
改めて観たい『ミッドナイトスワン』
2020年9月に公開された映画『ミッドナイトスワン』。トランスジェンダーの主人公・凪沙を演じるのが草なぎ剛であることに加え、公開前から多くの著名人が称賛の声を上げるなど注目を集めた本作は、公開後もTwitterなどのSNSでクチコミが広がったことで3カ月以上のロングラン上映を記録した。【関連レビュー】草なぎ剛「日本アカデミー賞」授賞式に見た確かな存在感と貫禄
その人気ぶりを裏付けるように、昨年は多くの雑誌、メディアが発表する映画ランキングで軒並み上位にランクイン。
現在はAmazon Prime Videoや、DVDでのレンタルがスタートしているにも関わらず、いまだ映画館での上映も行われていることからも、本作が人々を魅了してやまないことが伺い知れる。

ではここで、まだ観ていない人のためにも、簡単にストーリーを紹介しておこう。
バレエを通して一果と心を通わせていく凪沙
故郷・広島を離れ、新宿の街でトランスジェンダーの身体と心の葛藤を抱えながら生きる凪沙(草なぎ剛)。親にはカミングアウトしておらず、母親からの電話には男の声色で応対していることから、長いこと親元に帰っていないことがわかる。そんな凪沙の元に、ある日親戚の娘である一果(服部樹咲)が預けられることに。一果は実母のネグレクトが原因で心を閉ざした少女だった。
一つ屋根の下で共同生活を送ることになった2人だが、強制的に預かることになっただけでなく、転入の中学校で次々と問題を起こす一果に苛立つ凪沙。一方の一果は、通りかかったバレエ教室の先生・実花(真飛聖)に呼び止められたのをきっかけにバレエ教室に興味を持つ。しかし、月謝を払うお金がない一果は、そこで知り合った中学校の同級生・りん(上野鈴華)とともに違法なバイトをし、バレエ教室に通うのだった。


やがて、バレリーナとしての一果の才能を知らされた凪沙は、なんとかバレエを続けさせてあげたいと、性転換手術のために貯めていたお金を切り崩すことを決意。バレエを通して一果と心を通わせていく凪沙は、いつしか一果に対する母性とも言える感情を抱く――。
本作でトランスジェンダーという難しい役どころに挑んだ草なぎ。
映画の冒頭では、草なぎが身に付けるバレエの衣装(チュチュ)や、ロングヘアにピンヒールといった女性を表す見た目に目が止まった。しかし、それは次第にその仕草、表情に魅了されるようになり、気が付けば“草なぎ剛”と言われているその人は“凪沙”以外の何者でもなかった。それも、比較的早い段階で、である。

それはまた、服部が演じる一果も同じだった。本作が女優デビューとなった服部は、バレエ経験者を求めていたオーディションでこの役を射止めた。4歳からバレエを始め、2017年と2018年の「ユースアメリカグランプリ」日本ファイナル進出、さらに「NBAジュニアバレエコンクール2018」1位を獲得という実力を持っての踊りが、観る者を納得させるのは当然と言えば当然のこと。
しかし、本作で彼女が演じるのは、実の母親に育児放棄され、心に傷を負った少女。台詞も少なく、目や表情による繊細な演技を求められるのだが、それを彼女は演技初挑戦の本作で見事に表現していた。
そんな彼女の演じる一果が、バレエと出会い、凪沙との交流を通して変わっていく様子には、文字通り「目が釘付けになった」としか言いようがない。
登場人物たちが求めるのは“愛”

そんな2人をはじめ、この作品に登場する人物は、みんなそれぞれ“孤独”を抱えている。凪沙や一果はもちろん、凪沙と同じニューハーフショークラブで働くショーガールたち、女手一つで一果を育てながらも育児放棄をしてしまう母・早織(水川あさみ)。さらに、裕福で何不自由ない生活をしているように見える一果の友達・りん(上野鈴華)さえも。
そして、彼らが強く求めているのは“愛”だ。

映画の中で印象的な台詞がある。
「うちらみたいなんは、ずっとひとりで生きて行かなきゃいけんけえ……強うならんといかんで」
違法なバイトで警察に保護され、バレエ教室に通う術を失ったと感じて自暴自棄になる一果に、凪沙が言ったのがこの言葉だった。凪沙自身、ずっとこの言葉を胸に生きてきたのだろう。けれども、若干15歳の少女に、それを背負わせるのは酷であることも凪沙はわかっていた。一果を抱きしめ、優しく慰める凪沙。孤独を知る者の優しさと、凪沙自身も内に秘め、見ないようにしていた“愛”の片鱗が垣間見られるという意味でも印象的なシーンだった。
また、筆者は残念ながらバレエには詳しくないのだが、そんな素人の目にも、劇中で踊る一果の踊りの素晴らしさは一目瞭然だ。本作におけるバレエシーンは、そこで使われる楽曲も含めて非常に重要な役割を果たしている。そこに関しては、すでに考察されているレビューも数多くあるので、気になる人はそちらを参考にしてほしい。

『ミッドナイトスワン』が多くの人を魅了する理由
一方、筆者が想いを巡らせたのは、バレエというモチーフにこの作品が込めたメッセージである。本作の『ミッドナイトスワン』というタイトルは直訳すると“真夜中の白鳥”だが、そこからバレエの有名な演目「白鳥の湖」を連想する人は少なくないと思う。そして、その白鳥は、しばしば「優雅に泳ぐ白鳥も、水面下では激しく足を動かしている」と言われる。それは奇しくもバレエも同じであることが、本作を観てわかった。というのも、コンクールに向けて練習に励む一果の息は上がり、美しく着飾った本番の舞台においても額に汗が光る。おそらくトゥシューズで隠された足先にも、血のにじむような努力の跡があるはず。あれほど優雅に見えるバレエも、ステージに立つまで、いや、ステージの上でさえも実は過酷なのだ。
前述した白鳥の話は、主に「成功して優雅に見える人も、実は見えないところで努力をしている」という意味で使われるが、果たしてそれだけだろうか。成功している人も、そうでない人も、人はみんな、それぞれの問題を抱えながら、それでも日々一生懸命生きているのではないか。

そこで、はたと気が付いた。いろんな状況や事情は異なれど、私たちも凪沙や一果、この作品に登場する不器用な人々と同じだ、と。だからこそ、多くの人がこの作品に共感し、惹かれるのだろう。
『ミッドナイトスワン』における凪沙と一果は、自分たちなりの方法で孤独を乗り越え羽ばたいた。
(片貝久美子)
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作品情報
『ミッドナイトスワン』
出演:草なぎ剛
服部樹咲(新人) 田中俊介 吉村界人 真田怜臣 上野鈴華
佐藤江梨子 平山祐介 根岸季衣
水川あさみ 田口トモロヲ 真飛 聖
監督・脚本:内田英治(『全裸監督』『下衆の愛』)
音楽:渋谷慶一郎
配給:キノフィルムズ
公式サイト:https://midnightswan-movie.com
(C)2020 Midnight Swan Film Partners
片貝久美子
ライター(ときどき編集)。アーティストや俳優をはじめとするエンタメ系のほか、コーポレートサイトなどでインタビューを中心に活動中。最近は金継ぎや文楽といった伝統芸能にハマってます。