【増田俊也 口述クロニクル】


 写真家・加納典明氏(第4回)


 小説、ノンフィクションの両ジャンルで活躍する作家・増田俊也氏による新連載がスタートします。各界レジェンドの一代記をディープなロングインタビューによって届ける口述クロニクル。

第1弾は写真家の加納典明氏です。


  ◇  ◇  ◇


増田「乱交パーティー撮影のとき以外は本当にまったく草間さんとは関わらなかったんですか。例えば酒を飲んだりとか、お話をしたりとか、あるいは抱いたりとか」


加納「ないんですよ。全然ない」


増田「あとで考えればもったいないことですね」


加納「草間さんというのはご存じだと思いますが、別に常人なんだけど、コミュニケーションがうまく取りにくかったんですよね。だからせめて草間さん自体を撮っときゃよかったなというのが残りますけどね」


増田「僕はもうそこはすごく聞きたかったとこなんです」


加納「もう少しニューヨーク*にいて人間としての草間彌生と関わりがあったら、また違うことやれたと思う。東京に帰ってきて『俺はやっぱりニューヨーク行かないとダメだ』と思った。『東京はかったるい』と。『やっぱりニューヨークだ』と。ニューヨークの街に立つとなんか違う血が流れ出すんです、俺の中で。街を感じたり、人に感じたり、話してる価値にしたって違うと。だから、とにかくニューヨーク行かなきゃと思った。でも、帰ってきて『FUCK』の個展をやったら、日本でめちゃくちゃ売れ出しちゃったんですよ。

仕事が殺到した。あれやってくれ、これやってくれと。それで日本から離れられなくなっちゃったんです」


※ニューヨークと芸術:かつて世界の芸術の中心地だったのはフランスのパリだったが、20世紀後半から古い型を破って中心となっていくのはニューヨークだった。メトロポリタン美術館、ニューヨーク近代美術館などがあって表の芸術の中心であるだけではなく、現代の新しい芸術の波はいつもニューヨークから興る。 


増田「それはちょっときつかったんじゃないですか。日本に拘束されたみたいで。日本国内での名声や金銭ということだと、その後はビクトリーロードを歩むわけですけど、芸術家としては『ニューヨークにもう一度』と思っていたと」


加納「向こうで知り合ったいろんな芸術家たちに何度も何度も言われたしね。『カノウはフィーリングがこっちに合ってる。移住してこい』って」


増田「行きたかったですか」


加納「うん。あれが僕の人生でね、失敗とは言わないんだけど、あの時代にニューヨーク行かなかったっていうのは、口が大きくなるかもしれないけど、あのとき行ってればニューヨークで一番取ってたと思いますよ、何らかの形で」


増田「自信ありましたか」



「おっぱい垂れてしなびて。いいですね」

加納「うん。あった」


増田「草間彌生さんは『FUCK』の写真のなかに小さく写ってますね」


加納「ほんの数カットですが」


増田「本当はもっと彼女自身を追った写真を撮りたかったんではないですか」


加納「彼女がニューヨークで自身を開かせている姿を見て感じたのは、僕の仕事での目標『時代のページをめくる人でありたい』という最初の強烈な刺激だったかもしれない。

でも当時は被写体として彼女を撮ることに大きな意味を感じなかったんだ。むしろ年月を経た今の姿を撮ってみたいですね」


増田「ぜひ。草間さんはやっぱり撮っておくべき。日本の宝の一人ですから」


加納「もっとこの先そうなっていくだろうね」


増田「1969年に1日だけニューヨークでクロスして、またお互い離れて。それぞれの場でまた活躍してるっていうのは、本当に奇跡的なことです」


加納「いや、当時も思ったけど彼女みたいな人にはそれ以後、会ったことがないな」


増田「ぜひ、撮って欲しいな、いまの草間彌生を」


加納「向こうが『いいよ』ということだったら行きますよ」


増田「典明さんが撮らずに、誰が撮るんですか。プロフィル的なのは残ってるでしょうが、本物の写真家が撮った本物の写真はないでしょう。彼女の人物が内側からにじみ出るような」


加納「100億円ぐらいの彼女の絵の上で素っ裸にして撮りたいよね。絵と一緒に撮りたいな」


増田「芸術ですよね。彼女の存在自体が芸術。日本が誇る世界の芸術」


加納「うん。それこそばあさんでも全然構わないから、おっぱい垂れちゃってしなびて。いいですよね」


増田「それはもう後世の芸術家たちに伝えるべきものです」


加納「任せますよ。

ぜひよろしくお願いします」


(第5回につづく=火・木曜掲載)



▽かのう・てんめい:1942年、愛知県生まれ。19歳で上京し、広告写真家・杵島隆氏に師事する。その後、フリーの写真家として広告を中心に活躍。69年に開催した個展「FUCK」で一躍脚光を浴びる。グラビア撮影では過激ヌードの巨匠として名を馳せる一方、タレント活動やムツゴロウ王国への移住など写真家の枠を超えたパフォーマンスでも話題に。日宣美賞、APA賞、朝日広告賞、毎日広告賞など受賞多数。


▽ますだ・としなり:1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一ノンフィクション賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が好評発売中。


(増田俊也/小説家)


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