2000年代初頭。誰もがハロー!プロジェクトの曲を知っていた、あの頃。
中でも、ハロプロ──モーニング娘。を愛してやまないディープな“モーヲタ”が放っていた熱量はある種異様だった。そんな当時のファンのリアルを描いた『あの頃。男子かしまし物語』(劔樹人)の映画化決定を受け、あの時代をもう一度振り返る。
「これは一般的なアイドルヲタクを描いた映画ではなく、ハロプロのヲタクをテーマにした作品。しかも“ハロヲタ”がまだ“モーヲタ”(モーニング娘。のファン)と呼ばれていた時代の話です。原作者としては、そのあたりのディティールに強いこだわりがありました」

そう語るのは原作者の劔樹人。ハロー!プロジェクトの応援に全精力を注いだ時代の自伝的青春コミックエッセイ『あの頃。 男子かしまし物語』(イースト・プレス)が映画化されるということで、アイドルファンの間で大きな話題となっているのだ(2021年公開予定)。

しかし劔の細かいこだわりは、今の若いアイドルファンにはピンと来ないかもしれない。
なにせ当時のアイドル現場にはピンチケもMIXもガチ恋口上もTOもなく、それどころか握手会すらほとんど開催されていなかったからだ。接触イベントもないのに、どうやって推しを応援すればいいのか? そんな疑問の声も聞こえてきそうだが、それでも確かに青春という名の季節を現場で燃焼させる若者たちはいたのである。テキストサイトで自身の主張を展開し、mixiで仲間を募り、事務所非公認のDJイベントやトークライブで大いに盛り上がり、ヲタ芸のキレやヲタ系ファッションの過激さを競い合ったものだった。

それから月日は流れた。ハロプロの現場風景もすっかり様変わりし、今では会場によっては半分ほどが若い女性で埋まっている。それに伴ってか、ライブ中のジャンプすらも禁止されるようになった。この変化もまた、ハロプロが芸能界で生き残るためには必然だったのだろう。

作品のメガホンを取るのは新進気鋭の今泉力哉監督。『愛がなんだ』や伊坂幸太郎の恋愛小説を映画化した『アイネクライネナハトムジーク』、LGBTQと社会の在り方を描いた『his』など次々に話題作を発表している。すでに今泉が手掛ける最新作というだけで、『あの頃。』はアイドルファン以外からも注目されているほどだ。

そしてなんといっても主役の劔を演じるのが、あの松坂桃李ということが物議を醸している。
「『とうとう頭がおかしくなったか』と周りからは言われるんですけど」と劔は苦笑いしつつ、「松坂さんの演技を見ていると、若い頃の僕がいるんじゃないかと錯覚してしまう。それくらい演技が迫真に迫っているんですよ」と太鼓判を押す。

現在はミュージシャンや漫画家としてマルチに活躍する劔だが、大阪でくすぶっていた“あの頃”は単なるしがないあやや(松浦亜弥)ヲタでしかなかった。だがそこには大切な仲間との出会いや死別があり、何よりもハロプロに対する純粋無垢な愛情があった。

劒自身がハロプロに本格的にハマったのは03年からだという。これはモーニング娘。が99年の『LOVEマシーン』を皮切りに『恋のダンスサイト』『ハッピーサマーウェディング』『I WISH』『恋愛レボリューション21』『ザ☆ピ~ス!』『Mr.Moonlight ~愛のビッグバンド~』とメガヒットを連発した時期と若干のズレがある。特に02年には俗にハロマゲドンと呼ばれる大規模な構造改革が敢行され、ライト層が一斉に離れた。それゆえに先鋭化した濃いヲタクが残った時代ともいえる。

アイドルの歴史は、そこに付随するヲタクを抜きには語れない。AKB48ももいろクローバーZも独自のヲタク文化を形成したからこそ、一時代を作ることができたのである。当時のモーヲタが作ったシーンからは様々な才能を持った人間が世に出たし、中には現在アイドルを運営する側で陣頭指揮を執る者もいる。
パンクやヒップホップなどと同様に、音楽を介在した一大ムーブベントだったことは間違いないだろう。

本気でアイドルを応援した者なら誰でも持っている特別な自分だけの“あの頃”。おもいっきり笑って、そして泣けるヲタ青春群像劇を本誌は引き続き応援していきたい。

(文/小野田衛)
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