女子プロレス団体・スターダムの看板選手だった宝城カイリが、世界最高峰の団体・WWEと契約を結んだのは2017年のことだった。米マットではカイリ・セインと名前を変え、女子タッグ王座やNXT女子王座を獲得するなど八面六臂の活躍を見せる。
そして世界規模のスーパースターとなった彼女が次に選んだ道は、古巣・スターダムへの復帰。今度はKAIRIと改名し、3月の両国国技館大会2連戦に電撃出場したのだ。なぜこの決断に至ったのか? アメリカで直面したプロレス文化の違いとは? 今後、何を目指していくのか? 5月28日(土)のスターダム大田区総合体育館大会にも参戦するKAIRIが洗いざらい胸中を語った。(前後編の後編)

【写真】3月の両国国技館で電撃復帰、KAIRIの撮り下ろしカット【11点】

──後編ではアメリカ時代のお話をお聞きしたいのですが、まず知らない方のために、そもそもアメリカに渡った経緯から説明お願いできますか?

KAIRI 今から5年くらい前のことになるんですけど、一番大きかったのは「アメリカでプロレスをより深く学びたい」という気持ち。一流の世界に触れて成長したいということで、WWEに行くことを決めたんですね。ただ、当時の私は団体の中で選手会長をやっており、白いベルト(ワンダーオブスターダム)のチャンピオンでもありました。その頃スターダムは一気に選手の人数が減ったりして、存続の危機を迎えていたんです。そこからなんとか残ったメンバーで必死に立て直して、後輩も頼もしく成長。バトンタッチの準備が整ったと思ったタイミングで移籍することを決めました。

所属選手の人数が少なくなったときに外国人選手と対戦する機会が増えたり、(岩谷)麻優さんや(紫雷)イオさんと一緒にアメリカやヨーロッパに遠征して試合することも多くなって。そこでお客さんが盛り上がってくれている光景を見て、海外でやってみたいという思いに繋がった部分はあります。

──スターダムは昔から海外での展開にも力を注いでいましたからね。


KAIRI それは大きかったと思います。あとは根本的に「現状維持のままではいけない」という焦りのようなものがあったんです。麻優さんやイオさんは器用だし、受け身や飛び技もうまい。それに比べて私には何があるのか?どのスキルを磨いていけばもっとレベルアップできるのか?ずっと悩んでいました。だからこそ、思い切って環境が違う世界に飛び込むことで自分を一から鍛え直したいと考えたんですよね。

──日本で見ていると、アメリカに渡ってからはトントン拍子でスターになった印象があったのですが、実際はいかがでした?

KAIRI トントン拍子なんて、とんでもない! たしかにそう言われることはあるんですが、実際は本当に試行錯誤と苦労の連続で…渡米直後は泣いてばかりでしたから。

──そうだったのですね。

KAIRI 向こうではプロモーション・クラスというマイクの練習をするクラスがあるんです。キャラクターやストーリー性をすごく大事にする団体なので、マイクパフォーマンスの上手さはキーポイントです。渡米した当初、課題を言い渡されてプロモクラスの前に家で何度も練習していたのに、本番ではうまく英語でしゃべることができずしどろもどろになってしまって。先生も溜め息をついているし、教室もシーンと静まり返っているし……。そういうときは車で大きな湖まで行って、そこで体育座りしながらボロボロ悔し泣きしていました。
(笑)

──英語でのマイクパフォーマンス、難しそうです。

KAIRI また、マイクで言うと日本ではないようなことも求められるんですね。たとえば生放送の時間調整のため、急にマイクを渡されて「1分間だけ何かをしゃべって!」とかムチャ振りされることはしょっちゅうでした。緊張感が尋常じゃないし、寿命が縮まる思いを何度もしました。

──結構アドリブ性も求められるんですね。

KAIRI 臨機応変に対応することがすごく求められる世界で。たとえばメインで試合があると聞いて、いざ会場に着いて食事をしていたら「ごめん、やっぱり1試合目になった」とかいうこともありますし。ストーリーの流れとかも、当日も会場の盛り上がりを見て容赦なく変えていくんですね。なので、バックステージでも常にスイッチを入れておかないといけませんでした。

──外国での活動は、言葉の壁も大きいと思います。

KAIRI もちろんそれもありました。プロデューサーやカメラマン、コーチとのやりとりも当たり前ですが全て英語で、最初はネイティブの話す早い英語が聞き取れなくて本当に苦労しました。
選手同士の人間関係を構築するためにもコミュニケーションは必須なので、毎日英会話の勉強は欠かしませんでした。週に2回ほどWWEが設けてくれた英会話クラスは私にとって本当にプラスになりましたね。

──その他の苦労はありましたか?

KAIRI WWEで何が一番恐ろしいかっていうと、1回チャンスを逃すと、もう使ってもらえないということでした。本当にシビアなんですよ。WWEは男女混合の団体だけど、女子の試合は一つの大会に1、2試合組まれるだけなので、基本的に2~4選手しか出場できないんですね。その狭い枠を狙って全員が鎬を削っているわけで。私もそうであったように、チャンスが回ってこなくて焦ったり落ち込む選手がたくさんいました。「あぁ、今日も試合が組まれない……」って。試合が組まれない辛さは日本では一度も体験したことがなかったので、苦しかったですね。

──非常にシビアな競争原理が働いている組織だということが伝わってきます。

KAIRI みんないつ契約を切られてもおかしくない世界なんです。朝のリング練習の前、女子選手で集まってストレッチをしていたら、2人くらいポンポンってコーチに肩を叩かれたことがあったんですね。
「あれ? どこに行くんだろう?」と思っていたら、その2人が荷物をロッカールームから運び出しているんです。すると泣きながら「今までありがとう」って何の前触れもなく言われて。聞くと、その日で契約終了を言い渡されたみたいです。そういうシビアな環境だからこそ、試合に緊張感が出るのも当然かもしれないですね。

──そこで第一線で闘い続けてきたわけですから、聞けば聞くほど、アメリカを離れたのはもったいないような気もします。WWEに認められるということは、世界中のレスラーが望んでいるポジションなわけですから。

KAIRI 本当に私にはありがたすぎるというか、恐縮しきりという感じです。私の場合はタイミングがよかったのもあると思うんです。woman’s evolutionというスローガンのもと、女子プロレスを盛り上げていこうという改革の時期でしたので。私は運動神経もずば抜けてよくないですし、向こうではすごいスピードでアクロバティックな動きをする選手がたくさんいますから。身長だって155cmというのは一番低かったですしね。私がここまで結果を残すことができたのは、間違いなくファンの方やスタッフの方から「カイリ、頑張れ!」と応援で背中を押していただいたからです。


──ファンやスタッフからの支持が厚かったというのは、要するに試合内容が評価されたということになりますか?

KAIRI そうだと嬉しいですね……最近、選手としては引退したトリプルHさん(NXT責任者兼グローバル・タレント育成最高執行役)に言われたことがあるんですよ。「一番大事なのはカリスマ性だ」って。彼が選手の試合を見る上でどの部分を重要視しているかというと、お客さんの反応なんですよ。どんなにすごい動きをしたところで、お客さんのノリが良くなかったらトリプルHさん的には評価に繋がらないようでした。

──しかしトリプルH選手が言うように「カリスマ性を身につける」というのは、具体的にどうすればいいんですか?

KAIRI それは難しい質問ですね(笑)。私もすごく右往左往したんです。というのはWWEはトップレベルのレスラーが世界中から集結した巨大組織だから、コーチだけでも何十人もいて、それぞれアドバイスの内容も違うんですね。「ニコニコ笑顔だと弱く見えるから真顔でいけ」というコーチもいて、「なるほど」と思って最初は取り入れたんですけど、お客さんの反応はイマイチで(苦笑)。いろんなことを言われて全部を取り入れていると自分が何者か見えなくなってくるんです。一時期、私が髪をピンク色にしていたのもキャラ迷走の結果ですよ。

──難しいものですね。

KAIRI 結局、カリスマ性を得るためには、「人と比べることなく、自分にしかない長所を爆発的に伸ばす」なのかなと。
全部をバランスよく整えようとしても駄目な気がします。私の場合、近くにASUKAさんと(中邑)真輔さんがいたので、そこから学んだことも多かったですね。カリスマって崇拝される対象ですからね。いかに唯一無二の存在になっていくのか? それにはまず自分自身が自らを信じきって、狂ったくらいの勢いで独自の世界に入り込むことが求められるのかなって。

──狂うくらいの勢いで独自の世界に入り込む、それはトレーニングによってできるようになるものですか?

KAIRI 私の場合はですが、下ろすという作業はあるかもしれません。これは私が取得した資格、スポーツメンタルトレーナーになる上でも学んだ、試合前のメンタルコントロールに有効的な方法です。

──「下ろす」とは?

KAIRI 例えば、私は3月の両国大会で久しぶりに日本復帰したとき、右に羽生結弦君が、左に漫画『キングダム』の主人公の信君がいるイメージで入場したんです。羽生君や信君がプレッシャーでガクガク震えるなんてありえないじゃないですか。むしろニヤニヤ笑うくらいの余裕がありますよね。羽生君と信君から「俺らと闘いにいこうぜ」って誘われているんだから、私も堂々と自分の世界に入れる、そんなイメージです。(笑)

──おっしゃることは伝わりますが、実践するのはすごく難しそうです……(笑)。さて、時間もなくなってきたので、最後に改めてお聞きしたいのですが、一流の選手が群雄割拠する中、なぜKAIRI選手は成功したのか? ご自身では、どのように分析されますか?

KAIRI 自分のことだから見えづらい部分もあるんですけど、よく他の選手に言われたのは「KAIRIの試合は応援したくなるんだよね」ということ。「思わず泣いた」って言われたこともありますね。同業者からそんなふうに言われることってなかなか無いと思うので心の底から嬉しかったです。身体も小さいし、一生懸命やっていることで伝わることはあったのかなとは思います。

【前編はこちらから】WWEから日本復帰・女子プロレスラーKAIRIが語る「カムバックを後押しした2つの“財産”」
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