東京五輪の3位決定戦でメキシコ相手に敗れた直後、U-24日本代表のMF田中碧が発した言葉は衝撃的だった。田中は敗因として自分たちが「サッカーを知らなすぎる」と発言。

さらに「個人個人でみれば別にやられるシーンというのはない。でも、2対2や3対3になるときに相手はパワーアップする。彼らはサッカーを知っているけど、僕らは1対1をし続けている。そこが大きな差」と説明した。

ボランチやアンカー、インサイドハーフなどMFとしてプレーする田中は、180cm74kgと中盤の選手としては体格にも恵まれている。それゆえ、日本人が欧州や南米の強豪国と対戦する際に劣勢に陥る「デュエル」と呼ばれる1対1の闘いにも強い。東京五輪でボランチとして田中の相棒を務めたMF遠藤航は、所属するドイツ1部のシュツットガルトで年間通したデュエルの勝利数がリーグナンバーワンとなった「デュエル王」である。つまり日本史上最もデュエルに強いボランチコンビを擁しながらも準決勝でスペインに、3位決定戦でメキシコに敗れたわけだが、田中の発言からすると、デュエルの勝負など問題ではない。すでに違う次元を見ていることがわかる。

「サッカーを知らなすぎる」田中碧の向上の軌跡。ドイツでの新挑戦に注目!

トゥーロン国際で強烈なインパクト

冒頭の強い言葉のように常に自分自身にプレッシャーをかけて成長を促してきた田中が、世界での戦いにおいて大きな課題を突き付けられたのは、2019年6月にU-22日本代表として参戦した「第47回トゥーロン国際大会」だった。同大会は毎年5月から6月にフランスで開催されている23歳以下の選手たちによる国際大会で、日本も五輪イヤーを中心に頻繁に参加している。

2019年当時は「コパ・アメリカ(南米選手権)」へ参戦するフル代表、このトゥーロンへ参戦するU-22代表、「FIFA-U20ワールドカップ」に参戦するU-20代表、と、3つのカテゴリーで異なる国際大会へ参戦する日程が重なっていた。その中、日本サッカー協会(JFA)はコパ・アメリカを東京五輪世代の強化のために使いたい意向が強く、同メンバーには当時18歳になる久保建英らが招集された。

オーバーエイジを除く東京五輪本大会のメンバーに選出された19人中、久保を含めた8人がコパ・アメリカを経験していることを考えれば、JFAの戦略は見事だったと思い返すことができる。東京五輪メンバーのGK鈴木彩艶やDF瀬古歩夢ら20歳以下の逸材はU-20代表へ参加することとなり、田中らが参加したトゥーロンには東京五輪世代による「Bチーム」が参戦することになった。

その「Bチーム」が、トゥーロンでイングランドやチリ、メキシコを下して日本史上初の決勝進出。サッカー王国ブラジルとの決勝もPK戦による惜敗で、準優勝と大健闘したのである。個人としても田中と椎橋慧也、相馬勇紀は大会ベストイレブンに選出され、当時はまだ大学生だった旗手怜央と三笘薫もゴールを挙げた。所属クラブでも定位置を確保できていない若手にとっては、大きな手応えと自信を掴む結果だったはずだ。

それでも田中はトゥーロン決勝直後には「デュエル」を課題に挙げていた。「強さと速さと巧さを兼備することは可能であり、当然だ」と。五輪後の田中の言葉と比較すると、この2年間でも日本サッカーが進化していることが理解できる。

トゥーロン参戦時から豊富な運動量と溢れる闘争心の中で持ち味の高い技術やパスセンスを発揮していた田中は、帰国後に所属先の川崎フロンターレでも完全に定位置を奪った。鼻骨を骨折した際にはフェイスガードを付けながら試合に出場し、2019シーズンのJリーグベストヤングプレーヤー賞にも輝いた。

「サッカーを知らなすぎる」田中碧の向上の軌跡。ドイツでの新挑戦に注目!

敵地でブラジルにミドル2発の大金星

その後、田中が闘争心と向上心をもって、その成長ぶりを最も強烈に印象づけたのは、Jリーグの舞台ではない。トゥーロン決勝時に大きな課題を突き付けられた相手セレソン(ブラジル代表の呼称)を、敵地ブラジルの地で下した一戦である。

2019年10月14日、ブラジル遠征をしていたU-22日本代表は、U-22ブラジル代表と強化試合を行い、3-2の大金星を挙げた。試合は2014年のブラジルW杯で日本がコートジボワールに逆転負けを喫したアレナ・ぺルナンブーコにて行われた。

強化試合とはいえU-22ブラジル代表には、レアル・マドリードでゴールを量産し始めていた18歳のFWロドリゴ・ゴエスや、この直後にフランスのオリンピック・リヨンへ移籍しUEFAチャンピオンズリーグでベスト4へ進出する原動力となった攻守の要のMFブルーノ・ギマラエスがいた。さらに同試合の先制点を決めたのは、昨今の移籍市場を賑わす東京五輪代表FWマテウス・クーニャである。むしろ日本の方が、フル代表に招集されていたDF冨安健洋、板倉滉、MF堂安律、久保が欠場してベストではなかったくらいだ。

同試合に90分間フル出場した田中は、前半27分にワントラップからの右足で狙いすましたコントロールショット、後半7分にはこぼれ球からの強烈な右足シュートを、どちらもミドルレンジから豪快に決めて2得点。決勝点も中山雄太による左足ミドル弾となり、これを機に日本のミドルシュートは「弱点」から「武器」へと変身した。

しかしこの時も、田中は自身の2ゴールよりも「ボールを失う回数が多過ぎた」と、課題を口にする。それにしても、U-22という世代別のカテゴリーとはいえ、敵地でのブラジル戦で勝利する日本代表やミドルシュートを2本決めるような日本人選手は現れるだろうか?

田中碧のドイツ2部での挑戦を観よ!

もちろん2020シーズンのJ1リーグでも数々の記録を打ち立てる独走優勝の川崎で主役となった田中は、今季も無敗で首位を快走する同チームを牽引。東京五輪本大会でも主力としてベスト4進出に大きく貢献した。2年前は「Bチーム」だった頃から考えれば想像できないほどの成長ぶりだが、「サッカーを知らなすぎる」と常に次のステージを見ている田中からすれば当然のことなのかもしれない。

田中は五輪前に、川崎からドイツ2部のフォルトゥナ・デュッセルドルフへ買い取りオプション付きの期限付きで移籍することを発表。

ドイツ2部はすでに五輪期間中に開幕していたため、大会終了後にはすぐに新天地へ合流した。デュッセルドルフは欧州最大級の日本人街があり、近年でも宇佐美貴史原口元気といった日本代表も在籍するなど多くの日本人がプレーしてきた場所だ。瀬田元吾氏のようにフロントで働く人物もいた。現在は昨季6ゴールを挙げた日本人とドイツ人のハーフであるMFアペルカンプ真大も在籍している。

デュッセルドルフは開幕3試合を1勝2敗の14位という不本意なスタートとなったが、8月20日にホルシュタイン・キールをホームに迎えた第4節の59分に「新司令塔」田中がデビュー。[4-1-4-1]のインサイドMFと終盤は[4-4-2]のダブルボランチの1角としてプレー。相手にボールを奪われない技術の高さが光り、任されたコーナーキックでは2-2の同点弾に繋がる正確なキックも披露した。

#デュッセルドルフ@F95_jp#田中碧 59分にデビュー


記念すべき交代シーンから初タッチまでをどうぞ#ブンデスリーガ 全試合LIVE配信https://t.co/z4ediDM08P#frontale#美しいサッカーは嫌いですか pic.twitter.com/yLQKLwRNG2

— ブンデスリーガ スポーツライブ+ powered by スカパー! (@skyperfectv) August 20, 2021

引き分けるも上々のデビューを果たした田中は、次節以降は先発起用となることが濃厚だ。次節は東京五輪で共に戦った板倉が加入したシャルケと対戦する日本人対決となる。そんな田中のドイツ2部での挑戦は、第8節までがTwitterの「スカパー!ブンデスリーガ公式アカウント」、第9~34節は「スカパー!オンデマンドサービス」で無料ライブ配信されることが発表されている。

司令塔タイプのMFが不足しがちな日本代表にとっても、今後は主軸になることが予想される田中。東京五輪で新たな課題を見つけ、新天地でどのようなプレーを見せてくれるのか?楽しみにしたい!

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