「私の存在そのものが問題なのかもしれない」

8月25日に開催された明治安田生命J1リーグ第26節、セレッソ大阪は下位に低迷する湘南ベルマーレを相手に1-5の大敗を喫した。直後の会見でC大阪のレヴィー・クルピ監督が冒頭の衝撃的なコメントを発した翌日、クラブはクルピ監督との双方合意による契約解除を発表した。

後任にはスカウト時代に高校生の香川真司(現PAOK)らを発掘した小菊昭雄コーチを監督に昇格させ、ガンバ大阪との「大阪ダービー3連戦」から始まる残りのシーズンを戦うこととなった。

その中、予てからのC大阪フロント陣の動きや方針に対する批判の声が、クルピ監督解任を機にさらに高まっているようだ。その理由や背景を紐解いていきたい。

C大阪クルピ前監督解任を巡る“お家騒動”の背景

黄金期から一転、低迷招いた人事

今季2021シーズンのC大阪は、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)では1次リーグを突破し、天皇杯でも準々決勝へ進出。しかし、リーグでは第25節の横浜FC戦で12試合ぶりに勝利を挙げたものの、クルピ前監督下での25試合を消化(1試合未消化)して7勝9分9敗の勝点30は暫定12位。ここ17試合では僅か2勝と低迷していた。

今後は3つのカップ戦でタイトルを争いながら、下位4クラブがJ2へ降格する前代未聞のレギュレーションの中でJ1残留争いにも晒されそうだ。

また、クルピ監督を招へいした梶野智チーム統括部長の責任問題にもなっており、森島寛晃社長以下、クラブのフロント陣への責任追及の声が上がっている。

C大阪はミゲル・アンヘル・ロティーナ監督の就任2年目だった昨季、組織的な守備とポジショナルな攻撃の完成度が高く、元日本代表MF清武弘嗣のMVP級の活躍もあって中盤戦までは首位の川崎フロンターレを唯一追走していた。通常のシーズンなら優勝争いも可能なハイアベレージで勝点を積み重ねていたが、終盤戦に入る頃からロティーナ監督の去就問題が表面化。残り5試合の段階で契約満了による2020シーズン限りでの退任が正式発表された。チームはシーズンの大半を2位で過ごしながら最終的には4位と失速した。

過去に3度のJ2降格を喫しているC大阪だが、2017年以降はJ1で3位、7位、5位、4位とクラブの黄金期とも言える好成績を挙げてきた。

2017年には尹晶煥監督(ユン・ジョンファン、現ジェフユナイテッド千葉監督)の下でクラブ史上初タイトルとなったJリーグYBCルヴァンカップと天皇杯の2冠を達成。2019年からはスペインの名将ロティーナ監督を招聘して安定したチームを作って来た。

この黄金期にあるチームを作りあげた大熊清チーム統括部長(現清水エスパルスGM)が2019年限りで退任。梶野氏が同職に復帰し、得点数の少なさから「攻撃的なサッカーへの転換」を理由にロティーナ監督の契約満了による退任と、クルピ監督の招へいを強引に進めたという背景がある。

C大阪クルピ前監督解任を巡る“お家騒動”の背景

クルピ監督&梶野氏「最強タッグ」の功績

クルピ監督は、これまでC大阪で4度(1度目は1997年、2度目は2007年5月から2011年、3度目は2012年8月から2013年、4度目は今回)に渡って監督を務めてきた。香川や乾貴士、清武ら欧州クラブへ移籍して世界の第一線で活躍する日本代表戦士を何人も輩出してきた功労者である。

そして、そのクルピ監督の招へいや無名の若手だった乾や清武らを獲得し、低予算でやり繰りしながら魅力的なチームを編成してきたのがチーム統括部長の梶野氏だ。

C大阪のOBで初代主将でもある梶野氏は、現役時代にクルピ監督の指導も受けていた。1999年にコンサドーレ札幌(現北海道コンサドーレ札幌)で現役引退すると、翌年から古巣C大阪に戻り、スクールの運営や指導など様々な役職を経験した。

2007年5月にはJ2でチームが低迷する中、梶野氏は急遽C大阪のチーム統括部長に就任。その際に招へいしたのが当時2度目の指揮となるクルピ監督だった。クルピ監督は就任直後、ボランチを本職としていた18歳の香川を2列目にコンバートして主力に抜擢し、就任2年目の途中に加入した乾を香川の相棒に据えた。そして、日本人らしいテクニックに優れた2列目の選手が自らゴールを量産する魅力的なチームを作り上げた。

香川や乾がC大阪からドイツへ渡った当時、香川を含めJクラブ在籍の選手が移籍金なしで海外移籍するような事例が相次いでいた。しかし梶野氏は、いち早く欧州水準のスキームで移籍金を獲得できるように設定し、その移籍金で新戦力を獲得するというスマートなチーム編成を軌道に乗せた。柿谷曜一朗(現名古屋グランパス)や山口蛍(現ヴィッセル神戸)ら下部組織出身の若手選手がチームの軸になった2012年以降は、「セレ女」と呼ばれる女性サポーターの多さでも注目を集める人気チームへと変貌を遂げたのである。

梶野氏はブラジル人選手の世話役を務めた経験からもポルトガル語が堪能である。現役時代にC大阪でチームメイトだった元ブラジル代表GKジルマール氏が母国で代理業を務めている関係もあり、そのスキルやコネクションを活かして有力なブラジル人選手を「友達割引」の格安で獲得し続けることもできた。2009年から3シーズンに渡って10番を背負ったMFマルチネスや、G大阪に引き抜かれたFWアドリアーノなどはその一例である。

筆者は梶野氏が複数の携帯電話を持ちながら異なる言語で電話に対応している場に遭遇したことがあり、その1週間後に発表されたのが当時イタリアの強豪ローマに所属していた元ブラジル代表MFファビオ・シンプリシオの獲得だった。

一方、クルピ監督は数多くの若手を抜擢しながらC大阪を2010年にJ1で3位に。2011年限りで2度目の退任となったが、半年後にはJ2降格危機に瀕するチームのために3度目の就任を決め、見事にJ1残留。翌2013年に同4位へと押し上げ、ACL出場権も獲得して見せた。

クルピ監督&梶野氏の体制はC大阪にとって救世主のような「最強タッグ」だったのである。

C大阪クルピ前監督解任を巡る“お家騒動”の背景

ガンバ大阪監督就任と錆びた肌感覚

今季から4度目のC大阪就任となったクルピ監督だが、今回サポーターからは当初から歓迎されていなかった。なぜか?2013年に3度目のC大阪監督退任後、母国ブラジルの名門アトレチコ・ミネイロでタイトルも獲得するなど手腕を発揮していたが、2018年にC大阪のライバルであるG大阪の監督に就任するという「まさか」の出来事が起きたことが大きい。

G大阪はクルピ監督の「若手を抜擢しながら攻撃的なサッカーで魅力的なチームを作れる手腕」を評価したという。

しかし、クルピ監督のサッカーはC大阪で2010年と2013年に躍進したシーズン、共に32失点(34試合制)に抑えたようにセンターバック(CB)の強さを前提とした守備が基盤になっていた。当時C大阪のCBでプレーしていた元日本代表の茂庭照幸(現JFL・FCマルヤス岡崎)は「(前所属FC東京の)城福浩監督(現サンフレッチェ広島監督)の下では大きく蹴り出すプレーはNGだったが、クルピ監督はOKだった」と言葉にした。つまり、攻撃的かどうかではなく、個人戦術や個の能力を優先させる縛りの緩いチーム作りが特徴だった。それがシーズン中に海外クラブから引き抜かれる選手が多く出るなど選手の入れ替えが激しいC大阪のチーム事情に即していたのだ。

そこを理解されずにG大阪とは乖離が生まれ、G大阪サポーターからも歓迎されなかった同体制は僅か半年で(2018年7月)終焉を迎える。クルピ監督は母国復帰(2018年10月5度目のアトレチコ・ミネイロ就任)後も芳しい結果を残せずに、2019年4月に同クラブも解任となると、一時は「監督業引退」を宣言した状態であった。

また、クルピ監督のトレーニングは紅白戦をメインとしたシンプルなものだった。実践の中で職人のような肌感覚で勝負する指導法は、現場から引退していたブランク(2019年4月から2020年12月)もあって錆びついていたのが実情だろう。

C大阪クルピ前監督解任を巡る“お家騒動”の背景

育成型から金満化へ、大久保引退発言

C大阪は全盛期のクルピ監督&梶野氏体制が終焉した2013年のオフ、2010年の南アフリカW杯の得点王で大会MVPも受賞したウルグアイ代表FWディエゴ・フォルランを年棒6億円で獲得する。「強化部にも内密に獲得交渉を進めた」と当時の岡野雅夫社長は豪語したが、チームもフォルラン自身も不振続き。翌年夏にも元ドイツ代表FWカカウを年棒3億円で獲得し、監督も2度交代させながらJ2へ降格した。

その後、大熊チーム統括部長が就任し、C大阪では2017年からのクラブ史上最高の黄金期が始まった。しかし、クルピ&梶野体制のような「育成型クラブ」の方針ではなく、欧州へ移籍した清武や柿谷、山口をC大阪からの移籍時よりも高い移籍金で再獲得するなど、大金を使う「金満クラブ」なイメージに変わった。コロナ禍以前から債務超過の危険があり、決して好成績だけをが評価されるべきではない。

その影響からか、今季は補強を最小限に止めてチームを編成したが、昨季J2の東京ヴェルディで無得点に終わり、今年39歳となった元日本代表FW大久保嘉人の獲得で批判を浴びた。大久保自身が古巣C大阪で引退する意向を汲んでの獲得だったが、クラブ公式のオンライン会見にて「結果を残せないようだと3カ月で引退させる権限をもっている」と、梶野氏が発言して火に油を注いだ。

大久保は今季開幕5試合で5得点を挙げてチームを牽引していたが、怪我で戦列を離れ始めると勝利から遠ざかった。皮肉なことに大久保の活躍によって生き延びてきた梶野氏は、J2のモンテディオ山形から獲得したMF坂元達裕が日本代表からも招集を受けるなど“らしさ”も発揮してはいるが、引退状態にあったクルピ監督を招へいした責任は重い。現時点で梶野氏の去就は発表されていないものの、今季限りでの退任が濃厚だろう。

C大阪クルピ前監督解任を巡る“お家騒動”の背景

小菊新監督体制での大阪ダービー3連戦

8月28日、G大阪との「大阪ダービー」では、C大阪がライバルを敵地で1-0と下した。右サイドバックの松田陸が中央の位置でボールを受けてミドルシュートを決めた。ロティーナ監督時代に植え付けられたポジショナルな戦術眼が活きた。ロティーナ監督体制時もよく知る小菊新監督は、チーム全体によりハードワークを要求。守備意識が高まったことによって相手を圧倒する完勝だった。

その後、ルヴァン杯準々決勝の2試合でも大阪ダービーが続く。C大阪は9月1日に行われたホームでの第1戦を0-1と惜敗し、5日には敵地で第2戦を迎える。「大阪ダービー3連戦」は共に監督交代が起きた両チームにとって、今季の行方を左右する大きなターニングポイントとなる。