伊集院光、爆笑問題、バナナマンなどが曜日ごとに冠を担うTBSラジオの人気深夜番組「JUNK」の統括プロデューサー、宮嵜守史の初のエッセイ本『ラジオじゃないと届かない』(ポプラ社)が発売された。今回、極楽とんぼ、アルコ&ピース、ハライチなど、数々のパーソナリティーとどのように関係性を築き上げてきたのか? また、ラジオにおいてのエピソードトークについて持論を聞いた(前後編の前編)。


【写真】TBSラジオ「JUNK」の統括プロデューサー宮嵜守史

──『ラジオじゃないと届かない』を拝読させていただきました。宮嵜さんにとってラジオの原体験は高校時代だったんですね。

宮嵜 正確に言うと、中学生の時に親の車に乗っているといつもTBSラジオが流れていました。群馬だったので、AMだとニッポン放送や文化放送よりTBSラジオの電波が入るんです。戸田市に送信所があるからだと、ラジオ局で働くようになって知ったんですけど(笑)。高校に入ると、複数の学校の生徒が下宿している寮に入ったんですけど、部屋にテレビをおくことができなくて、食堂で観るしかなかったんです。

工業高校のグループがチャンネル権を持っていたので、観たい番組が被らない限りは食堂にいることもなく。部屋で、パナソニックのコブラトップと呼ばれていたラジカセでラジオを聴こうと、大沢悠里さんのジングルが耳に残っていたので954にダイヤルを合わせたら『岸谷五朗の東京RADIO CLUB』が流れてきて、それからラジオを聴くようになったんです。最初は、寂しさを紛らわしたくてラジオを聴いていましたね。特に就寝前は、誰かが傍で起きてくれている感覚が心地よかったんです。

──聴いているうちに身内感は出てきましたか?

宮嵜 半年くらい聴き続けて、番組に出てくる固有名詞がわかるようになってから、そんな感覚にもなりました。ただ、自分からハガキを投稿することはなかったんです。
深夜でいえば、宮川賢さんの『パックインミュージック』もよく聴いていました。リスナーからタッパーに入ったうんちが送られてきたり、ちん毛を抜いた本数でバスに乗車できるか決まるツアーがあったり、「何コレ?」ということがたくさん起きていたんです。

──大学時代やAD時代は社会性に欠けていたと書かれていますが、ディレクターになってからはパーソナリティーの方との距離が近く、信頼されているように感じます。どこかのタイミングで、いわゆるコミュ力が高くなったのでしょうか?

宮嵜 いまもコミュ力は高くないんです。世代で片付けたくありませんが、僕はいわゆるロスジェネ世代で、就職が厳しかったんです。稼業(温泉まんじゅう屋)があるので「ダメだったら実家に帰ればいいや」と思いつつ、教職採用試験は落ちて、テレビの制作会社も落ちて。諦めかけていた時に、バイトをしていたラジオのADで他の番組にも呼ばれるようになったので、ラジオがしがみつく場所になったんです。本当は内弁慶で、ひとりでいることが好きなんですけど、「パーソナリティーとしっかり対話して、ディレクターとして認めてもらえないと、この場所にいられなくなってしまう」という強迫観念が常にあって。

──だから、パーソナリティーの方と強い信頼関係を築くことができた、と。

宮嵜 信頼されることを目的にしているわけではなく、番組が終わると食い扶持がなくなってしまう。どうせなら自分の好きな番組をやりたいけど。どんどん自分が望まない番組の担当になるかもしれない。
そんな想いから生まれた献身だと思います(笑)。

──極楽とんぼとの対談で、CMに入るタイミングに逡巡したエピソードが書かれていますが、「放送が始まったら舵取りをする」ディレクターにとって、CMに入るタイミングを決めることも重要な役割なのでしょうか。

宮嵜 『極楽とんぼの吠え魂』で、「このままだと時間がパンクして放送事故になってしまう」と、話のオチでもなんでもないところでCMに行ったんです。その後、おふたりに謝りつつ説明したら、加藤(浩次)さんが「CMなんか宮嵜が面白いと思ったタイミングでブチ込んでいいんだよ」と言ってくださって。その瞬間は気持ちがラクになったけど、そのあと「じゃあどんなタイミングでCMを入れたらいいんだ」と悩みました。

当時は、「芸人さんが盛り上がったところでCMに入ったら、自分がリスナーだったら『CM明けも聴こう』という気持ちになれるだろう」と、そのほうがいいと信じていたんです。いまは、どちらでもいいのかなって。JUNKでいうと、バナナマンや爆笑問題はちゃんと振ってからCMにいくことが多いと思うんです。パーソナリティーによって色が違うので、深夜にお笑い芸人がしゃべっている番組は、全部が全部、笑いでCMにいったほうがいいわけではありませんから。

──一般的にラジオはどのメディアよりも“ニン”が出ると言われています。キャスティングする際、パーソナリティーの“ニン”は考慮しますか?

宮嵜 そうですね。ハライチは、まずネタを見て「なんでこんなに面白いネタを考えられるんだろう」と興味を持って、話してみたら「ラジオ向きだな」と思ったんです。
ただ、僕はそれほどキャスティングしていなくて。番組ができる保証もないところから動き始めたハライチは稀なケースで、おぎはやぎの場合は「極楽とんぼの空く枠があるけど、誰かいないか」と用意された場所がある状態で選ぶことができましたから。

──おぎやはぎやバナナマンの番組は、ラジオの定番であるエピソードトークがなくても成立しています。

宮嵜 否定しているように捉えてほしくないんですけど、エピソードトークをする番組だけが正解というわけじゃないと思っていて。

──著書のアルコ&ピースさんとの対談で「体験じゃなくて、何を思ったか」と書かれていました。

宮嵜 僕がリスナーとして聴いている理由は、「毎回毎回、すごいオチが待っているから」ではなくて、その人に興味があるから聴き続けているんです。誰にでも起こりうることが、その人のフィルターを通すと面白くなっている、という「人を聴いている」感覚なんです。「トイレが壊れていた」という同じ出来事でも、どこに目線をおくか、どこを膨らますかはパーソナリティーによって異なるので、その人が自分にとって興味を惹かれるフィルターを持っているのかどうか、だと思います。

──それが調味料の話でもいいと。

宮嵜 パーソナリティーには、「すべらない話をしなくていいです」と伝えています。面白いオチがあるエピソードがあれば、それはそれでいいんですけど、毎週そんなことが起きるはずはない。だから、毎週とってつけたようなオチを聴いていると、僕はリスナーとして「嘘っぽい」と思ってしまうんです。
だったら、「この人に興味があるから」という理由で聴いたほうがいい。

強烈なエピソードトークじゃなくても、その人がどう感じて、どう行動に移したか、それが結果的に面白くなっていればいいんです。その「面白」も「爆笑」である必要はありません。ラジオは人間を味わうメディアだと思うので、矢作兼が、岩井勇気が、どんな人で、どんな考え方を持っているのか、そこに人柄が滲み出ていればいいんです。

▽『ラジオじゃないと届かない』
発売:ポプラ社
定価:1760円
https://onl.bz/gFGq7FX

【後編はこちら】伊集院光、爆笑問題、バナナマンら勢揃いの神番組の裏側をプロデューサーが語る
編集部おすすめ