最終スコア1-2で敗れた第1節スペイン女子代表戦を踏まえ、なでしこジャパンが施した戦術面の工夫とは何か。また、引き続き取り組むべき課題は何か。ここでは今回のブラジル戦を振り返るとともに、この2点を中心に論評する。

なでしこの積極的な守備
両チームともに[3-4-2-1]の基本布陣を採用。なでしこジャパンは最前線のFW田中美南、及び2シャドーのFW浜野まいかとMF宮澤ひなたの計3人で相手3バックにプレスをかける。これに加え、守屋都弥と古賀塔子の両DF(ウイングバック)が相手ウイングバックを捕捉するオーソドックスな守備を仕掛けた。中盤へ降りて攻撃の起点を作ろうとするブラジルFWガビ・ヌネス、FWプリシラ、MFマルタには、なでしこジャパンの3センターバック(南萌華、熊谷紗希、高橋はなの3DF)が最終ラインから飛び出して対応。相手選手を積極的に捕まえにいく守備で、試合序盤を掌握した。
ブラジルの2ボランチ、アンジェリナとアナ・ビトーリアの両MFがなでしこジャパンの前線3人と2ボランチ(長野風花と長谷川唯の両MF)の間でボールを受けようとしていたが、この両ポジションのマークの受け渡しが円滑だったため大事に至らず。[5-4-1]の隊形で自陣へ下がるのみだったスペイン戦の後半と比べ、守備の段取りは整理されていた。

リスク回避の攻撃
スペイン戦では[4-4-2]と[3-4-2-1](自陣撤退時[5-4-1])の2つの布陣を使い分けたなでしこジャパン。自陣後方から丁寧にパスを繋ぐ姿勢が窺えたが、最終ラインの立ち位置が横に開きすぎたため、サイドバックやウイングバックがタッチライン際でボールを受けては相手のプレスをもろに浴び、苦し紛れにパスを出す場面が多かった。サイドバックやウイングバックが自陣後方タッチライン際でボールを受けた場合、この時点で左右どちらかのパスコースが消えるため、パスを出せる角度が180度方向に限られる。
今回のブラジル戦では、自陣でボールを失うリスクを避けるべく、前線3人へのロングパスを多用。ボランチの長谷川も敵陣のサイドへ時折流れ、ボールの収めどころとなっていた。
自陣後方からパスを繋ぐ際の選手配置の悪さ。この問題は棚上げされたが、現状のメンバーでできる最良の攻撃を選択したのは良かった。
前半19分に繰り出した速攻では、宮澤が敵陣右サイドでボールを受け、ゴール前に低弾道クロスを送る。このラストパスに田中が右足で合わせたが、このシュートがゴール枠外に逸れてしまう。なでしこジャパンとしては物にしたいビッグチャンスだった。
前半アディショナルタイム、守屋が敵陣ペナルティアーク内から放ったシュートが、ペナルティエリア内に立っていたブラジルDFラファエレの腕に当たる。これがハンドの反則と見なされ、なでしこジャパンにPKが与えられるも、田中のキックが相手GKロレナにキャッチされてしまう。前半に訪れた2度の得点チャンスを逃したことが、後半に尾を引く形となった。

敵陣でのパスミスから失点
なでしこジャパンは後半開始直後も縦に速い攻撃を主体に戦い、試合をコントロールしていたが、敵陣でのミスから失点してしまう。後半11分、右サイドでボールを受けた古賀が田中にパスを出すも、同選手が相手に寄せられていたためボールを奪われてしまう。この直後にセンターサークル付近でマルタに攻撃の起点を作られ、ブラジルの速攻を浴びると、これを後半から出場したMFジェニフェルに物にされる。ここまで試合を掌握できていただけに、注意力に欠けるパスミスだった。
ブラジルに先制されてからも、なでしこジャパンは最前線の田中を起点とする守備からチャンスを作る。後半23分にもこの守備を繰り出し長谷川がボールを奪うと、左ウイングバックの守屋がゴール前へクロスを送る。このパスをコントロールした田中が右足で強烈なシュートを放ったが、相手GKロレナの好セーブに阻まれる。前半のPKストップに加え、ここでもロレナが田中やなでしこジャパンに立ちはだかった。

清家、谷川がもたらしたダイナミズム
グループステージ連敗危機に陥ったなでしこジャパンの池田太監督は、失点直後にFW植木理子、同25分にMF清家貴子(現ブライトン・アンド・ホーブ・アルビオン女子)を投入する。三菱重工浦和レッズレディースに在籍した2023/24シーズンのWEリーグで自慢の快足からゴールやチャンスを量産し、得点女王とリーグMVPに輝いた清家。スペイン戦では左サイドハーフで起用され不完全燃焼に終わったが、浦和時代に慣れ親しんだ右サイドで今回起用されたことで、プレーの窮屈さが解消されることに。後半32分には浦和時代のチームメイト、DF高橋(現浦和)のロングパスに反応し、右サイドを疾走。早速チャンスを作った。後半35分には19歳MF谷川萌々子とFW千葉玲海菜が投入される。
迎えた後半44分、清家のクロスボールを受けた谷川が敵陣ペナルティエリア内でドリブルを仕掛けると、これをスライディングで止めようとしたDFヤスミムの腕にボールが当たる。これがハンドの反則と判定され、なでしこジャパンに再びPKが与えられると、キッカーを務めたキャプテン熊谷がこれを落ち着いて物にした。
このまま引き分け決着と思われた後半アディショナルタイム6分、自陣からパスを回そうとしたブラジルの最終ラインへ長谷川がプレスをかけ、パスミスを誘発。このボールを回収した清家がドリブルを仕掛け、これは不発に終わるも、同選手が相手DFラファエレに素早く寄せたことでまたもパスミスを誘う。このこぼれ球に反応した谷川が相手GKロレナの頭上を越えるロングシュートをワンタッチで放ち、決勝ゴールを挙げた。
日本女子サッカー史に深く刻まれるであろう19歳谷川のスーパーゴールで、なでしこジャパンは逆転勝利。グループステージ突破に望みを繋いだ。
