3月1日、日本武道館にて新日本プロレスの『旗揚げ50周年記念日』が開催された。1972年3月6日に東京・大田区体育館で旗揚げしてから半世紀。
創業者のアントニオ猪木を筆頭に幾多の名選手を輩出し、彼らの熱いファイトが50年もの歴史を紡いできた。この日は試合開始に先立って、歴史を彩ってきたレスラーたちが一堂に会するセレモニーが開催されたのだが、そこで活きたのが『音楽』だったという。格闘技の殿堂にして、すべてのミュージシャンが憧れる日本武道館で『音楽』が呼び起こした感動とは? 元・週刊プロレス記者で、お宝テーマ曲発掘CD『プロレスQ』シリーズのメインスタッフにも名前を連ねているライターの小島和宏氏が、思わず感涙した、という当日の模様をレポートする。

【写真】レジェンドたちが集結、新日本プロレスの『旗揚げ50周年記念日』の模様

きっかけは2月27日まで東京ドームシティ・Gallery AaMoにて開催されていた『シンニチイズム』だった。

これは新日本プロレスの旗揚げ50周年を記念しての大博覧会。チャンピオンベルトにはじまり、選手のコスチュームやマスク、そして大会記念ポスターなどが会場内にズラリと飾られていたのだが「こんなものまでちゃんと保存されていたのか!」と驚くような展示品もたくさんあり、何時間いても飽きない素晴らしい内容だった。

特に前田日明が凱旋帰国時に巻いていたヨーロッパヘビー級のベルト、タイガー・ジェット・シンが実際に使用していたサーベル、そして「世界最大のマスクマン」ジャイアント・マシーン(正体はアンドレ・ザ・ジャイアント)のマスクは、まさか間近で見られる日が来るなんて思っていなかったので、感動しながら見入ってしまった。子供のころ、サーベルを振り回すシンに追いかけられて、逃げ惑う経験はしてきたものの、さすがにサーベルを至近距離で見る余裕なんてなかったわけで、そんな思い出も込みで楽しめる展示だった。

会場内には試合会場と同じく選手の入場ゲートも設置されており、希望する来場者は好きなテーマ曲に乗って入場体験ができる、というコーナーもあった。それこそタイガー・ジェット・シンのテーマ曲があれば、僕も体験してみたかったけれども、さすがに用意されていたのは現在の楽曲のみだったので今回はスルー。でも、そのコーナーを眺めていると、若い女性やちびっこたちが楽しそうにプロレスラーになりきって入場体験をしている。やっぱり、プロレスって入場シーンも含めてのパッケージだし、女の子やちびっこも憧れているんだなぁ~、と思ったら、改めて入場テーマ曲の大事さを実感させられた。


そんなこんなで完全にノスタルジーモードに突入しているところに飛び込んできたニュースが、3・1日本武道館の試合前に「50周年記念セレモニー」が開催され、そこに往年の名レスラーが集結する、というもの。そこまでだったら、まだ心は揺り動かされなかっただろうが、そのセレモニーの進行をリングアナウンサーの田中ケロ氏が務める、というではないか。これはもうそれぞれがなつかしのテーマ曲に乗って登場し、ケロさんがコールする、という流れに違いない! シンニチイズム効果で気分が高揚していたこともあり、すぐさま日本武道館に行くことを決めた。

そう、ある意味、プロレスを観るというよりも「聴く」ために日本武道館へと向かう。ここまで振り切った行動はいままで一度もなかったが、こればっかりは体感しておかないと後悔する、という勘が働きまくったのだ。

当日は別の取材が直前まで入っており、日本武道館に足を踏み入れたのはイベント開始の5分前。ひさびさに九段下の登り坂を全力疾走して、ギリギリ間に合った。コロナ対策で客席は1席あけての配置となっていたが、すでに熱気は充満している。それはそうだ。試合開始まで1時間以上もあるのに、すでに着席している人たちはこのセレモニーが見たくてたまらない人たちばかりなのだから。

ロープの取り外されたリング上にはたくさんの椅子が並べられていた。

事前に誰が来るのか、何人参加するのかは公表されていなかったので、この椅子がすべて埋まったところで参加者が全員集合した、ということになる。
頭の中で「あの人がまだ来ていない」と考えながら、残りの椅子を数えていく作業はなかなかゾクゾクするものがあった。

そしてセレモニーがスタート。

まず入場テーマ曲が流れ、そのあとにモニターにレスラーの名前が掲示されるという形式。だからオールドファンほど、誰が登場するのかを事前に察知しやすく、マスク着用で声援を飛ばせない状況下ではあっても、テーマ曲が流れた瞬間に「おおっ!」と館内の空気がザワつくのが手に取るようにわかった。

テーマ曲の力というのは本当にすごい。入場時に流れるのはほんの1分足らずなのに、何十年経っても、その楽曲となつかしの入場シーンが脳内で紐づけられているから、超ウルトライントロクイズよりも早いタイミングで、音が鳴った瞬間に選手の姿がパーンと頭の中に浮かびあがってくる。音楽のジャンル数あれど、本当にプロレスのテーマ曲というのは特異すぎる世界である。

それをもっとも感じたのは、場内にマサ齋藤のテーマ曲が流れた瞬間。すでにマサさんは鬼籍に入られているので、武道館にはやってくることができない。次の瞬間、エントランスに現れたのはマサさんの盟友ともいうべき、元レフェリーのタイガー服部さんだった。そこにマサさんはいなかったけれど、あの瞬間、すべての観客の脳裏にマサさんの雄姿が浮かびあがっていたはず。思わず感涙モノの演出だった。


いや、すべての観客というのはさすがに言いすぎかもしれない。50年の歴史を重ねてきた中で、本当にここ数年でファンになった客層もかなり増えてきた。彼らは70年代~90年代の新日本プロレスを観てきていないから、古いテーマ曲を聴いてもピンとはこないだろう。そこで素晴らしい働きをしていたのがリングサイドにいた棚橋弘至だった。

リング上にレジェンドが登場する中、リングの周りを現役選手が取り囲んでいたのだが、テーマ曲が流れるたびに棚橋は客席に向かって拍手を煽ったり、さまざまな表情を浮かべてはこれから登場する選手を迎え入れていた。これなら若いファンにも「タナがあれだけ喜んでいるんだから、きっと、すごい選手なんだ」ということが伝わる。こういう存在がいてこそ、50年という歴史はしっかりとバトンをつないでこれた。正直、50年の歴史の中でもっとも辛く、厳しい時代を支えてきた棚橋弘至が誰よりも熱心に動いてくれている姿に、この組織の強さと半世紀も続いてきた理由を見たような気がした。

蝶野正洋が、武藤敬司が、前田日明が、藤波辰爾が、そして長州力が!

あのころのテーマ曲でリングに登場し、田中ケロがコールする。ケロさんは昨年、新型コロナウイルスに感染し、リハビリも含めてじつに6カ月半もの入院生活を余儀なくされてきた。こうやって記念すべきリングに立ち、コールをしている姿を見るのもまた感無量。なによりもよかったのは、ダラダラと記念式典をおこなったりせず、レジェンドたちの登場がメインとなるシンプルなセレモニーとなったこと。
なつかしのテーマ曲の連発で、もう大満足。さらに記念撮影の合間には歴代の『ワールドプロレスリング』(テレビ朝日で現在も放送中の新日本プロレスの中継番組)のオープニング曲のメドレーがずっと流れていたこと。ここまでプロレスを「聴く」ことに特化して楽しめるセレモニーになるとは思っていなかったので、本当に胸がいっぱいになった。50年ってすごい、テーマ曲の力ってすごい!

もっとすごいのはセレモニーに参加したレジェンドの中から、藤波辰爾、藤原喜明、越中詩郎、田中稔が現役レスラーとして試合にも出場したこと。現在進行形の入場テーマ曲として、もう一度、武道館に鳴り響き、今度はスーツ姿ではなく、コスチュームでリングに登場した4選手。なにがすごいって、やっぱりプロレスはすごいんです!

とてもいい興行を見て、多幸感に浸りながら帰宅し、この日から先行発売された新日本プロレス50周年記念CD『NJPWグレイテストミュージック50th.SP』(キングレコード)をさっそく再生したところ、即、武道館での興奮が蘇ってきた。

3枚組で構成されるこのCDは基本的に現在、活躍している選手たちのテーマ曲集なのだが、1枚目の「Nostalgic」だけは完全に80年代と90年代のテーマ曲に限定。しかも、楽曲の前に田中ケロによる選手の呼びこみ口上、さらに曲中にはリングインコールまで収録されているではないか! 聴けば入院中にわざわざ外出許可をもらってレコーディングをした、という。まさに魂を込めまくった作品だった。

普通の音楽CDであれば、曲中に別の音声を挿入するとはなにごとだ! と激憤されてしまうところだが、ある意味、この日の武道館での50周年記念セレモニーがそのまま再現されたようなもの。1曲ずつ聴くというよりも、1枚を通しで聴いて、ひたすら脳内で90年代の東京ドームでの入場シーンを再生する、というのが正しい楽しみ方。『パワーホール』にはじまり『怒りの獣神』まで連なる7曲は、マニアならばすでに音源を所持している名曲ばかりなので、50周年だからこそ実現したスペシャルバージョンを愛でていただきたい、と思う。


このCDに収録されているオカダ・カズチカのテーマも、棚橋弘至のテーマも、新日本プロレスが70周年や80周年を迎えるときには「あぁ、なつかしい!」と受け入れられるものになっているはず。そのためには今、会場に足を運んでくれているファンをずーっと夢中にさせなくてはいけないし、新しいファン層も常に開拓していかなくてはならない。プロレスと音楽は、こうやっていつまでも美しい思い出を紡ぎながら、たくさんの人たちの脳裏に流れ続けていく。

【あわせて読む】リング上で火炎を噴射! 30年前に存在した地上波NG超過激プロレス団体「W★ING」とは?
編集部おすすめ