2021明治安田生命J1リーグも残すところ3分の1となった。8月13日に第2登録期間(夏の移籍市場)を終えたJリーグは、現在のチーム編成でシーズン佳境に入っていく(無所属選手の追加登録や育成型期限付き移籍の場合は10月1日まで有効)。
今夏、最も大きな動きがあったのがヴィッセル神戸であるのは間違いない。7月に得点ランクトップの15ゴールを挙げていた日本代表の古橋亨梧がスコットランドの強豪セルティックへ引き抜かれたが、8月にはニューカッスルから元日本代表の武藤嘉紀、バルセロナなどでプレーした元スペイン代表のボージャン・クルキッチに加えて、ドイツ2部のヴェルダー・ブレーメンからは現日本代表のエースである大迫勇也と3人のFWの獲得を発表した。
これまで「BOMトリオ」と命名されている神戸の大型新加入選手のうち、ボージャン(B)と武藤(M)に関するコラムを連載してきたが、ここでは大迫(O)を取り上げたい。

半端ない日本代表の絶対的エース
日本代表として49試合に出場し、23得点を挙げている大迫。「2018FIFAワールドカップロシア大会」初戦のコロンビア戦での決勝点を始め、ここ4、5年の日本代表は大迫の活躍で成立していると表現しても過言ではない。
そんな大迫は鹿児島城西高校時代に出場した「第87回全国高等学校サッカー選手権大会」で1大会個人最多記録となる10ゴール10アシストを挙げた。準優勝した同大会、準々決勝で対戦した滝川第二高校の主将である中西隆裕が試合後に「大迫、半端ないって!あいつ、半端ないって!後ろ向きのボール、めっちゃトラップするもん。そんなんできひんやん普通」と発言したことから、その後の大迫の活躍には「半端ない」という言葉が添えられるようになった。
2009年に鹿島アントラーズへ加入後は、高卒ルーキーながら準主力級の出場機会を掴み、チームもJ1リーグ優勝。2年目からは9番を背負うことになったが、2011、2012年とJリーグヤマザキナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)を連覇する立役者となりながらJ1では振るわず。2012年にはロンドン五輪の登録メンバーからも外れた。
それでも5年目の2013シーズンには19得点を挙げ、7月には東アジア選手権で代表初選出。海外クラブ所属選手を選出できない「実質Jリーグ選抜」だったが、同大会で2得点を挙げて以降は代表に定着した。
ブラジルW杯を半年後に控えた2014年1月、大迫はドイツ2部の1860ミュンヘンへと移籍。W杯での活躍はならなかったが、ドイツ2部では15試合6得点の結果を残し、半年後には1部のケルンへステップアップした。ドイツ移籍後のハイライトはそのケルン加入3年目の2016/17シーズンだろう。30試合に出場して7ゴール6アシストという記録は物足りないかもしれないが、フランス人のアンソニー・モデスト(現ケルン)という未完の大器が25得点を挙げる変貌を遂げ、チームもリーグ5位へ大躍進。25年ぶりの欧州カップ戦出場権を獲得できたのは、セカンドトップとして幅広い役をこなした大迫の存在が大きかった。

真骨頂は世界水準のポストプレー
大迫が半端ない活躍ぶりを見せるのはゴール前だけではない。むしろ相手DFを背負いながらも中盤の位置まで引いてボールを受ける柔軟なポストプレーこそが彼の真骨頂である。また、普段からドイツの屈強なDFと競り合っているからか、182cmとは思えないほどに、大柄な欧米人DFと空中戦で競り合っても負けない。
そして、大迫が日本代表で替えの利かない存在であり続けているのは、タレントが揃う2列目のアタッカーたちの能力を最大限引き出せるからだ。彼等が前を向いて仕掛ける形を作るためには、相手DFを背負いながらも力強くボールをキープしてくれる大迫の存在が必要不可欠なのだ。ポストプレーとキープ力に関しては確実に世界レベルにある。
しかし、神戸にはアンドレス・イニエスタだけでなく、今やイニエスタ以上の存在感を放つスペイン人MFセルジ・サンペールや元日本代表の山口蛍、彼等とボールを使っての意思疎通が巧みな22歳の郷家友太などMFに実力者が揃う。そのため、大迫が中盤まで引いてポストプレーをこなそうとするとイニエスタ達のスペースを消してしまい、お互いの持ち味を相殺し合ってしまう恐れがある。
大迫は武藤とは特徴が異なるためにお互いの良さを引き出し易いかもしれないが、スペイン人が軸となっているMF陣との連携構築には苦労しそうだ。スペースにパスを出したいMF陣と、足下でパスを受けたい大迫。ジレンマはお互いに感じるだろう。
それでも大迫が神戸デビューを飾ったJ1第26節の大分トリニータ戦では、これを解消するためのポイントとなる動きがあった。前半終了間際、大迫が左サイドに流れて後方からのパスを収め、右サイドから中央へ走り込んで来た武藤へ浮き球のパスを送った場面だ。相手のハンドでPKを獲得したが、大迫が引いてできた最前線のスペースにサイドから武藤が入っていくスムーズな連携だった。大迫はデビュー戦、武藤も4日前の途中出場でのデビューから初先発。初共演ながら懸念材料を解決する修正力も半端ない。

実はキャリアを通じて二桁得点は1度だけ
我々はロシアW杯を始め、「半端ない」と表現されるほど日本代表での大迫の華々しい活躍や、ドイツ・ブンデスリーガという高次元でのプレーの数々を見てきた。しかし、Jリーグでの実績を振り返ると、実は二桁得点を奪ったのはドイツへ渡る前年の2013シーズンに19得点を記録した1度だけだ。さらに、ドイツ移籍後のキャリアハイは2019/20シーズンの8得点。現在31歳の大迫は日本代表の絶対的エースでありながら、リーグでの二桁得点はキャリアを通して1度しか記録していないのである。
また、2018年にブレーメンへ移籍後は当初、ピッチ外で曰く付きながらピッチ内では毎年ゴールとアシストが共に二桁に乗るような「毎試合MVP男」マックス・クルーゼ(現ウニオン・ベルリン、東京五輪にも出場した元ドイツ代表)のサポート役をこなして評価された。しかし、クルーゼが移籍して以降は前線の柱として期待されながらも結果を残せなかった。ケルン時代の2017/18シーズンにもモデストが移籍して以降はFWの軸となることができず、チームは2部降格。ブレーメンではサイドやトップ下以外にボランチでも起用されたようにケルン時代以上にポジションが定まらず。最後はケルン同様に2部降格を経験しているのだ。
大迫本人が神戸の入団会見で「得点を獲り続けたい」と宣言するのも当然だろう。サッカー選手が普段プレーしているのは代表チームではなくクラブであって、そのクラブでのプレーではキャリアを通じて得点を量産して来たことが皆無に等しいのだから。本人もそれを自覚しているからこそ、神戸でのプレーにも貪欲だ。確かに得点数に関しては懸念だが、それ以上に神戸というチームやJリーグに対する適応するための本気度も高い。いや、半端ない。

総合力の高い大迫は「日本のジルー」
恐らく「BOMトリオ」の中で最も早く神戸にフィットするのは武藤だろう。細かいコンビネーションを必要とせず、スピードや走力などアスリート能力に優れる彼は、神戸が欠いてきたピースだからだ。
大迫は守備の局面でも前線からのプレスでコースを限定しながらボールを奪いに行けて戦術的な守備もできる。神戸は失点の多さからDFを補強ポイントに挙げられているようだが、ベルギー代表のトーマス・フェルマーレンや、DFながら5得点を挙げるなどピッチ内外で注目度の高い菊池流帆、控えにも大崎玲央がいるセンターバック陣は余程のことがない限りはこれ以上強化しようがない。それよりも大迫から始まるチーム全体としての組織的な守備戦術を体得していくことの方が重要である。大迫の加入は失点減にもつながるはずだ。
そして、思い出して欲しい。2018年のロシアW杯でフランス代表の1トップを務めたオリビエ・ジルー(ミラン)は、チームが世界王者となったにも関わらず、無得点に終わっていた。筆者が考えるには、そのジルーこそが世界で最もポストプレーが巧みなFWだ。アバウトなロングボールでも192cmの長身と屈強な身体でフィジカルバトルを制し、確実にマイボールをキープしてくれる彼がいるからこそ、キリアン・ムバッペ(PSG)の圧倒的なスピードと突破力、アントワーヌ・グリーズマンの創造性やスキルが活きるのだ。
日本人はストライカー不在を深刻に問題視するが、センターフォワードが得点を量産しなくてもW杯で優勝できることが証明された。また、アーセナル時代のジルーはドイツ代表の古典的な司令塔であるメスト・エジル(現フェネルバスチェ)の負担も担っていた。セットプレーの守備でも頼り甲斐がある。これは大迫とイニエスタのコンビに置き換えることが可能だ。総合力の高い大迫は「日本のジルー」である。
想像して欲しい。サンペールの縦パスを大迫が収め、イニエスタが前を向いて、波長の合う「柔」のボージャンとアスリート能力の高い「剛」の武藤、「柔」も「剛」も兼ね備える大迫という究極の選択肢が3つもある場面を。古橋の離脱は相当に痛いが、古橋在籍中はアタッキングエリアでのパスの選択肢が彼しかなかったものが複数に増えるだけでも価値があるのに、それを3人の代表クラスのFWと世界最高のMFが奏でるのである。ワクワクしない方がどうかしている。また、大迫が相手DFのマークを一手に引き受けることでイニエスタの得点が増える可能性もある。
すでに天皇杯で敗退した神戸は、来季のAFCチャンピオンズリーグの出場権を獲得するためにはJ1で3位以内に入るしかない。