
菅首相の素顔(スガオ)に迫るドキュメンタリー
政治バラエティ映画『パンケーキを毒見する』、タイトルにも宣伝ビジュアルにも度肝を抜かれた。え、こんな映画を作って上映していいの? どう見てもパンケーキ好きのあの人の映画なのである。官房長官時代は改元時、「令和」の文字を掲げ、会見があるごとに東京新聞の望月衣塑子記者に冷たい態度をとってきたあの人。
28日は、東京都で新規感染者が初めて3000人を超えたことへの取材対応を拒否……と、とりつくしまのないあの人。いや、別に“あの人”と伏せることもなく、試写状には堂々と<“今、一番日本人が知りたいこと”菅首相の素顔(スガオ)に迫るドキュメンタリーを制作しました>と書いてあった。

ブラックユーモア臭が匂い立つ『パンケーキを毒見する』を製作したのは、官僚とマスコミの暗部に切り込んで、第43回日本アカデミー賞作品賞を受賞した『新聞記者』(19年)を作ったスターサンズ(企画・製作・エグゼクティブプロデューサーは河村光庸)だけに今回も期待できそうだ。
『パンケーキを毒見する』の公式ツイッターは6月23日〜25日の間、凍結されている。ツイッター社にスターサンズが問い合わせたところ、ルールに違反したためとかスパム誤認識の可能性とか、わりと漠然とした回答だったそうである。そういうことがあると聞くとますます観たくなる。どきどきしながらオンライン試写で観た。

意外とやるなあと思わせるところも
菅首相の関係者たちに取材を申し込んだところ、その多くから取材を断られたそうだ。映画製作にまつわるプロデューサーや監督の談話などを読むと、この映画の企画が動きだしたのは2020年、菅内閣発足からほどなくしてのことで、撮影開始は21年に入ってから、公開は21年7月末という製作期間約半年という短期集中。当人に取材ができるわけもなく、テレビ局のニュース映像も使えないことがわかり、どういう内容にするか悩んだとか。関係者の取材もできないとあればさらに困ったことであろう。が、菅を長く追っていて、新書『菅義偉の正体』などを書いているノンフィクションライター森功に取材したり、読売新聞政治部による『喧嘩の流儀 菅義偉、知られざる履歴書』を引用したりすることで菅義偉の基本情報は抑えている。
さらに自由民主党の石破茂、村上誠一郎、立憲民主党の江田憲司、日本共産党の小池晃、経済産業省出身の古賀茂明、元朝日新聞記者の鮫島浩などが続々登場し、菅について証言していく。

宣伝惹句には「たたき上げ? 権力志向? 勝負師? 菅首相の素顔に迫る!」とある。最初は関係者が口をつぐむほどアンタッチャブルなのか――と暗黒面を匂わせつつ、途中、女性ナレーション(さきのぞみ)が語る菅には、意外とやるなあと思わせるところも。

辛さを振りまくアニメーションも挿入
この映画のメインナレーターは古舘寛治。日本の俳優には珍しく政治に強い関心を示しSNSで積極的に発言している古舘が思索深い声で観客に語りかけてくるのだが、なかで一部だけ色っぽい女性のナレーションに変わって褒め殺しみたいになる。“政治バラエティ映画”というだけあって、このようにユーモアを随所に散りばめながら、菅義偉の人物像に迫っていく。また、ところどころで挿入される5本のアニメーション(『パンパカパンツ』シリーズなどのアニメーション作家のべんぴねこによるもの)がピリピリと辛さを振りまいている。


若者も登場して政治や選挙について意見を語る。様々な要素をテンポよく繋ぐ監督は内山雄人。『心ゆさぶれ!先輩ROCK YOU』『未来創造堂』『時空警察シリーズ』『新説!所JAPAN』などテレビの情報バラエティー番組を多く手掛ける内山監督は情報の集め方やつなぎ方など、エンタメ的な見せ方に長けている。
普段政治に興味のない人、選挙に行かない人にも刺さるようにできている映画だから面白いテレビ番組を観る感覚で観てほしい。目の覚めるような非常に役立つ真実が盛りだくさんである。

庶民の味方ではなかった? なぜこうなった?
菅義偉は首相じゃない時は首相に意見をしっかり言っていたり、「値下げの政治家」と言われ、アクアラインの値下げ、NHK受信料の値下げ、ケータイ料金値下げなどに取り組んだり。ふるさと納税を行ったのも菅さん。そこだけ見ると、庶民の味方のような気もしないでもないが、コロナ禍以降の政策は全く庶民に目が向いていない。なぜこうなった?という疑問が各証言から解けていく。現在、日本の首相である菅義偉を語ることは、ある意味、日本を語ることであり、語られる人間像及び、日本像から見いだされるものは……。

面白かったのは、上西充子の国会パブリックビューイング。国会討論会をカットなしで見る楽しみ。ニュースではおかしなところがカットされていて筋道が通って見えるが、ノーカットで見るとグダグダ。ちっとも誠実に答えない。自分の言葉で発言しないでその場で原稿を書いてもらってそれを読み出したりする。そこへすかさず小池晃が「原稿書いてる」と状況を説明する「不規則発言」をして証拠(?)を残す。
さらに、辻元清美議員の聞き方のテクニックの巧さを上西が評価する。「関係ないでしょ。あなた誰から聞いたの? 総理ですよ、総理ですよ」という言い方がお母さん、もしくは先生みたいであった。
それにしてもなぜ、こうも子供扱いされるような態度をとるのだろうか。その疑問に対する映画の推測は……。


元官僚の発言から見える巨大な権力の闇
一方、元文科省事務次官の前川喜平や元経産省官僚の古賀茂明の発言からは巨大な権力の闇が見えてくる。本来、政権の構造や活動を見張り、世間に正しく伝えるべきマスコミが権力を恐れ従う、もしくは見て見ぬふりする状態に映画は警鐘を鳴らす。菅首相はパンケーキ好きをアピールして国民に親しみを抱かせた。首相になったときには新聞記者を集めてパンケーキを振る舞った。パンケーキはふわっと甘く、見た目も口当たりもいい。お腹も満足。でも成分は主に炭水化物と脂質ばかり。
そればかり食べていたら栄養価不足になり、決して健康にいいとは言えないパンケーキという食べ物はこの国の象徴としてピッタリだと感じる。『パンケーキを毒見する』は首相をパンケーキに見立てているが、私たちもまたパンケーキ化してはいないか。このまま日本はパンケーキ化していいものであろうか。
(木俣冬)
作品概要
7月30日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開『パンケーキを毒見する』

企画・製作・エグゼクティブプロデューサー:河村光庸
監督:内山雄人
音楽:三浦良明 大山純(ストレイテナー)
アニメーション:べんぴねこ
ナレーター:古舘寛治
制作:テレビマンユニオン
配給:スターサンズ
配給協力:KADOKAWA
https://www.pancake-movie.com/
(C)2021『パンケーキを毒見する』製作委員会
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami