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1つ目の衝撃は、第4話のラストで市郎(阿部サダヲ)のことを「お父さん」と呼んでいた謎の男の正体が、純子(河合優実)の夫・犬島ゆずる(古田新太)だったこと。純子の相手は、キヨシ(坂元愛登)ではなかったのだ。2つ目の衝撃は、渚(仲里依紗)はゆずると純子の間に生まれた一人娘だったこと。すっかり市郎と渚の時空を超えたラブストーリーが展開するものと思いきや、まさか祖父と孫だったとは。
そして3つ目の衝撃は…これが最大の驚きだったのだが…市郎と純子は阪神・淡路大震災に巻き込まれ、1995年に命を落としていたこと。昭和と令和のギャップをつまびらかにするタイムトラベル・コメディと思って観ていたら、突然“震災”という過酷な記憶がドラマに侵食してきたのだ。
思い返してみれば、宮藤官九郎は連続テレビ小説『あまちゃん』(2013年)で東日本大震災を、大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』で(2019年)関東大震災を物語に織り込んでいた。舞台や時代設定を考えれば、それは決して避けられるものではなかっただろう。だが『不適切にもほどがある!』では、わざわざゆずるの実家を神戸という設定にしてまで、阪神・淡路大震災を物語の中心に据えている。そこには、作り手の確固たる意思があるはずだ。
第6話の予告編で、市郎は1986年に戻ったことが示唆されている。9年後に発生する、阪神・淡路大震災までのカウントダウン。
これまでも本作は、多様性に対する描き方に否定的な意見もSNSで投稿されてきた。安易に震災を描くことになれば、比べものにならないくらいに批判が巻き起こることだろう。もちろん宮藤官九郎は、そんなことは分かりきったうえであえて選択したのだろう。
今回のエピソードを鑑賞して、ふと思い出した作品がある。新海誠監督のアニメーション映画『すずめの戸締まり』(2022年)だ。女子高校生の岩戸鈴芽が、閉じ師の宗像草太と一緒に災いの元となる“扉”を閉じていくこの物語でも、東日本大震災が真正面から取り上げられていた。そして、フィクションが不意にリアルと接続することで、哀しい歴史が物語として消費されてしまうことに、少なからず批判の声もあがった。
もちろん、その批判は理解できる。だがそれ以上に、新海誠はフィクションの力を信じ、芸術が内包する治癒力を信じて、傷ついた私たちを癒そうとしたのではないか、とも感じた。それが、作家の傲慢主義と思われようとも。
この先、『不適切にもほどがある!』がどんな物語を紡いでいくのかは分からない。だが、第5話で大きくギア・チェンジしたことだけは確実だ。まだまだ我々は、このドラマの全容を知らない。第6話の放送を楽しみに待とう。
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