毎週月曜22時から放送中のドラマ『転職の魔王様』(カンテレ・フジテレビ系) は仕事のリアルがギュッとつまった作品である。ブラック企業を退職した未谷千晴(小芝風花)は叔母の落合洋子(石田ゆり子)が社長を務める人材会社のシェパードキャリアで見習いとして働くことに。
千晴の教育係となった来栖嵐(成田凌)は“転職の魔王様”の異名を持ち、千晴だけでなく求職者にも一切の甘えを許さない冷徹な対応をとる。ただ、嵐の言葉に求職者達は徐々に自身のキャリアと真剣に向き合うようになり、“なぜ働くのか”を見つけていくヒューマンドラマだ。終身雇用という働き方が揺らぐ現代社会にピッタリな本作をどのように制作しているのかなど、プロデューサーの萩原崇氏に話を聞いた。

【写真】『転職の魔王様』第9話場面カット【10点】

小説『転職の魔王様』(PHP研究所)が原作ではあるが、なぜドラマ化しようと思ったのか聞くと、「2~3年前に『転職の魔王様』の小説を読んで引き込まれました。小説は5つのエピソードが入っているのですが、当時私は40歳手前で『自分の市場価値ってどうなんだろう?』など自身のキャリアを考える機会が多い時期でもあり、その全てのエピソードに共感するポイント、考えさせられるポイントがありました」と話し始める。

「加えて、転職に特化したお仕事系のドラマはあまりなく、『ドラマ化したら新しい見せ方も表現できるのでは?』と考えました。
また、転職に対する意識が高まっている昨今、『今、このタイミングでやる意味がある題材だな』と思ったことも影響しています」

次にキャスティングに関して聞いた。まず嵐役に成田を抜擢した背景として、「映画『スマホを落としただけなのに』(東宝)では浦野善治という怖さの中にもカッコ良さを感じるダークなキャラを演じていました。その底知れる怖さと言うか、深さみたいなものは嵐にピッタリだと思ってオファーしました」という。

「小芝さんは2年前に制作した『彼女はキレイだった』に出演してもらったことがあるのですが、その時に“健気に頑張るヒロイン”を演じてもらいました。千晴も同じように不器用だけど応援したくなるキャラですので、小芝さんならハマるだろうと思ったんです」

小芝と言えば4~6月に放送された『波よ聞いてくれ』(テレビ朝日系)で、一度スイッチが入ったらマシンガントークをぶちまける荒っぽい金髪女性・鼓田ミナレを演じていた。千晴とは正反対のキャラクターを前クールに演じており、本作の演技に多少なりとも影響があったのではないか。


萩原氏は「小芝さん本人も当初は『切り替えが難しい』と話していましたが、撮影が始まってしまえばその不安を全く感じさせませんでした。1話目から完璧に“社畜”を演じていました」とその演技力の高さを絶賛した。

本作の一番の魅力は嵐の言葉である。厳しい言葉がいくつも魔王様の口から飛び出すが説教臭さは感じない。耳が痛いセリフはあるが不思議と前を向きたくなる。嵐が厳しい言葉を投げかけるシーンではどういった配慮がなされているのか。


萩原氏は「『嵐を説教や正論を言いたいだけの人にしてはいけないよね』ということは現場で話していました。決して怒鳴る方向にはせず、語尾も長すぎず短すぎず、杖をカツンと鳴らすタイミングを計算するなど、“最後は求職者が自ら決断を下す”という形に自然に持っていけるように試行錯誤しています」と答える。

「嵐は事故によって足に障害を負っており、フットワーク軽く動けるわけではありません。主人公ではあるもののスーパーヒーローではなく、生身の人間であるということは大事にしています。例えば、杖の持ち方や歩き方など、”偉ぶっている人”という雰囲気にはならない役作りや映し方を徹底しています。

また、本作を制作するにあたり、実際にキャリアアドバイザーとして働く人達に取材しました。
そこで『決して教える立場ではない』『いかに求職者に寄り添うかが大事』ということを聞けたことも大きかったかもしれません」

ここからは特に気になったエピソードを掘り下げたい。5話では嵐は自身の過去に向き合い、そして乗り越えることができた。千晴はシェパードキャリアの社員となり、キャリアアドバイザーとしての第一歩を踏み出した。まだまだ5話にして“最終回感”が漂ったがなぜこういった内容になったのか。

「“メインどころが毎話成長していく”という方向にしたかったんですよね。嵐が過去と向き合うことも、千晴が社員になることもラストに持ってきてしまうと、全体を通してみた時に2人の成長スピードがかなり緩やかになってしまう。
それは避けたかったため、5話で一旦一区切りつける展開にしました」

6話では転職を繰り返す40歳手前の営業マン・八王子道正(宮野真守)がメインの回。八王子演じる宮野は“得意”の顔芸を幾度も披露するこれまでにはない求職者だった。若干暴れ過ぎな印象もあったが宮野の演技はどのような指示を出していたのか。萩原氏は「現場でいきなりあの顔の演技を見せられ、最初はかなり驚きました」と振り返る。

「監督から宮野さんに『遠慮せずにやってください』『やり過ぎた時はストップをかけるので』と伝えました。とても明るくかつコミカルに演じてもらったほうが、後半に八王子が抱える不安や不満が顕在化した時にギャップが生まれ、『どれだけ八王子が苦しんでいるのか』ということを視聴者に感じてもらいやすくなるので。


ただ、八王子の同僚・小池(西垣匠)を演じた西垣さんからは『宮野さんと演技する時は笑いをこらえるのが大変でした』という“苦情”も寄せられました(笑)」

また、7話では妊娠や出産、育児をする人が、職場の人などに過剰な負担を与えるハラスメント“逆マタハラ”を取り上げていた。かなりセンシティブなテーマではあるが、放送終了後には逆マタハラに苦しむ皆川晶穂(黒川智花)、逆マタハラをしてしまった皆川の先輩社員・日下部さやか(村川絵梨)のどちらに対しても、共感の声が少なくなかった。

“逆マタハラ”を軸にするうえで気をつけたこととして、「『絶対に妊娠中の女性や育児をしながら働いている人が責められないようにしよう』『皆川は決して日下部が悪いと思っているわけではなく、憎みたくて憎んでいるわけでもない』と視聴者に思わってもらえるように取り組みました」という。

「また、見ようによっては皆川が日下部を“逆恨み”しているように思われる可能性もあるため、皆川の回想シーンを多くしてバランスを調整しました。ただ、7話では伝わり切らない部分も多かった回でした。皆川は再び以前の職場に再就職するのですが、『元の職場に復帰するなんてありえない』というSNSの声もありました。

私達としては“好きだった仕事を辞めざるを得なかったけど、職場環境が改善されて元の会社に戻れる”という結末は夢があって良いとは考えたのですが、そう思わない方も結構いることに驚きました。仕事に対する価値観は本当に多種多様なのだと勉強させてもらいました」

最後に今後の『転職の魔王様』をどのように楽しんでほしいのか聞くと、「自分自身の生き方、働き方を考えるポイントになる、そんなドラマになれたら嬉しいです。各話に登場する求職者は十人十色の悩みを抱えているため、自分自身と同じ悩みを抱えている求職者はいるでしょう。その登場人物に自分を投影したうえで、嵐の言葉を聞いてもらえると良いなと思います」

各話でしっかりテーマを持って、それらを共有しているからこそ、見ている人が共感できる物語が多いのかもしれない。残りの話でもキャリアに迷う求職者が出てくるだろう。嵐と千晴がどのような道を示すのか楽しみにしたい。

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