不倫相手との逢瀬を「週刊ポスト」にスクープされたのが、人気歌舞伎俳優の8代目中村芝翫(59)。芝翫は相手女性とドライブ中にスピード違反を起こしていたという。

これで4度目の不倫発覚となった芝翫だが、歌舞伎界からは「18代目の中村勘三郎さんを越えた」という声も上がっている。


「昔は“女遊びは芸の肥やし“と言われていたぐらいなので、歌舞伎関係者からは、“あっぱれ!“という不謹慎な声も上がっています。そこで意識されるのが、2012年に57歳で他界した18代目の故・中村勘三郎さんです。とにかくモテた勘三郎さんは、数多くの浮名を流してきましたから」(芸能ライター)


 芝翫は中村橋之助時代の1991年にタレントの三田寛子(58)と結婚し、3人の男児をもうけている。元アイドルだった三田は“梨園の妻“に徹し、3人の息子を歌舞伎俳優に育て上げている。


 ”おしどり夫婦”と呼ばれていた芝翫夫妻。

ところが、2016年に週刊文春に報じられたのが、芝翫と京都の芸妓の不倫。謝罪会見で、芝翫は“不徳の致すところ“を8回も連発。それに対して、妻の三田は逃げることなく、「ここからが彼の男として人としての見せ所。離婚もないです」と神対応。梨園の妻として株をあげている。


「5年後の21年1月に、京都在住の女性との不倫が発覚した。

さらに同年末に、京都のホテルで女優の熊田曜子似の40代女性と3度目の不倫が報じられた。芝翫が京都で浮気しているという噂はかなり前からありました」(女性週刊誌記者)


 昨年11月には三田との別居が報じられたが、三田はリフォーム工事で芝翫が別宅に住んでいると説明。しかし、工事終了後も別居は続いていた。


「今回、撮られた相手は3年前の12月に報じられた女性と同一人物。関係が切れていなかったようです」(前出・芸能ライター)



不倫相手と半同棲状態

 週刊ポストによると、芝翫は22年春ごろから三田と息子たちが暮らしている自宅を出て、自身の実家で暮らすようになったという。その実家に不倫相手の女性が泊るようなったのが夏ごろで、半同棲状態にあるとのこと。


「最初の相手は芸妓だったこともあり大目に見ていたようですが、別居が続いているのは、度重なる芝翫の火遊びに仏と言われた三田の堪忍袋が切れたとためだと言われています。その点、18代目勘三郎さんの奥さんは辛抱強かった」と言う松竹関係者はこう続ける。


「勘三郎さんが12年12月に57歳の若さで亡くなったとき、告別式には京都の芸妓や新橋芸者のほか、銀座のクラブママやホステスらが参列しました。いかに勘三郎さんが女遊びを“芸の肥やし“にしていたかがわかるエピソードです」


 勘三郎さんは勘九郎時代から女性関係の噂は絶えず、故・太地喜和子さんや大竹しのぶ(68)らとも噂になった。1980年に自身が結婚した後も、宮沢りえら数多の女性たちと浮名を流している。


「勘三郎さんとりえが親しくなったのは、92年10月に電撃婚約した当時大関の貴花田(現・貴乃花)と2か月で婚約解消した後でした。

りえママを含めた3人で、元モデルの男性が経営している六本木のカウンターバーで関係を深めたと言われています。勘三郎さんとりえの不倫疑惑が騒がれるようになったのが、94年9月のりえの自殺未遂騒動です」(前出・芸能ライター)


 記者会見を開いた勘三郎さんはりえとの関係を否定したことから、真相は藪の中となったが、その後も、勘三郎さんは歌手の椎名林檎(45)や無名女優と噂になるなど、表面化していない話も多いという。


 勘三郎さんの遊びはひと昔以上前だったことから、大目に見られていたところもあるが、コンプライアンスが厳しくなった昨今、芝翫の度重なる不倫は“芸の肥やし“では済まされないだろう。ケジメが求められそうだ。


(本多圭/芸能ジャーナリスト)