【増田俊也 口述クロニクル】


 写真家・加納典明氏(第20回)


 小説、ノンフィクションの両ジャンルで活躍する作家・増田俊也氏による新連載がスタートしました。各界レジェンドの一代記をディープなロングインタビューによって届ける口述クロニクル。

第1弾は写真家の加納典明氏です。


  ◇  ◇  ◇


加納「あと、俺、声がよかったらしいんだよ。撮影しながら女の子に近づいて耳元で囁くと落ちちゃうことがよくあった。低い声にゾクゾクするらしい」


増田「それにしても東京での疲れと人間関係のパイプのヘドロみたいなものを落とすのに丸々4年間かかったというのは相当なものですね。それくらい仕事に打ち込んでいたわけで」


加納「うん。当時、俺の目はオオカミの目をしてるとか言われたからね。それが4年間空けることによってだいぶ楽に。人間関係も含めて」


増田「写真家としてもういちど蘇るにはそれぐらい必要だった」


加納「必要だったね。人がひとつのことに打ち込むって、それくらいエネルギーを使ってるんだよ」


増田「一流のトップですからね。東京に戻られてから、やっぱりその4年間の〝放牧〟っていうのの成果っていうんですか。そういうものを具体的に感じましたか」


加納「具体的にあげろと言われると難しいけど、精神的にずいぶん変わったな」


増田「写真家としての第1期黄金期がムツゴロウさんの動物王国へ行く前だとすると、第2期黄金期が山口百恵をテレビで見て東京へ戻ってからということになります。間に4年間の休息をはさんで。

撮影する対象、モチーフもやっぱりちょっと変わってきたりしたんですか」


加納「それはあると思うな。そもそも俺が変わってしまったみたいでね。〝みたい〟っていうのは自分ではわからないから。人に言われたわけよ。たとえば昔撮ったことがあるモデルと会ったときに『加納さん、昔と違う』っていうわけだよ。『昔は目に電気がついてて、オオカミのような目をしてたよ。その目がなんか優しくなっちゃった』って言うわけだよ。こっちは全然そんな意識はないんだけど」


増田「そんなこと言われたら驚きますね」



あのまま東京にいたら早死にしてた

加納「そうさ。びっくりした。男子としての欲望も変わらずあったし、パワーも変わってなかった。だから俺としては別に変わったところはないんだけど、やっぱり俺の中の何かが、王国での4年間の余暇を通して変わったんだろうね。映画『ローマの休日』*のアン王女ではないけどね」


※ローマの休日:1953年公開のアメリカ映画。

イタリアローマを訪問した某国のアン王女(オードリー・ヘプバーン)が、宿泊先から出たときにハプニングで男性新聞記者(グレゴリー・ペック)と恋をするたった1日の冒険を描き、世界中で大ヒットした。


増田「なるほど。やっぱり大きなことだったんですね、畑さんとの4年間は」


加納「おそらくね。ムツさんとの4年間は忘れられない時間だよ。あれ以前と、あれ以後、どっちがいいのかとか比べてもまた意味ないんだけども。ただ、ああいった劇的な4年間というのは誰でもか経験できることじゃないから」


増田「そういう強い影響、やっぱりお互いにあったんですね」


加納「俺の場合、ラーニングエッジ*だったんだろうと思う。あのまま東京でやってたら、本当に早死にしてるかもしれないし。また話を変えれば、草間彌生さんと会ったとき、あのままニューヨーク行ってれば、ニューヨークでトップ取って、向こうでワイワイやってたかもしれない。だからこのごろは〝岐路〟っていうのは考える。ニューヨークへ行ってたらとか北海道に行かなかったらとか、そうしたら自分の人生はどう変わっていただろうと。その時はそんなこと、意識も考えもしなかったけどね」


※ラーニングエッジ:既存の知識や経験などから脱して新領域に挑戦し、新しい視点を持つこと。そして新しいアイデアを導入していくこと。


(第21回につづく=火・木曜掲載)


▽かのう・てんめい:1942年、愛知県生まれ。19歳で上京し、広告写真家・杵島隆氏に師事する。その後、フリーの写真家として広告を中心に活躍。69年に開催した個展「FUCK」で一躍脚光を浴びる。グラビア撮影では過激ヌードの巨匠として名を馳せる一方、タレント活動やムツゴロウ王国への移住など写真家の枠を超えたパフォーマンスでも話題に。日宣美賞、APA賞、朝日広告賞、毎日広告賞など受賞多数。


▽ますだ・としなり:1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一ノンフィクション賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が好評発売中。


(増田俊也/小説家)


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