【増田俊也 口述クロニクル】


  写真家・加納典明氏(第3回)


 小説、ノンフィクションの両ジャンルで活躍する作家・増田俊也氏による新連載がスタートしました。各界レジェンドの一代記をディープなロングインタビューによって届ける口述クロニクル。

第1弾は写真家の加納典明氏です。


  ◇  ◇  ◇


増田「草間さんが『こうしなさい』みたいに?」


加納「そう。『あなたはこっちでこうしなさい』と言ったり『あなたはこっちの人と』などとやって歩き回って、男や女の体に水玉模様を描いていく。でも、彼女はパフォーマーたちがやることをわかっているらしくてそんな出しゃばりじゃなかったです。それで俺、その何日か後に、そのパフォーマーたちにタッド若松*のスタジオへ来てもらって、パフォーマンスのとは違う写真も随分撮って、だから、私としては、あの時代の、やっぱり代表作の一つですね」
※タッド若松:写真家。1936年生まれ。1962年に渡米し、リチャード・アヴェドン、バート・スターンらに師事する。後に妻になる鰐淵晴子をアメリカヒッピー文化を背景に撮影した「イッピー・ガール・イッピー」で一世を風靡し、各国で評価される。


増田「『FUCK』っていう題名がまたすごいですよね」


加納「普通『FUCK』なんてタイトルつけないですよね」


増田「1969年*ですしね」
※1969年:アポロ11号が月面着陸を成功させた熱狂の年。日本では昭和44年。東名高速道路が全面開通するなど、日本のインフラが次々と整備されるなか、学生運動が大きくなり、東大安田講堂事件に警視庁が機動隊を大量投入。日本プロ野球では金田正一が400勝の偉業を達成、競馬界ではスピードシンボリが日本馬で初の凱旋門賞に挑戦した。

セイコーが世界初のクオーツ時計を発売。


加納「僕もはじめは少し迷いましたけど、4文字で、シンボリックでいいなと思ったんです」


増田「現在はある程度使われてますけど、当時の日本では知られてない言葉ですよね」


加納「そうなんですよ。『ファックって何?』っていうぐらいで。向こうでは『おまえ、よくこんなタイトルつけてやるな』って言われたぐらいです。でもそういう普通はやらないようなことが僕は好きなんです。並外れたっていうことが、僕は好きなんですよね。当たり前に『お見事』みたいなのって嫌いなんですよ。『はい、よくできました』みたいな言葉じゃなくて、飛ぶってわけじゃないんだけど、違うとこからの価値というんですか、違うとこからのアプローチというか、常識をどれだけ外れるかというところが僕の価値観なんです」


増田「そのときの26歳の典明さんと現在の83歳の典明さんの違いはありますか」


加納「いや全然。僕の意識の中で変わっていないですね」


増田「そうなんですか」


加納「もちろん。これからもやってやろうと思ってます。要するに時代に沿ってちゃだめだと。いかにその時代を裏切るか、そしてその業界を裏切るか、やっていること自体を裏切るかということは、一つの僕のテーマでもありますね」


増田 「写真集『FUCK』は実業之日本社で発行部数を刷ったあと、取次の自主規制で発売されなかったとか」


加納「そうですね。

それでそのタイトルで個展をやって話題になって、警視庁が来て『この写真、2点おろせ』と」


増田「1969年にすごいですね。今回こうして詳しく聞いていて思うんですが、あの時代にニューヨークで草間彌生さんと典明さんがクロスしたって、奇跡的なことですよね」


加納「うん。そうかもしれない」


増田「草間さんはあの前後から一気に世界的な芸術家になっていきます。あのときニューヨークでもっと草間さんと仕事をしたかったと思ったことはないですか」


加納「うん。思ったよ。後ですごく後悔した」


増田「オーラみたいなのがあるんですか。やっぱり」


加納「ありますね。人と会ってる感覚じゃないんですよ。たとえばいま俺は増田さんと会ってます。すると増田さんがどう俺を見てるか、どう考えてるかって、ある程度想像つくじゃないですか。それが一切できないっていうか」


増田「才能が横溢しているような」


加納「そうですね。すごい人ですよ」


(第4回につづく=火・木曜掲載)


▽かのう・てんめい:1942年、愛知県生まれ。

19歳で上京し、広告写真家・杵島隆氏に師事する。その後、フリーの写真家として広告を中心に活躍。69年に開催した個展「FUCK」で一躍脚光を浴びる。グラビア撮影では過激ヌードの巨匠として名を馳せる一方、タレント活動やムツゴロウ王国への移住など写真家の枠を超えたパフォーマンスでも話題に。日宣美賞、APA賞、朝日広告賞、毎日広告賞など受賞多数。


▽ますだ・としなり:1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一ノンフィクション賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が好評発売中。
(増田俊也/小説家)



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