凶器アリ、反則ナシの特殊ルールで行われる、プロレスの究極の試合形式“デスマッチ”。リングの上では爆散された蛍光灯に囲まれ、背中にカミソリが突き刺さり、ガラスボードが飛び散る。
そんなデスマッチのカリスマと呼ばれるプロレスラー、葛西純に密着したドキュメンタリー映画『狂猿』が5月28日より公開される。デスマッチと共に人生を歩む葛西純に、デスマッチへの思いと、意外にも家庭的なプライベートについて話を聞いた。(前後編の前編)

【写真】デスマッチのカリスマ・葛西純

――プロレスの中でも、葛西選手があえてデスマッチを選んだ理由は何でしょうか?

葛西 ガキの頃からプロレスが好きで、うちの親父もプロレスが好きだったのでよく一緒にテレビで試合を観ていたんですよ。ところが、親父はテレビを見ながら、「今の技は当たってない」とか「今のは痛くない」とか言うタイプの嫌なプロレスファンだったんですよ(笑)。自分がプロレスをやろうと思ったときに、親父にそういうことを言わせないような「誰が見たって痛いとわかる」プロレスをやりたくて、デスマッチを選んだんですよ。

――葛西さんの息子さんもプロレスファンなんですよね? 一緒にご覧になります?

葛西 今、息子は17歳なんですけど、大学目指して予備校に通い勉強ばっかりしているんですけどね。夜10時頃、予備校から帰ってきたら格闘技専門のサムライチャンネルを観て、二人で「この選手はしょっぱい。あの選手はしょっぱい」だの…(笑)。

――十分、嫌なタイプのお父さんじゃないですか(笑)!

葛西 悪口はいいんです(笑)! プロレス自体を否定しているわけではないので。そういう話題で親子で盛り上がってます。また、自分も酒飲んでいい気分になってきた頃に、息子がYouTubeで探した「技を失敗したプロレス名場面集」みたいな動画を見せてくれるんですよ。それでまたひと盛り上がりしますね(笑)。


――楽しそうですね。息子さんは葛西選手のデスマッチの試合は見られるんですか?

葛西 息子が生まれた時から、血みどろになってデスマッチしているので、息子の中での父親像というのは、血だらけになってリング上で戦って、家に帰って酒を飲みながらプロレスの動画を見て笑っている姿というのが、それが父親なんですね。だから、彼の中ではスーツを着て電車に乗って会社に通勤するお父さんが異質なんだと思います。

――今回、ドキュメンタリー映画内で、普通のお父さんの一面を伺えるのも意外でした。レスラーとしてプライベートを見せることに抵抗感はありませんでしたか?

葛西 まるっきりなかったです。リング上で血を流して、気の狂った人にしか見えない自分でも、リングを降りたら、普通のお父さんと変わりませんよという部分を見せたかったです。昔のレスラーは、リング上でもリングを降りても超人であることを美徳としていたので違ったかもしれません。でも、自分はそういう考えではなく、スーパーマンであるのはリング上だけでいいと思っています。

――ご家族がお仕事に協力的なのが印象的でした。でも、どうしてそこまで身体を痛め危険な目に遭い、命を張ってまでデスマッチを続けるのでしょうか?

葛西 いちばん最初にデスマッチを始めたのが、親父に文句を言わせないための手段でしかなかったんです。でも、デスマッチを続けていくうちに、人に褒められたことのなかった自分が、「葛西選手のデスマッチすごいですね」、「葛西選手の試合を観て明日も頑張ろうと思いました」とか、「学校でいじめられてますけど、勇気出ました」と言われるようになったんです。

初めて人に必要とされているという気持ちが芽生えました。
それでデスマッチが好きになったんです。だから、やり続ける理由は、デスマッチ愛しかないですね。

――そんな葛西選手が“デスマッチED”になってしまい長期欠場に至ったというこの1年。乗り越えられそうですか?

葛西 どうなんでしょう。ただ、デスマッチは一人でできるもんじゃないので。相手がいてこそなんです。「こいつにだけは負けたくない!」と思える相手に現れて欲しいです。ただ、「出てきて欲しいけど、超えさせないよ!?」と(笑)。

――もしプロレス好きな息子さんがデスマッチレスラーになりたいと言ったらどうします?

葛西 応援します。俺を超えてみろよと。でも、超えさせないけどなと(笑)。そこは家族でも容赦なく。


――映画では、半年お休みになっても収入は安定していましたね。アルバイトをしていたのは何年ぐらい前までですか?

葛西 おかげ様でこの10年はなんとかアルバイトをしなくても家族を養えるようにはなりました。昔は、ケガで欠場中の時は収入がないので、ラブホテルの清掃のバイトを4年ぐらいしていましたね。嫁もいるし子どもいるので始めたんですけど。その時に、生きるためなら何でもできるなと思いました。

――辛かったバイトってあります?

葛西 ラブホの清掃バイトの何年か前に、パン工場で、朝の9時から残業含めて夜の9時まで立ちっぱなしで。ひな祭りの季節だったので、ずーっと、ベルトコンベヤーから流れてくるショートケーキの上に、イチゴを延々と置いていくという作業をした時は精神崩壊しそうになりましたね。

――スターでありたい気持ちもありつつ、バイトの方が比重が重かった時ってどんな気持ちでした?

葛西 独身時代だったら、「俺がお金を稼ぐのはあのリングの上だけだ!」と言ってバイトもしないのですが、嫁も子どももいる人間がそんなことをしたら、ただの問題がある人じゃないですか。そこは耐えるしかなかったですね。リングの上で輝いているのが今の俺の場所ではなく、割り切って生きるためにやる。つらいですけど。

――ツライ思いをした時代もありましたが、今や一家の大黒柱としての面子は保てています。


葛西 おかげ様で、この10年ほどは、グッズ販売や試合の収入などでなどで家族を養えています。それは父親として当たり前のことなので、プラスアルファでなにか一家の大黒柱として形に残したいですね。例えばマイホームを買うとか。ただ固定資産税とか考えると賃貸の方がいいのか悩ましいところです(笑)。(後編へ続く)

【後編はこちら】デスマッチのカリスマ・葛西純が語る、血だらけの激痛でもリングに上がる理由「生きてる実感を得られる」

▽ドキュメンタリー映画『狂猿』
5月28日(金)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋ほかにてロードショー!以降順次公開
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