■『食材礼讃』(著 田口さつき・古江晋也 全国共同出版)
著者は、農業協同組合、漁業協同組合と関係の深い農林中金総研の研究員。大手メディアでは取り上げられることの少ない国産食材の現場、特に組織の働きを丹念に取材して書き下ろした労作だ。
各藩が参勤交代時に名産野菜を持ち込んだ江戸・東京地域は、伝統野菜の宝庫だ。農地が宅地に転換する中、JA東京中央会は委員会を設け、50品目を江戸東京野菜に指定し、千住ねぎ、亀戸大根などの普及に取り組んでいる。京漬物の素材で有名な日野菜は、生産者が8人にまで減少したが、地元滋賀県日野町の商工会が事務局となって販路拡大と商品開発に取り組み、生産者は60人に増加した。栽培法の研究、耕運、播種、肥料散布を生産者同士で助け合うことで、一人一人の生産面積はわずかでも産地として持続できる体制を作り上げ、10ヘクタール、100トンが目標となった。
酪農の世界は、輸入品や大規模生産地との競争が厳しい。
沿岸漁業は、海水温度の変化による漁場の荒廃、過剰な漁獲による資源の減少、都市圏における地域ブランドの認知不足など、豊かな漁業を継続する上でいくつもの課題があり、組織の対応が欠かせない。金目鯛の最大の産地静岡県の稲取では一本ずつ釣り上げる漁法で資源を守る。漁協の職員が水揚げから出荷までの管理方法を統一し、手間を惜しまず取引先の期待に応える生産体制を維持し、小田原魚市場で別格の扱いとなった。神奈川県三浦市の松輪さばも、漁獲から出荷までを漁協のウェブサイトに掲載し、地元の飲食店リストとともに、消費者の期待に応える努力を惜しまない。
乱獲を地域の力で防いでいるのは、千葉県の千倉町の黒アワビと、勝浦市の金目鯛だ。漁期を法令で定める期間よりもさらに短縮し、長時間潜る漁法を諦め、3年間育ったアワビを出荷する。金目鯛の漁船は大小異なるが、組合員が相談して自主的な資源管理方法を練り上げた。漁業者自身が乱獲を防ぐ取り組みは数世代の努力の結晶であり郷土愛があればこそ。全国各地に広がってほしい取り組みだ。
19の現場を読み、生産に関わる場所と組織の地理歴史や創意工夫を文字や画像で知ることができたら、私たちはどんなに親近感を持つだろうと思う。
4年前にお声をかけていただき、書評を書く喜びに出会った。
ドラえもんの妻
(編集部より)「霞ヶ関官僚が読む本」は、今回で終了いたします。長らくお読みいただき、ありがとうございました。<J-CASTトレンド>