第96回アカデミー賞で、作品賞を含む11部門にノミネートを果たし、18禁指定も納得の刺激的な描写も話題になっている『哀れなるものたち』。一般のシネコンなどでも拡大公開となり、世界中でヒット記録を更新中。
今回、映画評論家の有村昆が、本作の見どころ、そして「お供映画」として、『哀れなるものたち』を観る前後に“ついでに”観ておくとより楽しめるという作品を紹介。最旬話題作に切り込みます!

【写真】『哀れなるものたち』に切り込む有村昆

『哀れなるものたち』は、人気女優のエマ・ストーンと、鬼才ヨルゴス・ランティモス監督という、『女王陛下のお気に入り』でも組んだふたりが、満を持して挑んだ作品です。

お話のベースになっているのは、モンスター映画の古典である『フランケンシュタイン』。正確にはフランケンシュタインというのは博士の名前で、彼が作った人造人間のことは「フランケンシュタインの怪物」と呼ぶんですが、本作は、その怪物の女性版のようなベラによる自分探しの旅をファンタジックに、そして生々しく描いていきます。

若くして自殺を図った女性。そのお腹の中には赤ちゃんがいた。
それを哀れんだ、ウィリアム・デフォー演じるゴドゥイン・バクスター博士は、その胎児の脳を死んだお母さんに移植して、人造人間ベラ・バクスターとして蘇らせるんです。

ベラは、見た目は大人だけど中身は子供という、名探偵コナンくんの逆のような状態。最初は食べ物すら自分で食べられませんが、その精神は赤ちゃんから幼児、そして少女へと成長していきます。

そんなベラを、エマ・ストーンが特殊メイクなどせず、見た目はそのままで演じ切るのが、まず凄いです。魂が乗り移ったかのような演技は、この作品の大きな見どころとなっています。

そんなベラに、ゴドゥイン教授の助手の男の子が恋するんです。
思春期の淡い恋が芽生えて、それでは結婚しようということになり、その契約書を作成するために弁護士のダンカンを呼びます。

マーク・ラファロが演じる、このダンカン弁護士は、口が達者な遊び人のオジサンで、ベラのことを気に入って旅行に連れ出そうとする。ベラちゃんも、もっといろんな世界を知りたいという気持ちになって、駆け落ちのように飛び出してしまうんです。

魅力的なベラには、旅先でいろんな男たちが寄ってくる。そして船のなかで、ある仕事をしているマダムと出会い、旦那に養ってもらうよりも自立しなさいと勧められ、娼婦として働くことになる…というのが序盤の展開です。

女性の自立とは、体を売ること、という極端な描かれ方をしてますけど、ベラはいろいろな書物を読んでちゃんと考えた上で、体を売ることが何か悪い、 それこそが女性の自由だという考えに至るんです。


男性が女性を管理しようとする社会から解き放たれて、真の自立に繋がっていくという、フェミニズム的なテーマに焦点が当たっていきます。

そこで重要になってくるのが、ベラは無垢な人造人間ということなんです。メアリー・シェリーによる小説『フランケンシュタイン』は、いままで何度も映画化されていますが、最も有名なのは1931年に製作された、ボリス・カーロフが怪物を演じた『フランケンシュタイン』でしょう。

もう93年近く前の映画なんですが、この作品でも、生まれたばかりのフランケンシュタインの怪物が自我の芽生えに戸惑い、異形な存在として大衆から排除されるという展開があります。

さすがにいま観るとベタというか古典的で、もう何度もコスられまくったような表現がたくさん出てきますが、この原典を観ておくと、『哀れなるものたち』がより楽しめると思います。

他にも「人造人間映画」で括ると、ジョニー・デップが主演した『シザーハンズ』がありますよね。
この作品にも、異形の存在の哀しみというテーマが入っています。大衆から奇異な目で観られて、やがて排除されるというのは、『キングコング』とか、『美女と野獣』にも出てくるような定番の展開です。

異形の存在との関係というテーマでいうと、ギレルモ・デル・トロ監督の『シェイプ・オブ・ウォーター』も添えてみたいですね。サリー・ホーキンスが演じる清掃員が、研究所にいた半魚人に恋をするという話なんですけど、あれは人魚姫伝説、ディズニーでいうところの『リトル・マーメイド』をひっくり返した設定ですね。

こうした異形もの映画に、男女差別や性搾取の問題を加えてアップデートしたものが『哀れなる者たち』といえるかもしれません。

『哀れなる者たち』を観て、「女性が体を売ってお金を稼ぐなんてけしからん」というネガティブな意見を持つ人もいるかもしれません。
でも、特定のパートナーがいない、結婚もしてないなら、個人の自由だというのも正論です。こうした考えについていけないのは、だいたいは男たちのほうなんですよね。ベラは「倫理で価値観で縛ってくるけど、それはあなたが私のことをカゴの鳥にしたいだけなのでは?」という真理を突きつけてくるんですね。

ただ、この『哀れなるものたち』のいい所は、そんなテーマを寓話的に描くことで、生々しくもファンタジックに表現しているところです。

なんといっても衣装や美術が豪華絢爛。この作品の世界観はスチームパンクという、蒸気機関が発展した架空の未来で、細かなところまで凄くよく出来ている。


その凝りに凝った美術セットは、実物大でめちゃくちゃ広大に作ったそうです。ぜんぶ歩くだけで30分かかるそうで、そのままテーマパークにして開放してもいいんじゃないでしょうか。

そんなファンタジックな雰囲気のなかで、ガツンと芯が通っているのが、エマ・ストーンの存在感です。もう体当たりの演技とかいうレベルじゃなく、すべてさらけ出しています。あの、『アメイジング・スパイダーマン』のグウェンが、『ラ・ラ・ランド』のミアがここまでやるんだという驚きと、そこまでやらなくてもいいのにという気持ちが同時に沸き起こります。

エマ・ストーンは、本作で今年のアカデミー賞の主演女優賞にノミネートされていますが、これは取るでしょう、というか、ぜひ取って欲しいと思いますね。

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