5月28日、SKE48チームSは新オリジナル公演「愛を君に、愛を僕に」初日を迎えた。初日に至るまでには様々な試練が19人のメンバーを待ち受けていた。
その様子はSKE48の公式YouTubeでもアップされている。その動画のあるシーンはファンを釘付けにした。振付師・牧野アンナと同チームの赤堀君江が向かい合って、踊った場面である。先生と生徒によるダンスバトル──。いったいなぜそのような光景が繰り広げられたのか。その瞬間に至るまでには赤堀の深い葛藤があった……。「小室哲哉プロデュース」「全額返金保証公演」と開幕当初から話題を呼んでいるSKE48にとって約11年ぶりのオリジナル新公演。その裏にあった一人のメンバーの物語。

【写真】SKE48チームS・新オリジナル公演で輝く赤堀君江【12点】

4月下旬のある日。名古屋市内にあるSKE48のレッスン場。チームSは新公演の練習に汗を流していた。その1か月ほど前に一度行われていたが、この日から本格的に新公演のレッスンがスタートした。


始まる前から赤堀は憂鬱だった。

赤堀「私たち9期生が研究生だった頃、アンナ先生のレッスンを受けました。これから始まる研究生公演のためのレッスンでした。アンナ先生はいろんなアイドルのドキュメンタリー映像に出ているから、研究生の間でも有名で、『今度のレッスン、アンナ先生らしいよ』という噂を私も聞きました。でも、レッスンの内容はあまり覚えていないです。同期が言うには、けっこう怒られたらしいんですけど……」

記憶をたどっても、具体的な教えを思い出せない。怖かったことだけは記憶していた。それに、「この公演は運動量的にキツい公演になる」とスタッフから聞いていたから、赤堀はレッスン場に入る前から腰が引けていた。

レッスン初日、赤堀は名指しで注意を受けた。

「目が楽しそうじゃない」「目が生きていない」「目が変わっていない」

想像していた通り、怖かった。

赤堀「確かにそうだなと思いました。でも、どうしたらいいか分からなくて。
とりあえず自分ができる限りのダンスはやったけど、ちゃんとできていたかというと今でも分からないです」

その後のレッスンも、赤堀は先生から決して高評価を受けられなかった。公演初日を前にした最後のレッスンでも、まだ合格点をもらえていなかった。赤堀はどうしたらいいかわからず、出口の見えないトンネルを走っていた。

赤堀がSKE48に加入したのは2018年12月のこと。キャリアは4年に満たない。
アイドルになったのは、親が応募したから。「将来が心配だから応募した」と後日言われた。赤堀いわく、「ちゃんとしていなかったから」だそうだ。「タピオカを飲みに行こう」と親に連れて行かれた先がオーディション会場だった。

金髪だった赤堀は、黒髪ばかりの会場で浮いていた。居場所のなさを感じていたが、それでも合格した。高校2年生の時だった。


お披露目が終わったメンバーは、48グループでは研究生として研鑽を積むことになっている。赤堀も研究生としてステージに立つようになった。赤堀は目立っていた。

赤堀「当時は、ダンスが上手な順に前から並んでいて、私は経験者だったから前のほうで踊ることが多かったです」

赤堀の武器は表現力だった。小学校高学年から始めたというダンスのスキルよりも、顔で歌詞の世界を伝えることができる若手だった。明るい曲では大きな目をさらに開き楽しさを伝え、悲しい曲ではうつろな目で表現した。まぎれもなく有望株だった。

赤堀「でも、当時は怒られてばかりでした。研究生って一人ができていてもダメで、全体で怒られた記憶しかありません。表情を褒められたこと? ないです。あの頃はダンスを覚えて、公演に出て……の繰り返しでした」

研究生から正規メンバーに昇格した赤堀は、チームSに所属した。そこでぶつかったのがコロナ禍だった。
これからという時に活動の場を奪われた。

赤堀「研究生時代は、ただ自分が持っているものをステージで出すだけでした。でも、ステージに立つ機会が減って、SNSでファンの方の声を知るようになってから、自分の踊り方が間違っているんじゃないかと思うようになって。だからといって、どう踊ったらいいかわからない。答えが出ない。そうこうしているうちに活動が徐々に始まって、新公演のレッスンを受けることになったんです」

赤堀は、自分が踊るレッスン映像を見て驚いた。顔が死んでいたからだ。

赤堀「自分では精いっぱい踊っているつもりなんです。でも、どの顔も暗い。ステージみたいに照明が当たらないと、こんな顔になっちゃうんだってビックリしました」

赤堀は昇格後、自分が出演する公演の映像をチェックしていなかった。「自分の顔が好きじゃないから」だ。そのツケが今回のレッスンですべて回ってきた。
自分と向き合うことを牧野アンナは要求したからだ。

牧野アンナの指導は一貫している。それは、「ダンスとは心に感じたものを、体を通じて表現することだ」というもの。考え方はとてもシンプルだ。しかし、赤堀はこの教えをどうしても心から理解できないままでいた。

赤堀「周りのメンバーを見ると、みんな疑問に感じていないような顔をしていました。『えっ、みんな本当に理解してるの? 分かってないの、私だけ?』とずっと疑問でした。私、すべてのことに対して考え過ぎちゃうんです」

もう一点、牧野の指導で赤堀を苦しめたことがある。それは、「腹をくくれ」「覚悟を決めろ」という言葉だ。牧野はこのフレーズをメンバーに何度も放ったが、赤堀はこの言葉をいくら考えてもかみ砕けなかった。

赤堀「覚悟って何? 腹をくくるってどういうこと? 何度考えても分かりませんでした。この公演を成功させる覚悟を持ってレッスン場に来ているはずなのに、じゃあ、その覚悟をどうやってダンスで表現すればいいんだろう……。
レッスン中はそんなことばかり考えていました」

赤堀の目はこうして死んでいった。そうなるのにはもう1つ、思い当たるフシがあった。

赤堀「今回のレッスンで感じたことですけど、感情を強く持って踊ると、周りの人と揃わなくなりますよね。目立ちたくて好きな動きをしたら、全体が崩れるんです。私はそれが嫌だなと思ってしまって。私はちゃんとダンスを揃えたい人なんだなって気がつきました。研究生の頃は目立てばよかったから、周りを気にせず踊っていました。でも、今はそうじゃない。後輩もいる立場ですから。いつの間にか個よりも全体を重視する人間になっていたんです。だから、いざ『感じたものを出せ』と言われても、揃わなくなってしまったらレッスンの意味がなくなると思ってしまって。私って変わったなって、すごく思いました」

赤堀は4年前にできていたことができなくなっていた。いつしか体内に入り込んでいった協調性が、個としての輝きを奪っていったのだ。

来る日も来る日も、赤堀は「分からない……」と繰り返しつぶやいていた。それは彼女の性格によるところも大きい。

赤堀「私は誰にも相談しないんです。今回のレッスンもそうでした。同じチームのメンバーは私と同じくらい悩んでいたから、キャパがいっぱいです。それは見れば分かります。そんなところに私が相談をしたら、キャパがあふれちゃうじゃないですか。ただ、同期とはレッスンを通じて仲よくなれました。なんていうか、仕事の話をするようになったというか。それまではふざけてばかりいたので。心が強くなれたのは同期がいてくれたおかげです」

赤堀は胸に未解決の悩みを抱えたまま、レッスン最終日に参加していた。牧野アンナが参加したこの日は、1曲ずつチェックされることになっていた。

だが、半分のメンバーは心を解き放っていないように牧野の目には映った。そこでメンバー同士を1対1で向き合わせて、振り付けは関係なく、思いを伝えながら踊るレッスンをすることになった。

それでも牧野からのOKはもらえなかった。「このままではもう無理だと思う」と最後通牒を突きつけられるメンバーたち。多くのメンバーが「やらせてください」と口々にレッスンを続けてもらえるように懇願する。牧野は「じゃあ、言った人だけ。言わない人は座ってください」と告げる。すると、赤堀だけがレッスン場の壁際に移動した。

赤堀「私は『もう一回やらせてください』とは言えませんでした。さっきも話したように、覚悟を持って踊っているのに先生からOKがもらえないということは、自分が考えている覚悟の決め方が違うということじゃないですか。その状態でもう一回踊っても先生がOKを出してくれる踊りはできないと思ったんです。そしたら、列を外れたのが私だけだったから、『あれ、一人?』みたいな」

赤堀は先生に反発していたわけではない。ただただ正解が分からなかった。
他のメンバーが対面で1曲通すと、赤堀は牧野に歩み寄った。

「やり方が分からなくて、どうしたらいいか分からなくてやめてしまったんですけど、もう一回やらせてほしいです。お願いします」

深く頭を下げると、牧野は「私とやろう」と、赤堀と向かい合うことになった。それは傍から見ると対決のようだった。取り囲むようにして見守る同じチームのメンバーに緊張が走る。音楽が流れる。2人は感情に任せて踊り始めた。牧野の表現は流石の一語だった。リズム感、体の使い方、感情表現、サビに向けての展開など、手本そのものだった。一方の赤堀は、動きが小さく見える。両者の差は一目瞭然だ。

しかし、赤堀はその時間を心から楽しんでいた。このレッスン期間中、自身を苦しめていた疑問の1つが氷解していくのが分かった。

赤堀「先生の動きを見ているだけで楽しくて! 『わー、すごいなー』と思っていました。踊りながら、心から表現するってどういうことか、分かった気がしました」

赤堀にとって、その数分間はかけがえのない財産となった。先生の踊りを正面から独占できたのは世界中で赤堀しかいなかった。先生は赤堀の目を見て、赤堀のために踊っていた。「分からない」を連発する生徒への解答を体で示した。

5月28日。本番の幕が開くまで10分前というタイミングで、牧野アンナがSKE48劇場の楽屋にやって来た。そこで最後のメッセージを送った。

赤堀「先生は優しかったです(笑)。先生は『君たちはここまでよくやってきた。もし成功しなかったら小室哲哉と牧野アンナのせいだ』と言っていました。よし、ここまで来たら、やってやるよ。もし初日がコケたら先生のせいにしちゃおうって思いました、言い方は悪いけど(笑)。今まで悩んでいたことはいったん置いておこうって」

赤堀は自分でも気がつかないうちに腹をくくっていた。幕の向こうからファンの拍手が聞こえてきた。周りを見ると、何人かのメンバーは泣いていた。新しいチームSが始まる。赤堀はそのことにワクワクしていた。

幕が開く。メンバーが客席に振り向いて1曲目が始まった。赤堀は生き生きと踊り出した。長くて暗いトンネルの出口をようやく見つけた顔をしていた。

次の日、同期4人で焼肉を食べに出かけた。「やっと終わったね。でも、ここからがスタートだよね」としみじみと話した。仕事の話を同期と交わしたことはなかったが、自然とできるようになっていた。そんな自分が少し嬉しかった。

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