今回お届けするのは、愛媛FC所属の森谷賢太郎、名古屋グランパス所属の長谷川アーリア・ジャスール2名の独占インタビュー。
新型コロナウイルス感染拡大により日常生活が制限されていた中、自身らで立ち上げたプロジェクト「ROOTS.」について、これまで3回行われたオンライントークセッションの様子について、今後の展望や日本と海外サッカーに対する自身の経験や思いに至るまでを、たっぷり語ってくれた。
「ROOTS.」とは、横浜F・マリノス下部組織で一緒にプレーしたメンバー6名(森谷賢太郎、長谷川アーリア・ジャスール、田代真一、武田英二郎、山岸純平、齋藤陽介)によって発足したプロジェクト。6名がこれまでの経験やスキル、思いを伝えることでサッカーやスポーツを楽しむ子どもたちが更なる成長や楽しみのきっかけを持てる場を創出したり、ファンやサポーター、サッカーに関わる人々が楽しめるようなコンテンツを発信していくというものだ。
6月に行われた計3回の「ROOTS.」トークセッションでは、小学5年生、6年生で構成されているサッカーチームが6人のメンバーとの交流を楽しみ、質疑応答、選手たちによるアドバイスなどを受けた。
Jリーグ再開も控える中、子供へのアドバイスやコンディション調整に至るまでを丁寧に語ってくれた2人のインタビューをお楽しみください。聞き手はダビデ・ウッケッドゥ。

改めてサッカーというスポーツの素晴らしさを感じさせられました
「ROOTS.」を立ち上げたきっかけはどのようなものでしたか?
森谷賢太郎(以下森谷):僕たち「ROOTS.」のメンバー6人は、横浜F・マリノスの下部組織で高校生の時から3年間一緒に過ごしました。その後僕は大学に行き、アーリア(長谷川選手)はそのままトップチームに上がったりと、それぞれの歩む道が違ってもずっと連絡取り合っていたんです。そして新型コロナウイルスという問題が出た時に、僕たちにできることは何かを6人で話し合い、小さいことでもやれることをやりましょうと、このプロジェクトを立ち上げました。
6人の中でリーダーは誰ですか?
長谷川アーリア・ジャスール(以下長谷川):一応どんなことでも6人で話し合っていますが、声をかけてくれたのは賢太郎(森谷選手)でした。それに対して僕たちメンバーは「みんなでやって行こうよ」とすぐに反応し、賛同しています。なので僕たちの中でリーダーは森谷賢太郎です。立ち上げを決めてからは協力者がたくさん現れ、サポートしてくれています。その方々も巻き込んで、これからもいいものを作っていけたらいいかなと思っています。
森谷:僕自身はリーダーだと思っていないですね。

タイの小学生との1回目のトークセッションはどうでしたか?
森谷:これまで「ROOTS.」では3回トークセッションをして、いろいろな質問に答えました。タイに住む小学生は日本人だったのですが、彼らは日本でサッカーをやらないとJリーガーになれないんじゃないかという悩みを持っていると感じました。「ROOTS.」のメンバーの中には幼少期を海外で過ごした選手がいて、彼の話はすごくいいアドバイスになったと思いますし、僕たちも「こんな考え方もあるんだね」と学ばされた感じです。また、タイの小学生が積極的で、とても有意義な時間を過ごすことができました。
長谷川:初めてトークセッションに参加する小学生の募集を出した時には、まさかタイのチームが手を挙げてくれるとは思っていませんでした。仲のいいメンバーだけで「ROOTS.」を立ち上げ、いきなり国をまたいで彼らと繋がることができました。改めてサッカーというスポーツの素晴らしさを感じさせられましたね。これがきっかけで、僕たちがタイに行って何かできるかもしれませんし、あるいは彼らを日本に招待できるかもしれません。多くの可能性を感じました。
日本人の選手がヨーロッパの選手に憧れるように、東南アジアの選手は日本のサッカー選手に憧れていると言われています。タイの小学生からそのような憧れを感じましたか?
長谷川:そうですね。

どんなに辛いことがあってもサッカーを好きで居続けること
子供がプロになる夢を叶えるのに一番必要なものは何ですか?また、支える親からはどんなサポートが必要だと思いますか?
森谷:どんなに辛いことがあってもサッカーを好きで居続けることですね。そうじゃないとプロ選手になれないと思います。「ROOTS.」のトークセッションでは様々なトピックについて話しましたが、子供たちにサッカーを好きでいてほしい、続けてほしいという想いをもって各メンバーが話してくれたと感じました。
僕の親はプロになるために色々な支援をしてくれました。ジュニアの時からマリノスのアカデミーのメンバーでしたが、練習場まで電車で通わなければならなかったので交通費が発生していました。それ以外に月謝もかかっていましたし、食事の面でもサポートが必要でした。僕自身が親になってわかりましたが、本当に計りしれないサポートをしてくれたと思います。親は僕の前では苦労など見せなかったのですが、好きなことを何の不自由なくやらせてもらっていたというのはすごくありがたいですし、そのおかげでサッカーを続けられたと思います。
長谷川:賢太郎と同じように、僕もパパになって、何の不自由もなくサッカーをやらせてくれたことを当たり前ではないと感じるようになりました。もちろん子供の時から親に感謝はしていましたが、感謝の捉え方は昔と全然違います。今僕たちは子供達に向けた夢、希望などについて意見を出したりしています。でもどのようにプロ選手を育てたか気になっている親はたくさんいると思いますので、次の一つのコンテンツとして「子供の夢を支える親」というテーマを取り上げることも面白いですね。

最近は10代のうちから海外に行く人が多くなってきていると思いますが、10代を振り返った時、海外サッカーに対してどう考えていましたか?
森谷:今の中学生や高校生は海外を意識してサッカーをやっていますが、僕はJリーガーになるということしか考えていませんでした。マリノスのようなクラブにいたからこそ「トップチームに上がる」という目標を設定しやすかったかもしれません。「海外に行って活躍する」という目標まで設定ができなかった僕としてみれば、今の子たちはすごいなと思います。しかし、僕たちJリーガーが目標にされていないなと思ったりすることもあります。
これは日本の悪いところだったかもしれませんが、僕らが若かった時は、高校生がJリーガーになり、チームのレギュラーとして活躍して、日本代表に選ばれて初めて海外に行けるという風潮でした。「海外に行きたい」という言葉を口にしたら「海外をなめているの?Jリーガーも無理でしょ!」と言われましたね。そういう流れはなくなってきて、直接海外に渡る事例がどんどん出てきました。直接渡った選手らが道を開拓したからこそ、今の若い選手はJリーグでプレーせずに海外に行けるという感覚を持ち始めたと思います。
長谷川:もちろんJリーグで活躍して、日本代表に選ばれて海外に渡りたい人もいれば、最初から海外に行って結果を出したい人もいます。
ただ、日本で活躍して代表に選ばれることによって海外のチームに注目される可能性が高くなります。昔は特にそうだったと思います。今はDAZNや様々なプラットフォームがあるので、オンラインで色々な選手のプレーを見ることができるようになりました。でも昔は日本代表に選ばれて大きな大会に出ていない選手のプレーを確認するには、わざわざ日本まで見にくる必要がありました。時間とお金がたくさんかかりましたね。
海外への道を切り開いた選手のことは忘れては行けないと思います。今の若いサッカー選手が海外でプレーすることが当たり前になったのは、中田英寿を始め、中村俊輔、香川真司など海外に行って活躍した日本人選手がいたからこそだと思います。
僕の場合、海外に行けた時はもう27歳で遅かったのですが、子供の時から海外でやりたいと思っていました。父は日本人ではなくイラン人であることもあって、普段の生活の中にも国際的な感覚がありました。なので海外に対して「壁」というものをあまり感じませんでした。Jリーグでプロになってから、指導してくれた監督(2014年セレッソ大阪の指導者だった、ランコ・ポポヴィッチ)を通して海外に渡ることになりました。

海外では息をするようにサッカーは生活の一部
長谷川選手のレアル・サラゴサ時代。実際に海外でプレーをして感じたこと、海外生活の中で大変だったこと、日本との違いなどあれば教えてください。
長谷川:練習、選手の気迫など、日本とは全て違いましたね。トークセッションの時に子供たちに伝えましたが、スペインでは息をすることや歯を磨くことのようにサッカーは生活の一部と感じました。試合を観にくる人たちは目が肥えているというか、サッカーがとても詳しい人が多いです。ただ応援や声援に行くだけではなく「今のこのパスはどういう意味だったのか」や「ここでファウルをするのがどんなに大事なことだったか」など、サポーターが拍手するポイントが違いますね。その面では海外のピッチに立っていた時にはずっとシビアな目で観られている感覚がありました。こういう環境で戦っているからこそ、この人たちは強いんだなと正直思いました。
所属していたサラゴサはスペイン2部だったので、みんなは1部に行くことだけを考えていました。一人一人の選手が持っているエゴというか「俺がやってやる」という気持ちが強かったです。例えば、ゴールができるシーンで横にパスを出せば簡単に点が取れるのに、自分で決めに行く選手が多くいました。自分をしっかり出していかないと、この世界では生き残っていけないということをすごく感じました。

日本ではチーム練習が終わった後に多くの選手が自主練をします。外国人の監督にはオーバーワークなどと捉えられそれはあまり好まれないと聞きます。これに関してはどうですか?
長谷川:プロの世界になると体調管理などがとても大事になってくるので、自主練を嫌う監督もいますね。僕がスペインに行った時は、チーム練習の後に残って自主練をしていた選手はほとんどいなかったです。むしろ僕が練習後にリカバリーも含めてジョギングをやろうとすると「アーリアお前何やってるんだ?」と言われていました。練習すればするほど上手くなると思っている監督もいれば、選手の100%を引き出すメニューを考え、それをやってくれればオッケーというコンセプトの指導者もいます。これは確かに日本人監督と外国人監督の違いの一つですね。
森谷:これは日本人特有のことかもしれないですが、例えばレギュラーじゃない選手がチーム練習が終わった後に自主練をせず、すぐにシャワーを浴び、車で一番早く帰るという行動に対して「お前は試合に出られないのになんでもっと頑張らないの?」というふうに考える人は多くいると思います。また、日本でやる自主練は「自分はこれだけ頑張って練習しているので僕を試合に使ってください」という監督へのアピールでもありますよね。でも外国人監督はおそらくその感覚を持っていないです。用意されたトレーニングが終わったら帰るものと思っているでしょう。

Jリーグ再開と、今後のROOTS.
リーグ再開も決定しました。練習試合の機会もなかったと思いますが、Jリーグの選手はベストコンディションで再開を迎えると思いますか?
森谷:ベストコンディションで挑めるかと言ったらおそらく挑めないと思いますが、それを言い訳にはできないです。自分たちだけでサッカーをやっているわけではありません。周りの人たちが楽しみにしている中で、練習試合ができなかったからベストコンディションになれなかったとは言えないです。自分が思うベストコンディションのボーダーラインをどうにかに引き上げて、再開する時には100%に近い力を出さなければいけないと思っています。
長谷川:プロである以上、試合があると分かった上でそれに合わせてコンディションを持っていくのは当たり前なことだと思います。僕自身は今怪我をしていて、あと少しでリハビリが終わると自分の中で信じてやっています。リーグ再開には間に合いませんが、復帰をイメージしながら自分のプレーを引き出せるようにコンディションをどんどん上げてやっていきたいと思います。

トークセッション後に「ROOTS.」で思い描いていることはありますか?
森谷:先ほども出てきた話ですが、サッカー少年の両親に対するトークセッションを企画したり、それ以外に僕たちを支えてくださっているサポーターの方に対しても何かを考えたく、話し合っています。僕たちが一番やりたいのは、子供たちを集めて一緒にサッカーをやることです。その目標の青写真はすでに持っていますので、これからも様々なことをやっていきたいと思います。
長谷川:賢太郎が代表として今言ったことは「ROOTS.」のメンバー全員の考えです。もちろん本業がサッカー選手である以上、そこはベストを尽くさなければならないと思いますが、新型コロナウイルスのこの期間でのみ活動するのではなく、小さなことでも継続していきたいと思っています。やれることを一つずつ重ねて行けば、最終的にサッカーを盛り上げる大きなものになれると信じています。