【増田俊也 口述クロニクル】#36


 作家・増田俊也氏による新連載スタート。各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。

第1弾は写真家の加納典明氏です。


  ◇  ◇  ◇


増田「ああ、なるほど。それは大きな後悔ですか」


加納「後悔ですね。いや人生最大の失敗というか。『あのときニューヨークへすぐ戻っていたら、加納典明ははどうなったろう』とその後の人生の折に触れて思ってきた。過去の自分への興味も含めて、あるいは自分の能力への信頼や期待も含めて。おそらく写真だけじゃなくて立体の方のアートとかのゾーンにも関わったと思う」


増田「塑像のような?」


加納「いや。彫刻というより立体アート」


増田「草間彌生さんのような?」


加納「イメージ的にはそういう感じだな」


増田「さまざまな芸術表現をクロスさせて」


加納「そうだね。平面をどう立体にするかみたいなことも考えただろうし、世界中からニューヨークに集まっていた気鋭の芸術家たちと交わって爆発したかった」


増田「そのころ日本で撮影した女性というと」


加納「たとえば、鰐淵晴子*とか松岡きっこ、桃井かおりとか若林美宏」


※鰐淵晴子:1945年東京都生まれ。女優・歌手・バイオリニスト。165センチ48キロ。母はドイツ系でハプスブルグ家の末裔という名家。

著名なバイオリニストだった父の指導を受けて8歳頃には全国で天才少女として活躍した。後に女優デビューし、その美貌と演技力で一世を風靡した。


増田「当時の錚々たるメンツですね」


加納「スーパーモデルの連中とか文化人、モード系のファッション関係の人たち。男だと三宅一生とか」


増田「その間もずっとニューヨークのことが頭から離れず」


加納「精神的にきつかったね。世界一になりたいという渇仰があって、世界一になるにはニューヨークでトップにならないとという気持ちがあった」


増田「すごいですね。英語が得意ですからそのあたりもアメリカで勝負したいという理由のひとつだったのかもしれませんね」


加納「英語?」


増田「話のなかに英語がたくさん混じるので。得意なんですよね。向こうでも勉強されたのでしょうか」



「承認欲求」の言葉では表現できない「俺を見ろ」という欲求がある

加納「そういうことか(笑)。そんなのないよ。何にもしてない。全然全然全然。ブロークンもブロークン。

全然喋れないんだけど、言語度胸があるみたいだね。ニューヨークに着いてすぐに石川次郎と洋服を買いに行ったわけ。それで陳列してあるジーンズを指して『ルック・アット・ミー』って店員に言った(笑)。そしたら店員がずっと俺を見つめてるから『俺を見るな!』って怒ったんだ(爆笑)」


増田「店員は言われたまま見てるのに災難ですね(笑)」


加納「石川は英語が堪能だから横で大笑いしてるわけよ。『ショー・ミー・ザット』とでも言えばいいのに『ルック・アット・ミー』。まあ自分ながらいま思いだしても笑ってしまうんだけど、それくらい言語度胸みたいなのがあって、海外のどこへ行ってもそこの言語をすぐに話し出すんだ」


増田「度胸もあるでしょうが、才能でしょうね。話していて日本語の構築能力もすごく秀でてます。普通、一見でインタビューでここまで斬れ味のある言葉は出てこないんですよ」


加納「それはときどき言われる」


増田「でも、そういう言語能力があったからこそ『すぐにニューヨークに戻りたい』っていう気持ちが出たんでしょうね。コミュニケーションを素で取れるというのは武器ですよね」


加納「やれるという手応えをつかんだんだな、向こうで」


増田「世界の一流ばかりのところで怖さはなかったんですか」


加納「なかったね。俺を見ろって感じだった。マンハッタンを歩いていると雑誌でしか見たことがないアーティストとすれ違うんだ。俺はそういうときに何の遠慮もしない。

何の怖さもない。相手が誰だろうと、どういう場であろうと」


増田「子供の頃からの性質ですかね」


加納「そうだね。発表したがりかもしれないし、要するに『俺をわかってほしい』というのがあるのかもしれないけども。そういうパワーは半端じゃない」


増田「いまよく言われる承認欲求ですね」


加納「近いかもしれないけどその欲求が普通のレベルじゃないんだ。承認欲求とか、そんな言葉では表せない、胸が掻きむしられるような苦しさがある」


増田「それはすごいな……。圧倒されてしまいます。ニューヨークには戻れなかったけども、日本で爆発的に売れ大量の写真作品を、高いレベルで発表していきます。それでまさに日本には加納典明ブームが吹き荒れます」


(第37回につづく=火・木曜掲載)


▽かのう・てんめい:1942年、愛知県生まれ。19歳で上京し、広告写真家・杵島隆氏に師事する。その後、フリーの写真家として広告を中心に活躍。69年に開催した個展「FUCK」で一躍脚光を浴びる。グラビア撮影では過激ヌードの巨匠として名を馳せる一方、タレント活動やムツゴロウ王国への移住など写真家の枠を超えたパフォーマンスでも話題に。

日宣美賞、APA賞、朝日広告賞、毎日広告賞など受賞多数。


▽ますだ・としなり:1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。


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