東京オリンピックの閉幕とともに、新型コロナウイルスの感染拡大がまたクローズアップされてきた。国内の新規感染者は連日1万人を超え、軽症者や一部の中等症の人は、入院できず、自宅療養を余儀なくされている。

あらためて新型コロナウイルスがもたらした影響や対策について、関連本とともに考えてみたい。

首相官邸のホームページによると、2021年8月9日時点の新型コロナウイルスのワクチン接種回数は約1億291万回で、全人口の46.9%が1回接種を、34.0%が2回接種を終えた。

急速に感染者数が増える中で、ワクチン接種への期待ばかりが膨らんでいる。本書「新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実」を読むと、新型コロナウイルスのワクチンへの理解が深まるだろう。

「新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実」(峰宗太郎、山中浩之著)日経BP・日本経済新聞出版本部
「遺伝子工学」の世界からやってきたワクチン

著者の峰宗太郎さんは、東京大学大学院医学系研究科修了。国立国際医療センター病院、国立感染症研究所などを経て、2018年から米国の国立研究機関博士研究員。

専門はウイルス免疫学。実際に新型コロナウイルスを扱って、患者に抗体ができているのかを調べたり、ウイルスそのものの性状を調べたりしている。日経ビジネス編集部の山中浩之さんが質問し、峰さんが答えるという構成になっている。

新型コロナウイルスの基礎知識やワクチンの歴史などをおさらいし、第3章でいよいよ、新型コロナウイルスのワクチンについて解説している。従来のワクチンとはまったく違う「遺伝子工学」の世界からやってきたワクチン、という前振りが印象に残った。

峰さんはこう説明する。

「これまでは、ウイルスの全部や一部(特にタンパク質)を用意して、体に入れていたわけです。ところが『ウイルスの成分のタンパク質をヒトの身体のなかで作らせてもいいじゃないか』という発想が現れた。ウイルスの一部のタンパク質の設計図に当たるものを打ち込んで、ヒトの体内で作って、免疫系を刺激しよう、と」

今回のDNAやRNAを直接細胞に送り込む「核酸ワクチン」は、コロナ禍が起きるまでヒト用の医薬品として承認されたことがなかったという。「遠い未来に実現するワクチン」と思われていたところに、新型コロナウイルスが流行した。SARS(重症急性呼吸器症候群)コロナウイルスとそっくりなウイルスだから、今まで開発していた技術が応用できる、とワクチンの研究者や医薬品の企業が色めきたった。

10年後に何が起きるか誰もわからない

緊急性の観点から治験(テスト)期間が短縮され、「科学の視点から行けば、本来20年かけてもおかしくないくらいの検証を思い切りすっ飛ばしている」「新規の大規模な社会的人体実験」とまで言い切っている。

ここまで読み、すでに1回接種を受けている評者は青くなったが、その後を読み、胸をなでおろした。2020年8月頃からいろいろなリポートがあがり、効果が実証され、峰さんも「楽観的になりつつある面もあります」と話している。

また、日本でも使われているファイザーのワクチンの試験について詳しく紹介していて、安心した。2020年7月から、米国、ブラジル、アルゼンチン、南アフリカ、ドイツなど複数国の154施設で実施。18歳から85歳の約4万人を「ワクチンあり」「ワクチンなし」の半分に分けて、さらに自然に感染が生じるまで待って、実際にワクチンがどの程度効くのかを調べた。最終的にリスク比95%減の有効率はしっかりとしたもので、安全性についても重大な懸念は認められなかったという。

その一方で、普通だったらワクチンの治験が停止するぐらいの有害事象が起きていたことや、10年後に何が起きるか誰もわからないと指摘している。

「すべての情報をディスクロージャー(公開)すると、おそらく打つ人は減ると思っています」とも言い、倫理的問題は別として、先行して接種した国の結果を見たほうがいいというのは事実、と話している。

日本はワクチン接種が遅れたと批判されているが、結果的に様子見のタイムラグが生じたわけだ。

峰さんは伝統的な成分ワクチンの開発がゆっくりとだが国内で進んでいることに期待している。塩野義製薬のものは臨床試験中で、年度内の実用化を目指している。

マスクをつける! 基本対策が重要

すでに国内でワクチン接種後に900人余りが亡くなっているが、厚生労働省は因果関係が評価できない、としている。

メリットのほうが大きいというのだ。

峰さんは、

「もし(ワクチンによる)死者が出たら、ワクチン否定派がいっぱい出てくるでしょうね。そして、その場合は専門知識がある人がいかに説明を尽くしても、とても防戦できないと思っています」

と心配している。

しかし、峰さんはワクチン接種が進んだとしても、感染者の数を増やさないことがますます重要になる、と説いている。本書が発行されたのは2020年12月で、その後の第3波、第4波の感染拡大の前だ。今だったら、ますます感染者を増やさないように力説しているだろう。

「3密」を避ける、換気を心がける、マスクをつける、ソーシャルディスタンスをしっかり保つ、手を洗うという基本的な予防行動を取っていくことこそ、必要十分な行動だと。ワクチンは「神風」だと期待せず、これまでどおりの対策を続けるしかないということだ。(渡辺淳悦)

「新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実」
峰宗太郎、山中浩之著
日経BP・日本経済新聞出版本部
935円(込)