?das_id=D0001200005_00000&seg_number=001
食糧や武器弾薬を補給できない山岳地帯、日本軍はイギリス軍の拠点インパールの攻略を目指すも、結果、退却。
『エール』を見ると、インパールをドラマの舞台にしながらもそこで起こった歴史的な出来事には触れず、戦争の一般的な概念―ー殺し合いが行われてどちらかが死んでいくというものとして描くにとどまっている。
藤堂先生は87話で「補給路の警備と物資の中継をしている部隊の隊長」をしていると言われている。つまり本来、物資不足に頭を悩ませていたのではないかということは想像に難くないが、彼の置かれた状況を語るようなセリフはまったくなかった。
作り手は「戦争を逃げずに描く」と事前に語っている。終戦から75年も経過し、戦争を知らない者が増えている今、戦場を生々しく描く試みは意義あることだ。
例えば、筆舌に尽くせない戦場の悲惨さを再現し、戦争に対する認識を深めた映画『野火』(塚本晋也監督/15年)の出現は衝撃だった。『野火』と朝ドラを比べるのはナンセンスなのはわかってはいるが、『エール』で今回描かれた、戦争で人が死ぬということに新しい発見はあるだろうか。無謀な攻略作戦決行を目前に、インパールで補給路の警備と物資の中継をしている部隊を出すのなら、もうすこし視聴者に新たな知見を得られるものであってほしいと願う。
さすがに『野火』とは飛距離がありすぎるので、家族や音楽と戦争を描いた人間ドラマを例にあげてみよう。太平洋戦争開戦の前年(昭和15〜16年)、音楽を愛する一般市民の生活を描いた、井上ひさしの戯曲『きらめく星座』では、セリフの端々に作家が調べに調べたことが含まれている。
「暁に祈る」と同時期に発表されている「愛馬進軍歌」の歌詞の解読と、馬と軍人の生々しい関わりなど、いかに厳しい環境下で馬と人がかけがえのない絆を結んだか語られて、そんなことが……と嘆息せざるを得ないのだ。
朝ドラで戦場、そして人が死ぬ瞬間を描く。そして、その体験を主人公の今後の生き方に関わらせるという目的が先に立ってしまったようで惜しい。ただし、朝ドラでここまで描かなかった戦場を今、この時代、あえて描くのだという作り手の意志、火薬などを使った緊迫感のある撮影や俳優たちの奮闘には敬意を表する。
(木俣冬)
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主な登場人物
古山裕一…幼少期 石田星空/成長後 窪田正孝 主人公。天才的な才能のある作曲家。モデルは古関裕而。関内音→古山音 …幼少期 清水香帆/成長後 二階堂ふみ 裕一の妻。モデルは小山金子。
古山華…根本真陽 古山家の長女。
田ノ上梅…森七菜 音の妹。
田ノ上五郎…岡部大(ハナコ) 裕一の弟子になることを諦めて、梅の婚約者になる。
関内吟…松井玲奈 音の姉。夫の仕事の都合で東京在住。
関内智彦…奥野瑛太 吟の夫。軍人。
廿日市誉…古田新太 コロンブスレコードの音楽ディレクター。
杉山あかね…加弥乃 廿日市の秘書。
小山田耕三…志村けん 日本作曲界の重鎮。モデルは山田耕筰。
木枯正人…野田洋次郎 「影を慕ひて」などのヒット作を持つ人気作曲家。コロンブスから他社に移籍。
梶取保…野間口徹 喫茶店バンブーのマスター。
梶取恵…仲里依紗 保の妻。謎の過去を持つ。
佐藤久志…山崎育三郎 裕一の幼馴染。議員の息子。東京帝国音楽大学出身。あだ名はプリンス。モデルは伊藤久男。
村野鉄男…中村蒼 裕一の幼馴染。新聞記者を辞めて作詞家を目指しながらおでん屋をやっている。モデルは野村俊夫。
藤丸…井上希美 下駄屋の娘だが、藤丸という芸名で「船頭可愛や」を歌う。
御手洗清太郎…古川雄大 ドイツ留学経験のある、音の歌の先生。 「先生」と呼ばれることを嫌い「ミュージックティチャー」と呼べと言う。それは過去、学校の先生からトランスジェンダーに対する偏見を受けたからだった。

番組情報
連続テレビ小説「エール」◯NHK総合 月~土 朝8時~、再放送 午後0時45分~
◯BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~、再放送 午後11時~
◯土曜は一週間の振り返り
原案:林宏司 ※7週より原案クレジットに
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和
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