思わずため息を漏らしてしまう瞬間がある。連続テレビ小説『虎に翼』を見終わった後である。
番組最後に”わたしの翼”の写真が流れているころには机に突っ伏しているときすらある。漏れ出るため息は上手く言葉になってくれない。軽々しく何かを言えない状態になってしまうほど、『虎に翼』には一ミリたりとも隙がないのである。

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今作には、「適齢期の女性が結婚をしないのは地獄行き」から始まり、女性特有の身体の変化や”女性らしさ”の押し付けによる生きづらさ、結婚・出産でキャリアを諦めなければならない理不尽さ、仕事に励めば視聴者に「子どものことは?」と突っ込まれる矛盾さ…とにかく日頃感じている小さなモヤモヤがこれでもかと詰め込まれている。

寅子や寅子の周りの女性たちが抱える悩みを見ていると、自分が日頃友人と共有している悩みとさほど変わらないことに気づく。「転職先の面接で結婚の予定があるか聞かれた」「育児休暇を取ったら社内のポジションが下がるかもしれない」「生理痛で仕事を休むのが気まずい」…特に気に留めることなく話していた話題も、ドラマを見ていると「これって”はて?”と思っていいのかも」と思い知らされることもあった。


約100年前と同じ悩みが生まれるほど社会の風潮が変化していないことに驚くが、今から100年経っても同じような悩みは存在しているだろう。なぜなら”生きづらさ”は千差万別で、さらには「自分の生きづらさには敏感でも、人の生きづらさには鈍感」である人が大半だからだ。

恥ずかしながら、私も恐らくそのうちの一人である。『虎に翼』で描かれてきた女性の生きづらさには首がとれるほど頷いていたくせに、寅子が弟・直明に「一家の大黒柱になんてならなくていい」と言い放った場面で初めて男性が抱える生きづらさに気が付いた。「長男だから家を継がないといけない」だとか「夫の方が妻より稼ぐべき」だとか、いつの間にか植え付けられていた固定観念によって、誰かを傷つけたこともあったかもしれない。

現段階で政治を担っている人の大半が男性であるのだから、男性たちが自分の生きづらさを改善するように働きかけるのは当然だろう。
しかし、それでは女性の生きづらさは加速する一方だ。悲しいかな物語の中で生きづらさの解決法は示されていない。ではどうすればこの”生きづらさ”がマシになるのか。思い悩んだ末、「100年先を見据えて明日を生きるしかない」という考えに至った。

今生きづらさを訴えたところで突然何かが変わるわけではない。そもそも誰に訴えたらいいのかも分からない。
それでも、100年先ならば何か一つでも変わるかもしれないと希望を持つことはできる。そのためにはもっと自分と他人の生きづらさに敏感になった方がいいだろう。寅子は「自分の生きづらさに異様に鈍感」タイプな気がしているが、隣にいたのが「人の生きづらさに異様に敏感」な優三だったことが唯一の救いだったはずだ。

寅子が生きる時代では、残念ながら「女性弁護士の誕生=女性弁護士の活躍」には至らなかった。試験に受かることすら男性よりハードルが高く、受かったとしても変わり者扱いされたのが現実だ。だがそこで寅子たちが踏ん張ってくれたからこそ、100年後の今、女性弁護士は当たり前に存在するようになった。


主題歌の『さよーならまたいつか!』の一節「さよなら100年先でまた会いましょう 心配しないで」…これこそが100年前の時代を生き抜いてくれた寅子たちからのメッセージであり、私たちが後世を生きる人たちに伝えるべきメッセージなのではないだろうか。私たちが今できることは、100年先に投資するつもりで「明日」という直近の未来の生きやすさを積み重ねていくことなのだ。

今抱えている生きづらさはすぐに解決することはない。だが、生きづらさを抱えているのは自分だけじゃないと確かに分かる。明日も何とか生きてみようと思える。そう思わせてくれたことへの、称賛と安堵のため息なのである。


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