【写真】昭和から令和へ、時代と共に変わる“家族の形”『おむすび』第24週【5点】
『おむすび』ではこれまで、“米田家の呪い”すなわち“米田家の血筋”が大きなテーマとして描かれてきた。「それでこそ米田家の人間」というセリフも度々登場するほど、発端となった永吉(松平健)から、聖人(北村有起哉)、結(橋本環奈)、花(新津ちせ)へと呪いは脈々と受け継がれている。
そんななか第24週では、言ってしまえば“米田家の血筋”ではない佳代(宮崎美子)と愛子の親子関係が描かれた。第117回、愛子は聖人に「一緒に糸島に移住しよう」と持ち掛ける。しかし聖人は神戸を離れる気はさらさらなく、「おふくろは俺がきちんと説得する」と全く取り合ってくれない。
佳代は永吉が亡くなったあとも、畑を耕しながら糸島で暮らしている。年齢的にもいつ何が起こるか分からないにも関わらず、母親と向き合おうとしない聖人に「こういうところだぞ」と言いたくなったのは私だけではないだろう。愛子は「糸島で暮らし続けたい」という佳代の本音を聞くため、一人、糸島に向かった。
愛子の顔を見て心から喜んだ佳代は、「糸島でやりたいことがたくさんある」と糸島に住み続けたい理由を明かす。糸島は佳代の故郷であり永吉と過ごした思い出の場所だが、それ以上に佳代自身のやりたいことが詰まっている場所だったのだ。佳代の夢を聞いた愛子は、自分の中にも叶えたい夢があると気づく。それは「親と一緒に暮らす」だった。
18歳で家を飛び出して家族と縁を切った愛子は、孤独な状況で聖人に出会い、米田家の一員になった。それからは結や歩(仲里依紗)、聖人の夢を全力で励まし支えてきた。唯一自分の楽しみとして続けていたブログに書籍化の声がかかったときも、「結と歩が嫌な思いをするかもしれない」と断り、いつでも家族を優先してきた愛子。その裏には、自分の家族に対する罪悪感、後ろめたい気持ちがあったのかもしれない。
佳代はそんな愛子をごく自然に受け入れ、本当の娘のように愛情を注いでくれたのだと思う。コロナ禍に佳代を心配して糸島に向かったことや、いつの間にか「佳代さん」と呼ぶようになっていたこと、佳代から「娘」と呼ばれ目に涙を溜める姿など、これまで二人が“母娘”として丁寧に関係を築いていたことが伝わってきた。
そして第119回、「糸島は私の故郷。糸島には私の母親がいる。そんな大切な場所で、大切な貴方と一緒に暮らしたい」と、愛子から初めてのわがままを言われた聖人は、瞳を潤ませながら「分かった。行こう。一緒に故郷に戻ろう」と微笑んだ。涙もろく、人の感情を受け止めながら自分の気持ちを変化させられる聖人を見て「そうそう、彼のこういうところが好きなんだよな」と思い直したのだった。
糸島で一緒に暮らすことを決めた聖人と愛子を見守りつつ、もし永吉が聖人の立場だったら「絶対行かんたい」と頑固拒否していただろうなと、今は亡き豪快な姿を思い浮かべたりもした。
永吉・佳代夫婦はパワーバランスが夫に偏っている、まさに“昭和”な夫婦関係だった。永吉の言うことは絶対で、佳代はいつも「はいはい」と永吉についていく。息子である聖人も思うところはたくさんあったようだが、佳代本人が「幸せだった」とこぼしていたのだから、これも一つの幸せな家族の形であったことは間違いない。
そして聖人・愛子の“平成夫婦”は、決定権は夫が持っていながら妻も「私はこう思う」と伝えられる関係性。なんとなく「お父さんが何て言うかな」「お父さんに聞いてみないと」など、父親に許可を取らなければならないという空気感は残りつつ、その許可も100%絶対ではない、という絶妙な塩梅がリアルに描かれていた。
打って変わって翔也・結夫婦は、夫が妻の苗字を名乗り、共働きでありながら一家の主な生計を担うのは妻、家事・育児は夫の割合が多いという“令和”夫婦だ。どちらかにパワーバランスが偏ることもなく常に二人は対等。報連相は欠かさず、どちらかが独断で家族に関わる何かを決定することはない。結が管理栄養士を目指すときも、翔也が会社を辞めて理容師を目指すときも、行動に移す前にまず相談し、自分の気持ちを丁寧に伝えていたのが印象的だった。
時代と共に移り変わる三世代の“米田家”を見ていると、家族の形に正解はないのだなと改めて考えさせられた。そして自分が家族と過ごせる時間はあとどれくらい残されているのだろうかと、ふと寂しくなったりしたものである。
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