日本サッカー協会(JFA)審判委員会は9月11日、東京都文京区のJFAハウスにてレフェリーブリーフィングを開催。町田ゼルビアFW藤尾翔太が、ペナルティキック(PK)直前にボールに水をかけていることについて見解を示した。


8月17日の2024明治安田J1リーグ第27節、町田ゼルビア対ジュビロ磐田で問題が発生。町田が3-0とリードして迎えた後半9分、磐田DFハッサン・ヒルが自陣ペナルティエリア内でハンドの反則を犯したことで、町田にPKが与えられる。その後キッカーの藤尾がPK直前に水分補給用のボトルを手にとり、その中に入っていた水をボールにかけた。

これを見ていた高崎航地主審は、藤尾によって濡らされたボールの使用を認めず、ボール交換を決断。藤尾のボールを濡らす行為は今季の他の試合でも見られ、それまでお咎めなしであったため、PK直前にボール交換を強いられた町田陣営は不満を露わに。その後藤尾はPKを成功させ、町田が最終スコア4-0で勝利したものの、高崎主審の一連の措置は物議を醸した。

ここでは本ブリーフィングに登壇した、元国際審判員の佐藤隆治氏(JFA審判マネジャーJリーグ担当統括)の見解を紹介していく。

町田FW藤尾の“PK前ボール水かけ”騒動から考える審判員の責務【JFA会見】

「十分に理解できるジャッジ」

佐藤氏は本件の見解を示すにあたり、サッカー競技規則の特性や審判員が果たすべき責務に言及。そのうえで高崎主審の一連の措置を支持した。

「競技規則に、『ボールに水をかけてはいけない』とは一切記載されておりません。逆に『水をかけてもいい』という記載もない。皆さんご存知の通り、サッカーの競技規則は全部で17条しかなく、(本として纏めても)薄っぺらいものなんですよね。色々なケースについて書かれている分厚い野球の競技規則と比べて、サッカーのそれはすごくシンプル。
だからこそサッカーは皆さんに受け入れられやすいし、世界ナンバーワンの人気を誇るスポーツだと言われているのだと思います」

「サッカーの競技規則には『こうしたことはしていい』、または『こうしたことは駄目なんですよ』というように、一つひとつ(事細かく)書かれているわけではありません。ですので、審判員は競技規則の第1条から17条に書かれている内容であったり、(ルールブックに載っている)“サッカー競技規則の精神”を考えます。安全で、お互いにとって公平(な試合にする)。審判員としてはこの精神がベースとしてあり、そのうえに競技規則の第1条から17条があるわけです」

「では、競技規則の第1条から17条の文言を覚えてさえいれば、良いレフェリーになれるのか。決してそうではありません。色々なシチュエーションがあるなかで、いかに臨機応変に競技規則を適用していくか(が審判員にとって最重要)。『ボールに水をかけてはいけません』と競技規則に書いてあれば、話は簡単なんです。でもこれについては書かれていない。そうした場合にレフェリーが何を以て判断するのか。それは競技規則と競技規則の精神です」

「お互いにフェアに、(相手への)リスペクトを持ってやりましょう。これは日本だけでなく、世界でもそうです(ワールドワイドで共通するサッカーの精神です)。競技者の安全を守ることもそう。
こうしたサッカーという競技の精神をもとに、レフェリーはジャッジしていくものだと思います。ですので、今回のケースで高崎レフェリーがこういった判断をした(藤尾によって濡らされたボールの使用を認めず、ボール交換を指示した)というのは私自身間違っていないと思いますし、十分に理解できます」

「色々な意見が出てくるのは分かります。『やってはいけない(ボールに水をかけてはならない)とは競技規則に書いてないでしょ?』というように。ただ、それを言い出したらサッカーの試合では色々なことが起きますよね。それに対して『これは正しい』、『これは正しくない』と一つひとつ(厳密に)決めていくかと言われたら、(サッカーという競技に求められているのは)多分そういうことではないと思います」

「この試合を任された高崎主審が、90分間責任を持ってゲームをコントロールした。彼はまだまだ若いですし、これから色々な経験をしていかないといけない。でもその彼が責任を持ってゲームをコントロールするなかで、ボールを交換するという判断をした。このジャッジを僕は支持します。それでいいんじゃないかと思います」

「こうしたシーン(PKの前にボールが濡らされる光景)を見たときに、たとえば相手チームのGKはどう思うのか。色々な感じ方があると思います。サッカーの試合は両チームにとってフェアなものでなければなりません。今回のケースで言えば、レフェリーは町田に対しても磐田にも中立な立場で、フェアにゲームを運営していく。
藤尾選手がどういう意図でやったのか(ボールに水をかけたのか)は別として、その行為に対してレフェリーがそう判断した(アンフェアだと感じた)。それがレフェリー(の責務)だと思いますし、『では、少しだけ水をかけるのも駄目なんですか?』という議論になるのはナンセンスだと思います」

町田FW藤尾の“PK前ボール水かけ”騒動から考える審判員の責務【JFA会見】

「レフェリーによってサッカー観は異なる」

先に述べた通り、藤尾は今季の他の試合でもPK直前にボールを濡らしており、このときはお咎めなし。佐藤氏による一連の説明を受け、報道陣のひとりが高崎主審の措置へ疑問を投げかけた。

ーこの試合以前にも同じことがあったのに、なぜ高崎さんだけボール交換を指示したのか。この点が腑に落ちない。今回高崎さんが下した判定が、今後どうなっていくのか(他の審判員も同様の措置をとるのか)。

「レフェリーによって審判観やサッカー観が異なりますし、そもそも(捌いている)ゲーム自体が違いますよね。また、相手GKが反応したとき(ボールへの水かけに不快感を示したとき)だけ審判が対応するのかと言われたら、そうでもないと思います。こうしたリスクを考えて審判員が早めに介入することもあります。ですので、1つ目や2つ目の試合(町田vs磐田戦以前)でレフェリーの対応がどうだったかという点につきましては、ここで何か言及することはないです」

競技規則の内容がシンプルであるがゆえに、主観的な判断・判定を多く求められるのがサッカーという競技の醍醐味。だからこそ各審判員の裁量は、競技規則を逸脱しない範囲で尊重されるべき。この佐藤氏の豊かな審判キャリアに裏打ちされた信念が、ひしひしと伝わってくる回答だった。
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