表通りでは大見世・中見世・小見世が軒を連ねて華を競う一方、裏通りでは切見世(きりみせ)と呼ばれる長屋がひしめいていたようです。
今回は吉原遊廓の路地裏にあった切見世を紹介。果たしてどんな世界が広がっていたのでしょうか。
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■「切見世」名前の由来は?

『川柳語彙』より、切見世の様子。
切見世は棟割長屋(むねわりながや)を5~8室に区切り、1室あたり1妓(遊女1名)が入室していました。
切見世の語源は様々ありますが、その内のいくつかを紹介しましょう。
一、遊女が一切(ひときり。時間制限)で客をとったから。
一、場末(キリ。ピンからキリまでのキリ)の見世だから。
一、長屋を切り分けた粗末な見世だから。
他にも局見世(つぼねみせ。局は部屋のこと)とか、鉄砲見世(てっぽうみせ。部屋が長細く、撃ったら≒売ったらそれっきり)などと呼ばれました。
前面の路幅は1メートルもなく、並んで歩くことは出来なかったとか。
切見世の店頭には角行灯が掲げられ、屋号や「火用心」「千客万来」などと書かれていました。
戸が開いていれば「入室可(客待ち中)」、客が入ると戸を閉めて営業開始です。
■切見世の店内と料金は?

切見世の遊女たち(イメージ)
さて店内は間口4尺5寸(約136センチ)×奥行6尺(約181センチ)しかありません。
3尺(約90センチ)四方の土間で履物を脱ぐと、そこには鏡に化粧台、煎餅布団があるばかり。
ここで遊女は働き、寝起きしました。究極の職住接近というか、職住一体ですね。
こんな狭い空間なので厠はありません。外にあるので済ませて来るか、我慢するよりありません。
料金は時間制になっており、一切(ひときり)100文。
一切とは時間の単位で、一般に「線香一本が燃え尽きるまで」などと言われます。現代で言うところの15~30分くらいでしょうか。
その間に行為を一通り済ませるか、時間が延びれば追加料金が発生しました。
というより、本当に100文だけで帰られては割が悪いため、実際にはあれこれと理由をつけて数倍の料金をとったようです。
現代でも「明朗会計」と謳いながら、いざお勘定となると話が違うなんてお店がありますね。
■隣の声が筒抜け!切見世の仕切りは襖1枚

「さぁ、とっとと始めるよ」切見世は回転率が勝負(イメージ)
それでは時間もないので、さっそく始めましょう。
しかしこの切見世、部屋の区切りは襖(ふすま)1枚。言うまでもなく、隣の声が筒抜けです。
ということはこちらの声も筒抜けな訳で、情緒もへったくれもありません。
現代でも「くしゃみどころか、ティッシュペーパーをとる音が隣に聞こえる」と言われる程に壁が薄い集合住宅があるとかないとか。
そんな空間内で気分を盛り上げ、用事を済ませるのは、なかなか大変だったことでしょう。
話を聞いていると、もう何をしに吉原遊廓へ来ているのか、目的を見失いそうになりますね。
■切見世に生きる遊女たち

「女は三十過ぎから脂が乗ってくるもんヨ」骨になるまで現役を目指す遊女(イメージ)
そんな切見世の遊女たちは、どんな事情があったのでしょうか。
大見世~小見世の遊女たちは、一般的に28歳が定年でした。
何せ若さが売りの商売ですし、年齢を重ねると体力的にもついていけません。
年季奉公が明けた遊女たちは基本的に自由の身となれるものの、中にはまだ借金が残っている者も少なくなかったようです。
また嫁ぎ先のあてもなく、遊女以外に飯を食うすべを知らない遊女たちもいたでしょう。
そんな遊女たちが定年制度のない切見世に身を寄せ、1坪ばかりの空間で寝起きし、働き続けたそうです。
他にも警動(取り締まり)や私刑などで岡場所(非公認の色街)を追われた遊女らが転がりこむこともありました。
何とか次の行き先を見つけるまで、切見世で我が身を切り売りしていたのでしょう。
■泣く子も黙る?羅生門河岸とは

羅生門河岸(イメージ)
そんな切見世が連なる裏通りには区域別に別名があったそうです。
- 浄念河岸(じょうねんがし)
→江戸町一丁目と二丁目の裏道 - 西念河岸(さいねんがし)
→京町一丁目の裏道 - 羅生門河岸(らしょうもんがし)
→京町二丁目の裏道
それにしても羅生門河岸とは、何だか怖い名前ですね。
この通りに蟠踞(ばんきょ)する遊女たちは気性が荒……もとい商売上手で、強い……もとい巧みにお客を店内へ引きずり込……もとい惹きつけたことから、羅生門の鬼伝説に準(なぞら)えたと言います。
もし億が一、吉原遊廓の裏道をひやかされる御用がありましたら、羅生門河岸の遊女たちにはお気をつけくださいね。
■終わりに

昼間なら安全かも?(イメージ)
今回は吉原遊廓の場末エリア「切見世」について紹介してきました。皆さんは行ってみたいですか?どうですか?
NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」でも浄念河岸の様子が描かれましたが、今後は他の河岸が取り上げられるのでしょうか。
こういうカオスな空間って、絶対行きたくないけど何故か心惹かれてしまいますよね。ねっ?
※参考文献:安藤雄一郎 監修『江戸の色町 遊女と吉原の歴史』カンゼン、2016年8月
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