時代劇などでよく見かける江戸時代の日本男子の定番であった髪型がちょんまげです。当時は町民からお殿様まで人気ののスタンダードな髪型でした。
頭の前方をそる月代(さかやき)と残りの髪を後ろで結わえる髷(まげ)を組み合わせたちょんまげという髪型、現代から見れば奇妙な髪型ですね。この髪型が武士の間に広まった背景には、機能的な理由がありました。
■ちょんまげにする理由とは
日本各地の大名たちが天下統一を目指した戦国時代のこと、鉄砲などの普及もあり、戦いの際には鎧の他、兜が必需品でした。兜は鉄製、甲冑も鉄製、身に付けた装備は全身合わせて30㎏にもなる重さだったそうです。
重い鎧を着て動き回ると当然汗をかくことになりますが、頭には通気性ゼロの鉄の兜…当然頭はムレムレになります。衛生的にも良くありませんね。
そんな状態を改善するために、取り入れられたのがちょんまげです。髪の毛をそり、髷が頭の上にあることで適度な隙間ができ、戦の最中も兜の中は爽やかで快適。実用性のためか、ちょんまげは武士の間に広まってゆきました。まさに戦国の世のクールビズですね。

■町民にも広がって、バリエーションも豊富に
時は移り江戸時代、戦はなくなりましたが、すっきりと清潔感あるちょんまげは武士のヘアスタイルとして定着しました。
町民独自のアレンジも加えられて、おしゃれを追求した銀杏髷(いちょうまげ)というスタイルが考え出されます。町人は小銀杏、お侍さんは大銀杏、浪人は月代をしない浪人銀杏、江戸の粋人の間で流行したという本多髷(ほんだまげ)など、さまざまなバリエーションが考えだされました。

東洲斎写楽
江戸時代に花開いたちょんまげ文化は、明治時代の文明開化とともに散髪脱刀令の布告や時の明治天皇が西洋風の髪型に変えたことも影響して、庶民の間でもすたれて行くことになります。
そんなちょんまげ文化の名残は、大相撲で活躍する力士の大銀杏という髪型に、今でも見ることができますね。日本独特の髪型であるちょんまげは、ただのファッションとしてではなく、武士が戦うための機能性を追求した髪型だったのです。
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