『エール』第23週「恋のメロディ」 111回〈11月16日(月) 放送 作:吉田照幸、演出:吉田照幸、安食大輔、谷口尊洋〉

『エール』ついに出た『君の名は』! “入れ替わってる”の『君の名は。』ではなく“すれ違ってる”ほう
イラスト/おうか

画期的なドラマ『君の名は』

『エール』も残すところあと2週で、ついに出た『君の名は』。“入れ替わってる”の『君の名は。』ではなく、“すれ違ってる”の『君の名は』。


【前話レビュー】りんご農園での告白場面の素敵だったこと! 福島と豊橋の風景が美しかった同ドラマもあと2週

この主題曲は、裕一(窪田正孝)のモデル・古関裕而の代表作のひとつで、昭和27年、ラジオドラマからはじまり、岸恵子の真知子巻きが流行った映画化もされた、空前の大ヒット・ラブストーリー。鈴木京香主演で朝ドラにもなった。

東京大空襲の夜、銀座・数寄屋橋で偶然出会った氏家真知子と後宮春樹が惹かれ合いながら、すれ違い続ける。このすれ違いは、出演者の急病などによってストーリーを急遽変更せざるを得なかったもので、裕一はハモンドオルガンを駆使して、生放送に尽力した。

後宮春樹役で声優の三木眞一郎氏家真知子役恒松あゆみ、音響効果担当・春日部役で、土曜日の振り返りを担当していた“朝ドラおじさん”こと・日村勇紀が出演し、「三木さん」「朝ドラおじさん」などがツイッタートレンドに。

生放送で、生演奏なうえ、いろいろな機材をつかって効果音を出す作業はとても緊張感があって面白い。

最初はラブストーリーのつもりじゃなかった

「骨太な社会派ドラマを作るぞ」と言う作家の池田(北村有起哉)のセリフのとおり、池田のモデル・菊田一夫は当初、『君の名は』を『鐘の鳴る丘』に続く戦争をくぐり抜けた者たちを描いた社会派ドラマにする予定だった。

「私は終戦期から現在までの七年間、この国のなかに生きてきた人々の姿を、大体在りのままの形で描きあげたかったのである」と菊田は昭和27年12月の『放送文化』に書いている。そのため、東京、佐渡、志摩の3つの地域に生きる、縁もゆかりもない人々の物語を三つ編みの縄のように進めようと考えた。

ところが、放送開始当初、暗い、理屈っぽい、つまらないと不評。半年経過した頃、真知子と春樹の愛の物語がメインになると人気が出た。

“(前略)小説に限らず演劇でもラジオでも、社会性を持たないもののほうが、大衆受けするようで(後略)”

“(前略)劇中で多少でも社会の矛盾に触れ、再軍備の問題に触れたりすると、その週の反響は悪い。余計な回り道をしないで、早く春樹と真知子の話を聞かせろと聴取者の投書の大部分はいうのである(後略)”

と昭和29年1月11日の東京新聞に菊田は書いた。
恋物語は大衆に受けたが、批評家からの評価は通俗的過ぎると手厳しかった。

菊田としては、すれ違いの「ハラハラ」は視聴者がラジオを聞き続けるための仕掛けであって、そうしながら、書きたいことを盛り込んでいるつもりだったが、世の中は、作家の本当に書きたいことを気に留めず、通俗的な恋愛部分にばかり注目したのである。「忘却とは忘れ去ることなり」という冒頭の言葉は、あの戦争の記憶を忘れていく人々を皮肉っているのかもしれない。

朝ドラ絶対王者『おしん』でも橋田壽賀子は、バブル期の日本であの戦争の記憶を忘れないようにという思いを込めたが、「大根めし」などが流行して、世間の評判と創作意図とが違っていた(大意)と著書に書いている。朝ドラとはそういう、書き手の思惑を越えたところに着地する宿命にあるようだ。

『エール』ついに出た『君の名は』! “入れ替わってる”の『君の名は。』ではなく“すれ違ってる”ほう
写真提供/NHK

だからこその「恋のメロディ」

最終回まであと2週間、10回の今、サブタイトルが「恋のメロディ」で、裕一と音(二階堂ふみ)の娘で看護婦になった華(古川琴音)の恋が描かれる。これも視聴者が恋愛ものを好むと踏んだからであろうか。

朝ドラでは、主人公が結婚して子供ができて、後半になると、その子供の恋や結婚、就職などによる成長エピソードが描かれることが常とはいえ、ここまで押し迫った時期に、主人公の娘の恋物語が描かれることも珍しい。だが、『エール』に関しては、裕一と音が熱愛とはいえかなり早い段階で結婚してしまったため、中盤、恋愛エピソード不足であった。

『君の名は』の話にもあるように、大衆は恋愛ものを好む。『エール』ではなんと音がそんな大衆の代表になっている。すっかり真知子と春樹の恋のゆくえに夢中になっている主婦像を担うのである。夫の背中をはたく仕草は芯のど真ん中を射抜いていた。


「新しいものって無理難題からはじまるじゃないですか」

度重なるトラブルにめげず、裕一は曲作りに励む。「新しいものって無理難題からはじまるじゃないですか」とわりと泰然としている。

書きたいものが大衆に理解されないと苛立つ池田に、自分も最初は「自分の理想の音楽を目指していました。でも今は音楽に身を委ねています」と言う。

すべては神の思し召しだとしたら、俺達はなんなんだ? と悔しそうな池田。ここに人間とはいかにちっぽけなものかという諦念のようなものが感じられる。それでも生きていくのが人間である。

「俺達はなんなんだ?」と言いながらも「俺達の作品だろ」と裕一の共同作業に充実感を覚えているらしき池田。多くの共同作業を経て、かけがえないパートーナーになっているような表情の裕一と池田。

北村有起哉は、以前から共演経験のある窪田との芝居が楽しくて、つい仲よさげに演じてしまいそうになるが、池田はあくまでも「いい作品を作るため」の関係と思い律していたと取材で語っていたが、111回の裕一と池田はふたりでいるとニヤニヤが止まらないような、かなり仲よさげに見えた。
(木俣冬)

参考文献:『菊田一夫 芝居つくり四十年』(日本図書センター)、『評伝 菊田一夫』(小幡欣治著/岩波書店)

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■窪田正孝(古山裕一役)プロフィール・出演作品・ニュース
■二階堂ふみ(古山音役)プロフィール・出演作品・ニュース
■古川琴音(古山華役)プロフィール・出演作品・ニュース
■北村有起哉(池田二郎役)プロフィール・出演作品・ニュース
■板垣瑞生(重森正役)プロフィール・出演作品・ニュース
■三木眞一郎(後宮春樹役)プロフィール・出演作品・ニュース
■恒松あゆみ(氏家真知子役)プロフィール・出演作品・ニュース
■日村勇紀(氏家真知子役)プロフィール・出演作品・ニュース

■津田健次郎(語り)プロフィール・出演作品・ニュース


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『エール』ついに出た『君の名は』! “入れ替わってる”の『君の名は。』ではなく“すれ違ってる”ほう
写真提供/NHK

番組情報

連続テレビ小説「エール」 

【放送予定】
2020年3月30日(月)~11月28日(土)

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

原作・原案:林宏司
脚本・作:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
主演: 窪田正孝 二階堂ふみ
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」

制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和
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